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「悪い、大丈夫か」  潰れた蛙のようになっている中学生ふたりに声をかける――蛙にしたのはおれ。 「悪いじゃねえだろ……痛ててて」  肩を貸して抱き起こす。ふたりともそうした後でちゃんと頭を下げて謝った。 「……ざけんなよ!」  先に起こしてやった運転手=出っ歯のほうががなる。 「ほんとに済まなかった」  犬か猫でもなきゃ通らないような路地から飛びだしてきたふたり乗りのチャリンコ。そいつを避けようとジャンプしたあげくの事故だった。こっちの体はなんともないが、文句をつけてきているこいつはおれに膝蹴りを食らうかたちで道路へ叩きつけられている。 「どこをぶつけた? 頭とか平気か?」 「うるせえ! 触ってくんじゃねえ!」  どっちも見た限りじゃ骨折やひどいケガを負っている様子はない。出っ歯なんか文句までいってくるぐらいだから頭のほうも大丈夫だろう。こいつら、転び方はなかなかうまいみたいだ。 「おい、お前――」  出っ歯が聞いてきた。もう片ほう=角刈りのそいつはにやにやしながら黙っている。変なやつだ。こっちはもしかしたら頭を打っているのかもしれない。 「どこのなんてやつだ!」 「《沢|さわ》……《田|だ》だけど」  とっさに口にしたうその苗字。心のなかでジュリーに謝る。 「どこの沢田だよ!」 「日進」 「学校は!」  忠一が通っているそれの名前をいった。 「二中のやつがなんでこんなとこ全速力で走ってんだ!」  走る場所によっちゃ理由がいるのか、大宮じゃ――喉の奥で文句を押し殺す。 「お前、俺たちが四中の《加納|かのう》軍団だってわかってぶつかってきたんだろうな!」  出会い頭でぶつかるのに、どこの誰かを確認してからそうするやつはいない。膝蹴りをかましといてなんだが、追加でさらに蹴りたくなってきた。 「あんたたちがどこの誰かなんて知らない」 「そっちからぶつかってきといてなんだ、そのいいぐさ!」 「だから謝ってるだろう。こっちだってあんなとこからいきなりチャリンコが飛びだしてくるなんて思ってなかった」 「謝って済む問題じゃねえぞ、こら!」 ――《下手|したて》に出てりゃいい気になりやがって。この出っ歯が。 「あ?」 「あ……あ、じゃねえだろ! どうしてくれんだよ、これ!」  突きだされてきた手のひら――短い生命線。そいつの途切れたあたりから手首にかけてのすり傷。おれなら唾の消毒で済ましちまうレベルだ。 「貸してみ」  手首をつかんで引きよせる。傷口に《ぺっ》とやってやった。 「て、てめえなにしやがんだ!」  大ぶりなパンチを屈んでかわし、膝蹴りその二をお見舞いしてやる。 〝調子に乗ってんなよ、おい〟  後ろから肩をつかまれた――ようやく口を利いてきた角刈り。振り向きざまに脇腹狙いの右肘をくれてやる――後ろ跳びでかわされた。 「ずいぶんとなめた真似してくるじゃねえか」 「消毒してやっただけだ」 「消毒する場所増やしてどうすんだよ」  案外しゃべれる角刈りが出っ歯より強いのはわかる。が、おれより強いかどうかはやりあってみなきゃわからない。 「あんたが加納っていうのか」 「加納くんは大先輩だ。呼び捨てなんかにしてると死ぬぞ、お前」  結局、角刈りの名前はわからなかった。 「とにかくおれは謝った。これ以上――」 「ざけんな!」  目から星。なにでぶん殴られたのか、後頭部にはけっこうな衝撃がきていた――くそ、出っ歯のくせに。 「痛ってえな、この――」  まわし蹴りをためそうとして尻もちを突いた。膝から下のコントロールがうまく利かない。目に映る景色もどこかぶれている。 「おいおい、ふらふらじゃねえか沢田くん」  後ろから頭へ土足を乗せられた。 「こういうときはだいたい金だろ、金」 「どうしてそういう話になるんだよ」  前に出っ歯。後ろには角刈り。出っ歯は薄っぺらな学生かばんで道路をぱたぱた叩いている。音からするにかなり硬そうだ。中身はおそらく鉄板かなにかだろう。この野郎もとんでもないもので人の頭をぶん殴ってくれたもんだ。 「馬鹿かお前。俺ら、誰のせいでケガしたと思ってんだ」 「ケガってほどのケガをしてるようには見えない」  頭から土足がおろされた。角刈りがおれの前へまわりこんでくる。 「さっきからここが痛くてしょうがねえ」  ここ=左のほっぺた。たしかに血がにじんじゃいるにはいる。 「ニキビが潰れてるだけじゃねえか」 「てめえとぶつかる前は潰れちゃいなかった」  明らかになんくせ。要するにカツアゲだ。 「チャリだって見てみろ。ハンドルとタイヤの向きがてんでバラバラだ。あれじゃ乗って走るどころか、引きずって歩くのだってひと苦労だぜ。学ランだってほら、こんなにすり切れちまってる」  すれた跡――いつそうなったのかわからないそれを見せつけてくる角刈り。ふざけやがって。 「全部が全部、おれのせいじゃないだろ」 「いいや、全部が全部お前のせいだ」  角刈りと睨みあった。睨みあったまま五秒が過ぎた。 「実際のところ、お前いくら持ってんだよ」 「三十円ぐらいだな」 「がんばってマルを三つ増やせや、沢田」 「そんな金、あるわけないだろ」 「困ったな――よし、そっち側押さえろ、《学|まなぶ》」 「なにすんだ!」 「決まってんだろ。身体検査だよ」  マナブと呼ばれた出っ歯がおれにつかみかかってくる――迷いのある動き。すぐさま裏拳でその横っ面を張り倒してやった。きれいに決まった代わりに角刈りの蹴りを脇腹へ食らう。低い体勢からだったせいか、威力のほうはさほどでもない。 「わかったよ。払えばいいんだろ。三万でいいのか」  転がったままいい、肩から特急でおろしたナップサックに手を突っこむ。 「なんだ、急に素直になりやがって。まあいいや――おい、学。大丈夫か」  よそ見をする角刈り――ずいぶんと手軽にやってきたチャンス。 「それじゃ、こいつで!」  角刈りが体をくの字にして弾け飛ぶ。あたりに響き渡るかわいくない叫び。 「三万円分な。電気だけど」  ナップサックをきっちり背負い、出っ歯のほうへ向きなおる。 「お、お前《木内|きうち》くんになにした!」 「なんだ見てなかったのか。こいつだよ」  続けて始末――そしてばいなら。 「出会い頭の事故には気をつけろよ、じゃ――」  黒いなにかとぶつかった。 「気をつけんのはおめえのほうだぞ」  今度はおれの体がくの字になった。横っ腹がけいれんする。誰かが左手から稲妻をもぎ取っていった。 「なんだこりゃ……おお! バチバチいってやがんぞ、おい。ふざけたおもちゃだぜ」 「……返せよ」  またくの字。みぞおちの痛みに顔をしかめながらまわりを見る。二、三、四……立っているやつが五人。チャリンコにまたがっているやつがふたり=犬猫専用の路地から湧いて出てきた不良ども。しびれて転がっているふたりをそこへ足すと九人にもなる。まいった。 「最近はこんなのがナウいのか? だけどおめえ、男なら――」  またまたくの字。同じ場所への攻撃はちょっとやめてほしかった。 「《拳|こいつ》で勝負だろ。ちがうか、おい」  鼻っ面へ突きつけられてきたごつい拳。絵に描いたような不良どものうちのふたりが、おれの体を羽交い締めにする。 「木内もおめえ、こんなの相手になにやってんだ」 「すいません、加納先輩」  まさかまさかの親玉登場。そうじゃないかとは思っちゃいたが、だけどなんだってそいつがここにいるのか。昨日に引き続き、今日も泣きたくなるほどついてない。 「そのおもちゃでふい打ち食らっちまいました」 「いいわけしてんじゃねっつんだよ、タコ――おい、ガキ」  ガキ。このなかじゃおれ以外にそういわれるやつはいない。親玉に顔を向ける。 「落とし前ってわかるか」  懐かしいセリフだった。 「わかるよ」  父さんもよく口にしていたそいつはケンカに勝ったほうが負けたほうにいう『責任取れ』みたいな意味の言葉だ。 「だったら話は早えな。俺がいいてえのはつまりそういうことだ」  取り巻きのなかに見覚えのある顔がひとつあった。向こうもおれを覚えているみたいだったが、だからといってそのことが助かる道につながるとも思えなかった。 「三百円でいいかい、ボス」  加納がでかい声で笑う。 「お前、ツッパるとこまちがえると死んじまうぞ」  脳みそが地震を起こした。革靴のつま先で顎を蹴りあげられたんだとわかるのに相当な時間がかかった。 「さて、もっかい聞くけど、次も答えをまちがえるともれなくどっかの骨がボキッといくぞ」  やたらとぼやけた景色。頭がい骨のなかで脳みそがスーパーボールをしたせいだ。 「……三万、円」 「それだと肋骨コースだな」  真っ白に近い景色のなかを黒いなにかが横ぎっていった。車か、チャリンコか、それとも見て見ぬふりの誰かか――どうでもよかった。 「あ……」 「どうした、おい」 「……な、なんでもないです」  今のはまちがいなく見覚え顔の声。あんなへっぽこ野郎がどうしてこの不良グループにいるのか不思議だったが、こんなときにそこらへんを気にしてもしかたがなかった。 「俺とこいつは今『大事なお話し委員会』の真っ最中だ。黙っとけ」 「すいません……」 「で、どうするよ委員長。肋骨いっとくか?」  値あげを迫ってくる加納。稲妻の先で胸を軽く突かれた。 「じゃあ……五万で」 「折られる肋骨の数がちょっと減ったな。その調子だ」  いったいおれからいくらむしり取るつもりなのか――くそったれどもめ。 「……七万。それ以上は持ってないし、用意もできない」 「そうかあ? がんばりゃもう少しなんとかできると思うんだけど、そいつは俺の見こみちがい――」  四発めのみぞおち。苦いものが喉ちんこを焼いた。 「だったりしちゃうか?」 「八……いや、十万で」 「いい線まで来たぞ、委員長。よし、そんじゃ肋骨一本五千円の勘定にしてやる。無事で済みたきゃあと少しだ」 「肋骨って全部で何本あるんすか?」  羽交い締め係の右側が質問していた。 「指の数足す四本だ」  五千円かける十四、じゃない。足の分まで入れると二十四……だめだ。頭がまわらない。ただでさえポンコツな脳みそが地震の影響でよりポンコツになっている。 「どうだ? がんばる元気は出てきたか、おい」 「か、加納さん、後ろ!」 「あ?」  目の前から加納が消えた。代わって現れたのは、おれのなかじゃとっくに思いで扱いになっていた《くしゃ顔》。手にはモップかなにかの《柄|え》……というより、棒きれと呼んだほうが早いそいつが握られている。 「意外と早く会えたな――おっと」  見る間にふたり――いや、三人四人と打ち倒していく忠一。こっちもこうしちゃいられない。あたふたしている羽交い締め係それぞれに後ろ向きの頭突きをかまし、ふたりが怯んだところで転ぶようにしてしゃがんだ。 「て、てめえ!」  体をひるがえし、黒い股ぐら――ふたり分の金玉四個を両手で同時にぶっ飛ばす。左の羽交い締め係だけがその場へしゃがみこんだ。 「おらっ!」  しゃがみこまなかった片割れの攻撃。股を押さえているせいか、その動きにはまるでスピードがなかった。伸びてきた蹴りを右へ跳んでかわし、すぐさま軸足の膝裏を横蹴りに――Zのかたちになる片割れ。おれは立ちあがり、体重のすべてを乗せた右肘をそいつの背中へ打ちこんでやった。 「ほい、サワんだろ、これ」  宙を飛んできた稲妻=おれの守り神。スイッチを二度押し、壊れていないことを確認する。 「なんでもいいけど、お前棒持つと馬鹿みたいに強いな。人のことぶん殴れないとかいってたくせに」 「竹刀じゃ毎週ぶっ叩いてるさ」  一、二……残るは三人。ひとりは出っ歯。ひとりは知らないやつ。そのふたりの後ろでおろおろしている男はメイヂ屋にいたあいつだ。 「さて、こいつら全員丸焦げにしてやるか」 「そんなことできんのか、それ!?」 「ああ。電気椅子の子分みたいなもんだからな」 「すげえな。けど丸焦げはやめといたほうがいいぞ。死んじまう」 「そうか。んじゃ、こんがり焼き目がつくぐらいに……」 「ん? どうした」 「ケリをつけてくる。すぐに済む」  チャリンコのそばでもぞもぞしている親玉に近づいた。 「う……うう……て、てめえら。ガキが調子に――」 「あばらは折らないどいてやる。だからもう少し寝とけ」  親玉の頭を踏み潰し、その首筋にたっぷりと稲妻をくれてやる。 「おい、サワ。やりすぎだぞ」 「立ちあがってこられたら厄介だ。このなかじゃこいつが一番強い」 「知ってるさ。大宮じゃ有名だからな、加納さんは」 「なんだ、お前。知っててぶっ叩いたのかよ」 「しょうがないだろ。友だちがピンチだったんだから」 〝ミ、ミヤくん!〟  誰かのうわずった声――出っ歯の後ろ。メイヂ屋のあいつが、出した声にお似合いの表情を顔へ貼りつけている。 「どうしたよ、《四中生|よんちゅうせい》」 「ボ、ボクは関係ないからね」 「男らしくないぞ、塩原。お前だって――」 「いいよ、忠一」  文句の途中に口を挟む。 「こいつは手を出してこなかった。見逃してやってもいいと思う――ほら、とっとと行け」  命令に従う塩原。忠一がほっとしたような、でもちょっとだけ不満げなくしゃ顔をする。 「き、汚いぞ、お前ら!」  出っ歯ががなる。知らないもうひとりも一応は厳めしい顔でこっちを睨みつけてきている。 「九対二。どこをどうすりゃこっちが汚いことになるんだ」  おれが出っ歯の相手をしている間、忠一は起きあがろうとしてきたふたりを延長で気絶させていた。 「う、うるせえ電気うなぎ!」 「誰がうなぎだよ」 「うなぎじゃなきゃ、お前なんか蒲焼きだ!」  つまんないことをいいながら捨て身の攻撃に出てくる出っ歯。手にはもちろん必殺の鉄板かばん。だが、その怒りの矛先はなぜか忠一に向けられていた。 「どいてろ」 「うんにゃ、大丈夫」 「あ?」 「だってこいつの脇――」  忠一がしゃべり終える前にぶっ倒れる出っ歯。それも顔面に鉄板かばんの直撃を食らって。 「気の抜けたオロナミンより甘いし」  甘いといわれた出っ歯は渋い顔をして気を失っている。残りのひとりは姿が見えなかった。 「たぶん歯折れたぞ、こいつ」 「それはオレのせいじゃない」 〝てめえら!〟  怒鳴り声の聞こえたほうに顔を向ける――大集団。十やそこらじゃとてもきかない。 「なんだ、あれ」 「助っ人だろ。塩原の呼んできた」 「うそだろ、おい……どうするよ!?」 「どうするもなにも、あんなのふたりじゃ無理だ」 「だな。逃げるべ」  まともに動くチャリンコがちょうど二台。かっぱらいが大嫌いな未来の四番バッターも今だけは特別みたいだった。
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