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 8  私はもう何も考えられず、ただただ呆然と空を見上げた。  青空なんて、見えるわけがないよね。どうやらシステムも私の心情を汲んでくれたのか、眼前に広がるのはどんより曇り空。ははっ、今の私にはお似合いだね。  どれくらいの時間、寝っ転がっていたのだろうか。かすかに聞き慣れた声が、私の耳に飛び込んできた。 「ハァッ、ハァッ。あー、レンカ、見つけたー」  声のするほうを見遣れば、ユリナが息を切らせながら丘を登ってくる。 「え? ユリナ……」  意外な人物の登場に、私は目を大きく見開いた。  まさか追いかけてくるとは思わなかったよ。ちょっと、一人にしておいてほしいな。特に今、ユリナに話しかけられるのは、精神的にきついんだよね。 「いったい、どうしたの? 急に飛び出していって。って、レンカ、泣いている?」  ユリナは膝に手をつきながら、私の目をじっと見つめてきた。小首をかしげるしぐさは、嫌になるほど可愛らしい。 「あ……。な、なんでもないよ」  私は慌てて目元をぬぐった。恥ずかしい姿を見られちゃった……。 「うそ。絶対何かあったでしょ。もしよかったら、話してくれないかな? 相談に乗るよ?」  まったく悪気のない笑顔を、ユリナは向けてきた。  うん、ユリナはぜんぜん、これっぽっちも悪くはない。悪いのは私だ。私の心の問題だ。 「あー、うー……」  原因の一端を担っているユリナに相談なんてできないので、私はどう答えたものかわからず、唸った。 「ほんと、どうしたの?」  ユリナは訝しげに私の顔を覗き込んだ。  近づくユリナの表情を見つめれば、長くぴんと張ったまつげが、本当に、狂おしいほど愛くるしく、私の瞳に煌びやかに映し出される。  女の私が思うんだ、きっとカレルだって……。あぁ、ダメダメ、また思考のドツボにはまっちゃってるよ……。  私はぶんぶんと大きく頭を振った。ユリナはなおも顔を近づけ、心配げな表情を浮かべた。  これは、適当にごまかしてもダメな流れっぽいかなぁ。正直に話しちゃおうか。ユリナなら、決して悪いようにはしない気がするし。 「えっとね、怒らないで聞いてくれる?」  私は恐る恐るユリナに聞いた。 「え? あ、うん、もちろんだよ。どうしたの、レンカ?」  ユリナは少し戸惑った表情を浮かべたが、すぐに優しく微笑んだ。 「どうやら私、カレルに惚れちゃったみたいなんだ」 「え!?」  私の言葉に、ユリナは驚きの声を上げた。まぁ、当然の反応だよね……。 「ユリナもカレルが好きでしょ? あ、ごまかさなくてもいいよ、バレバレだし」  ここで「本当は好きなんでしょ?」やら「いや、違うよー」などと押し問答をしても、話が進まない。私はユリナに鎌をかけて、本心を聞き出そうとした。 「あー、うん。正直に言えば、そう。私もカレルが好き」  ユリナは少し言いにくそうに、でも、素直に白状した。  あー、ほんと。伏せた顔も、なんともいじらしいじゃないか。むぅぅ。 「でね、どうやら、このカレルへの想いのせいで、ハンマーを叩く手が鈍っていたみたいなんだ。カレルを前にすると、妙に肩に力が入っちゃって」  カレルが対面に座った途端に、余計なところに力が入ったような感触があった。普段はリラックスしている筋肉までこわばってしまい、滑らかな動きが妨げられていた。深く考えるまでもない。鍛接の失敗の原因は明らかだ。 「私、どうしたらいいんだろうね。どうせカレルに告白したところで、撃沈するのは目に見えているし、かといってこのままうじうじしていても、先には進めないし」  告白して断られたら、しばらくショックで立ち直れないかもしれない。でも、今のままでは、カレルの前に立ってハンマーを打てやしない。こんな経験は今までなかったから、どうしたらいいのかわからないよ。 「撃沈するって、決めつけるのは早計じゃない?」  ユリナはこてんと首をかしげて否定した。  いやいやユリナよ、それは強者の余裕ってもんだよ。私のような可愛げのない女じゃ、ユリナみたいな美人で愛嬌のある女の子に、逆立ちしたって太刀打ちなんてできやしない。恋愛音痴の私にだって、その程度はわかる。  だから、こうやって決めつけたくもなる。 「いやー、あれは、どう見たってユリナに惚れているよ。私に勝ち目なんかない。……だからって別に、ユリナに悪感情を抱いているってわけじゃないからね。その点は心配しないで」 「うーん、そうかなぁ……」  ユリナは納得がいかなそうに首をひねった。 「そういえばさ、レンカはカレルのどこが気になったの? 知り合ってまだ二日だよね?」  確かに、出会ってまだ二日。一目惚れか?と言われても仕方がない時間しか、共に過ごしていない。  でも、その短い時間の中で、私にとっては結構濃い体験をしたんじゃないかと思う。  二回も命を助けてもらったし、失格《鍛冶屋|コヴァーシュ》の烙印を押されてもなお、私の腕を信じて武器の制作を依頼してくれたし。気持ちが沈んだ時に、こうタイミングよく手を差し伸ばしてもらえれば、惚れちゃうのも仕方がないと思わない? 「なるほどねぇ。カレルって自覚はあまりないみたいだけれど、そういったことをわりと自然体でやっちゃうから、うん、レンカの気持ちもわかるよ」  私の理由を聞いて、ユリナは微笑を浮かべながら頷いた。  ユリナが言うには、カレルの持つ精霊を纏わせた使い魔と心を通わせるのに必須のスキル『精霊感応』が、対人間でも多少は影響しているんじゃないかって。だから、カレルは人の機微を読んで行動することがうまいみたい。ただ、おそらくはスキルだけじゃなく、元々の本人の気質も、多分にあるんだとは思うけれど。 「そういうユリナはどうなの? カレルのどこに惚れたのかな?」  私ばかりがぺらぺらとぶちまけるのも、ちょっぴり悔しい。ユリナの話も聞かないと、不公平だよね。 「うーん……。いっぱいありすぎて、どこから話せばいいのやらって感じなんだけれど……」  ユリナはポリポリと頭を掻いた。 「ぜひ聞きたいなぁ、ユリナの惚気話」  私は言いにくそうにしているユリナを促した。少し顔を近づけて、じいっとユリナの顔を見つめながら、さぁ、ほら、さっさと話しなさい、とプレッシャーをかける。 「惚気って、そんなんじゃないよ」  ユリナは少し口をとがらせて否定をし、ぽつぽつと話し始めた。 「まぁ、カレルとは、このVRMMO『精霊たちの憂鬱』のサービス実装後そんなに経っていないころから、ずっと一緒だったからね。もうすぐ三年?」  ユリナも偶然に、危ない場面をカレルに助けられて知り合ったそうだ。そこで、同年代ということで二人は意気投合し、カレルとゲイルのペアに、ユリナも混ざるようになった。  カレルとユリナは戦闘でも中衛同士で、連携をして動く機会も多く、打ち合わせと称して普段から二人で会話を交わす頻度がものすごく多かった。自然、二人の仲は急速に接近していった。  親密になればなるほど、当然、恋心が芽生えていくのは、ごく自然な流れだと思う。お互いがお互いを気にかけているため、とっさの場面に相手をすかさず庇う状況が必然的に増えていった。危機を助けられれば、言わずもがな、その相手をますます気にかけるようになる。そして、また危ない場面で支えあう。こんな循環が出来上がっていたらしい。  こんな状況で三年近くも共に過ごしていたら、そりゃお互い惚れあうでしょうよ。 「そっかー……。やっぱ、ユリナには敵いそうにないなぁ。まず、なんといっても好きになっている年季が違うよ」  さすがに三年間と二日間じゃ、比較するまでもなく、積み重ねてきたものが違いすぎる。ユリナは、私の知らないカレルをたくさん知っている。でも、私はほとんど知らない。 「恋って必ずしもそういう物じゃないと思うけれどね。でも、この気持ちは本当。だから、私、レンカ相手に負けるつもりはないよ?」  ユリナは挑発するような言葉を口にした。けれど、別に悪意は感じない。表情はニッコリと笑っていた。 「うん、今の話を聞いて、私も決心したよ」  決めた。私は次のステップに進むんだ。ここで停滞しているわけにはいかない。そのためにも、この胸にチクチクと刺さる棘を、きちんと抜かないとダメだ。  だから、私は――。 「ユリナを応援する。私のこの気持ちは、カレルのための武器に、霊素として、精霊として、精いっぱい込めるよ。そして残りは、私の心の奥底に、大切な思い出としてしまっておく」  恋ではなく、《鍛冶屋|コヴァーシュ》としての道を取ると、心に刻んだ。  ユリナが驚いた表情を浮かべ、「いいの?」と首をかしげる。 「ま、所詮は初恋なんて、実らないものだしね」  そう、所詮は一時の気の迷い。私はそう思い込むことにした。この恋は良い思い出に昇華して、再び私は生産道にまい進するんだっ! 「えー、そんな寂しいこと言わないでよ。私だって、これが初恋だよ?」  ユリナは不満げに、「私の恋も実らないのー?」と呟いた。 「じゃ、余計に頑張らないとね」  それはユリナ次第だよと思いながら、私は発破をかけた。 「……うん、ありがと、レンカ」  神妙な面持ちでユリナは礼を述べた。 「いえいえ」  私は小柄なユリナの身体を軽く抱きしめ、耳元で優しくささやいた。  私の初恋は封印することに決めた以上、ユリナには頑張って想いを成就してもらいたい。でなければ、生産に生きると決めた私の決心が、無駄になっちゃう。 「あーあ、レンカを励ますつもりが、なんだか逆になっちゃったね」  ユリナは苦笑した。 「ま、いいじゃない。……これからもよろしくね、ユリナ。あなたとはいいお友達になれそう」  私はユリナに微笑み、手を差し出した。 「うんっ! こちらこそ、よろしくね」  ユリナは私の手を取り、がっしりと握手を交わした。  もちろん、そんなにすぐに気持ちを切り替えられるはずがない。私は、内心で泣いたよ。でも、ユリナを思って、おくびにも出さないように頑張った。別に誰かが褒めてくれるわけじゃ、ないんだけれどね。  これは、私の矜持――。
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