フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
「おねえさん、どんなご本を読んでるの?」 がたごとと揺れる馬車の中、一人の少女が彼女に話しかける。 「……え?」 突然声をかけられ、本から目を離し素っ頓狂な声を出して少女の方を診る。 傍には母親と思われる女性。好奇心のままに話しかけた少女に対し、慌てて制止する。 「こら、読書の邪魔をしちゃだめでしょ。……すみません」 申し訳なさそうにお辞儀をする母親へ、彼女は微笑み返した。 「いいのよ、気にしないで」 そう言って、少女の方へ向き直る。そして本を広げ、優しく声をかけた。 「この本はね――」 魔族という脅威に晒される世界。 激しさを増していく魔族との戦争から避難するように、戦乱を避け移住する民は日に日に増えていく。 彼女――レーヴァ・ミストレアが乗車する馬車もそういった移住者を乗せている。 腰まで届く長い黒髪に、黒いローブを身に纏った彼女は移住者とは異なり、馬車の行先である花の都を目指す旅人である。 しかしただの旅人ではない。 彼女は魔女と呼ばれる存在だった。 御伽噺で度々語られ、実在したという痕跡や逸話は数多く残されているものの、その姿を実際に見た者はいない。 魔族とは異なるが、人間の味方というわけでもない。善悪という言葉では括ることができず、私利私欲のために動く。 実験のために魔族や人間を誘拐し、命が尽きるまで材料として扱う。 己が編み出した魔法とは異なる力、魔術を使い暴虐を働く。 それが魔女の本性だと語られている。 「――という話よ」 「わぁ、すごい! 騎士様はお姫様を助けたんだね!」 しかし、少女を前に本の内容を読み聞かす彼女からはそんな魔女の雰囲気とは違っていた。 優しい声でわかりやすく、それでいて楽しめるようにしっかりと読んでいくその様はとても魔女だとは思えない。 「えぇ、そうよ。でもこの話には続きがあって……」 彼女が話を続きをしようとすると、馬車が突然急停止し、乗車する全員が身体を傾ける。 「わわっ」 少女の近くにいた彼女がその小さな体を受け止め、倒れこむのを防ぐ。 「おい、どうした?」 乗車していた男性の一人が立ち上がり、御者の方へ向かう。 「すみません、あれ……」 御者が前方を確認するように伝えると、その先には甲冑を着た騎士が数人。胸の部分に黒い翼のような模様が描かれている。 騎士の近くには馬車もあり、街道を防ぐような形で立ち塞がっていた。 「ありゃ……レイヴン騎士団じゃねぇか?」 騎士の模様に覚えがあるのか、男性がその名を口にする。 レイヴン騎士団とは元は傭兵だった一団で、様々な戦果により騎士を名乗ることが許された、いわゆる成り上がりの騎士団である。 当時は多くの国から買われていたが、騎士団となった今は西の大国に直属し日夜魔族との戦いに明け暮れている。 その一方で、不穏な噂も多い。 「検問である! ただちに全員馬車から降車せよ!」 騎士の中から一際目立つ兜をした男性が前に出る。 前に進むことができないため、渋々といった形で御者が下りると乗車客も次々下りていく。 彼女もまたそれに続いていく。 「隊長、これで全員です」 馬車の中に誰もいないことを騎士が確認し、隊長と呼ばれた男性が頷き返す。 「御苦労。さて、諸君。我々はレイヴン騎士団である。此度は日々熾烈極まる魔族との戦争に備え、軍資金の徴収を命じられた」 「軍資金? いや、私達はただの――」 「行商人か旅人の類だろう、しかしこの地にいる以上は我らの規則に従って頂く。徴収金額は一人一千ゴールドだ」 「一千!? 馬鹿な、そんなお金あるわけないだろ!」 一千ゴールドもあれば一般市民からすると数十日は働く必要がなくなるほどの大金。男性が声を荒げるのも無理はない。 馬車に乗車していたのは戦争とは無縁の都を目指す移住者であり、商人の類ではない。 したがって最低限の資金しか持ち合わせておらず、一千ゴールドもの大金を支払えば都へ着いたところで生活がままならなくなってしまうだろう。 だが目の前にいる騎士達にはそのような都合は関係なく、声を荒げてきた男性に対して冷ややかな笑みを浮かべた。 「そうか、まぁ無いものは仕方ない。ならば、支払えぬ者はすぐに我らの馬車へ乗りたまえ」 「……え?」 「支払えない、というのであればその分だけ働いてもらう。当然だろう?」 「なっ……」 「案ずるな、老若男女問わず働き口は山ほどある。もちろん、仕事の内容は選べないがね」 端的に言えば一千ゴールド分、タダ働きをしろということだ。しかも仕事内容を選べないということはどんな嫌な仕事でもせざるを得ないということ。 この言葉に対し、男性が再び「ふざけるな!」と声を上げ、一歩前に出る。 だがその隊長の背後にいた騎士が剣を抜き、男性の方へ刃を向けるとそれ以上前へ出ることができず、足を止めてしまう。 「うっ……」 「ふふん。さて、では徴収させていただこう」 別の騎士が大きな袋を手に御者から順に徴収を開始していく。 「……まるで山賊ね」 列の後方に立っている彼女がその様を見てぽつりと呟く。 その傍には少女とその母親もいて、少女は母親の裾をぎゅっと強く握っていた。 一人、また一人と一千ゴールドという大金を支払っていく。 ほぼ全員が苦虫を噛み潰したような表情を見せるが、騎士に反抗できる者はおらず、また騎士もその様子を見て鼻で笑うような動作をするだけだった。 やがて親子の元へ騎士がやってくる。 母親は鞄から一千ゴールドが入った袋を取り出し、それを騎士が受け取って中身を確認して徴収袋へと入れ込む。 「おい、待て」 隊長が声をかけ、騎士が入れた袋を再度取り出して中身を確認する。 「ふむ、確かに一千ゴールドだ。だがこれじゃあ駄目だ」 「え……ど、どうして」 「この娘は貴様の子だろう?」 母親の後ろに隠れるように回り込む少女を隊長が睨む。 「そ、そうですが……」 「ならばその娘の分も出してもらう必要があるな。あと一千ゴールド……貴様が出すのか、それとも子が出すのか……支払えないというのであれば、どちらかはあちらへ来て頂こうか」 「そ、そんな! ご勘弁を、私達は都にいる夫の元へ向かうだけで……とても二千ゴールドなんて大金、今は……!」 「そうか、それは大変だな。だが規則は規則だ、どちらかは来てもらおう。……何、心配するな」 隊長がその場にしゃがみ込み、少女の目線と同じ高さになる。 「子供でも、仕事はある。世の中にはそういった嗜好を持つ連中もいる。一千ゴールドなんてすぐに稼げるさ」 「……?」 その言葉の意味を理解していないのは少女のみで母親や乗車客は絶句し、騎士達は笑いを零した。 その様子を見て、彼女が大きく溜息を零した。 「この程度が騎士だなんて、西の大国も落ちたものね」 先程騎士団を山賊と称した時のように小声で呟くのではなく、今度ははっきりと話す。 「ほう……おい貴様、もう一度言ってみろ。聞き間違えなら許してやるが、もしそうでないなら――」 「あらごめんなさい。聞こえなかったかしら? まるで山賊のような騎士様だって言ったのよ」 「……くく、強気な女だ。我々を前にそこまで啖呵を切るとはな」 剣を鞘に入れたままの状態で彼女へと向ける。 「我々を愚弄した罪として、貴様には一万ゴールドの徴収を命じる。もし支払わないのであれば」 「ご心配なく、そもそも一千ゴールドも払う気がないわ」 「……そうか、ならば貴様にはまず痛い目を見てもらおう。見せしめとしてな。その後、貴様は……ふむ」 隊長が見定めをするように彼女の顔から足まで見ていく。 彼女は誰から見ても美人に該当する風貌だ。おそらく男性であれば一瞬でも見てしまう程度には顔つきが整っている。 背はあまり高くないものの、すらりとした細身の体がしっくりと似合っている。 「そうだな、貴様には我々レイヴン騎士団の従者にでもなってもらおうか」 「従者?」 「あぁ、我々のために日夜働いてもらう。その身体を使ってな?」 「はぁ……訂正するわ。山賊ではなく、ただの獣ね」 嫌らしい顔を向ける隊長に、嫌悪感を露わに示す。 「何とでも言うがいい。……さて、ではお仕置きの時間だ」 隊長を含み、数人の騎士が彼女を取り囲む。親子を含めた乗車客は避難するようにその場から離れるが、他の騎士が見張っているために逃げ出すことは許されず、また彼女を助けようと動く者もいなかった。 かつんかつんと彼女の方へ歩み寄る隊長。 そして剣を振り上げ、そのまま一気に振り下ろした。 瞬間、ふう、と溜息混じりに彼女が一息つき……隊長の前から姿を消す。 「……へ?」 何もない空を切る隊長。他の騎士も驚きを隠せず、すぐさま辺りをきょろきょろする。 「ごめんなさい、すぐ終わるからこの本、少し預かってて」 「え……う、うん……」 彼女は一瞬のうちに少女の前へと移動し、読んでいた本を少女に預けていた。 そして再び踵を返し、隊長の方へと向き直る。 「き、貴様、今、何を……!」 どうやって移動したのか、全く見えなかった隊長はわかりやすいほどにうろたえ始める。 得体の知れない感覚に襲われたのか、慌てて鞘から剣を抜き、再び構えるが――彼女が再びその姿を消した。 そして数秒の後、取り囲んでいた隊長を除く全ての騎士が崩れるようにその場へ倒れていく。 同時に彼女が姿を現すが、その場所は隊長の背後であった。 「……!」 慌てて剣を振り向きざまに振り抜くが、再び彼女は姿を消し、元いた場所へ戻る。 「なんだ、貴様、私の部下に何をした! どうやって……!」 「安心して、貴方の部下は気を失ってるだけ。死んでないわ」 「くそっ……妙な魔法を……!」 得体のしれない恐怖を感じるも、怒りを露わにし彼女へ突進する。 切っ先が真っ直ぐ彼女へ向けられ、彼女はそれを避けようともせず、彼女の心臓部を易々と貫いた。 血飛沫が舞い、口から血を流し、隊長の兜や鎧にも被っていく。 「……ふ、ふふん。私に逆らうからこうなるのだ……!」 剣を刺したまま、にやりと笑う隊長。 「……ふふ」 だが、心臓を貫いたというのに彼女の口からは笑みがこぼれる。 「手が震えてるわよ、貴方。もしかして……人を殺めるのは初めてかしら?」 「えっ……ひ、ひぃ!? な、なんで生きて……!?」 剣から手を離し、後方へ引き下がる。だが足がもつれ、その場で尻もちをついてしまう。 その様子を見下ろしながら、彼女はゆっくりと剣を抜いていく。 「……貴方は魔女を知っているかしら?」 「ま、魔女?」 「えぇ、魔女。……魔女はね、死なないのよ。年老うこともない、いわゆる不老不死というやつね」 胸部から剣を抜き取り、それを両手で持つ。穴が開いた部分は赤く塗りつぶされているが、少しずつ塞がっていった。 「ま、まさか貴様が魔女だというのか? 馬鹿な! 魔女は御伽噺にしか出てこない空想上の……」 「信じるかどうかは貴方次第。だけど、事実私はこんな剣じゃ死なないわ。たとえ心臓を貫かれようとも、首から上を吹き飛ばされても、肉体が木端微塵になってもね」 淡々と話す彼女は剣を持ったまま、隊長へと近づいていく。 「でもね」 両手で剣を握り、剣先を下へ向けながら上へ持ち上げる。 「死なないだけで、痛みはあるの。心臓が貫かれる、そんな痛み……貴方に想像できる?」 「ひっ……ま、待て……!」 「できないわよね。普通の人間は、心臓を貫かれたら死んじゃうもの。……だから」 「一瞬の痛みだけで、済むわ」 「や、やめ――」 そのまま隊長へ向け、一気に剣を突き刺すように振り下ろした。 「……なんてね」 だがその剣は隊長の身体を貫くことなく、そのすぐ脇の地面へと突き刺さった。 しかし当の隊長は殺されるという恐怖からか白目を剥き、口から泡を吹いたままその場へ倒れてしまう。 「私の力じゃ鎧は貫けないわよ、本より重い物はあまり持たない主義だし。……貴方にちゃんとした戦闘経験があればそれぐらいわかりそうなものだったけど」 失神した隊長を見る。 「……ほんと、これが騎士団の一翼を担う隊長だなんて、世も末ね」 剣を近くに置き、辺りを見渡す。 増援が来る様子はなく、この一隊しか周りにはいないようだ。 しかしこのまま放っておけばやがて騎士達は目を覚まし、彼女のことを国へ通達されるだろう。 「はぁ、もう少しゆっくり旅をしたかったけど……仕方ないわね」 そういって彼女は呆気に取られる乗船客の方へ近づいていく。 「っ、あ、ありがとうよ、あんた……」 そのうち一人の男が怯えるような様子を見せつつも感謝を述べる。 「気にしないで、目に余っただけだから」 「あんたはその……魔女なのか?」 他の男性客が問う。 「えぇ、そうよ。貴方達に伝わってるような魔女ではないから安心はしてほしいけど……まぁ、無理よね」 貫かれた胸元はしっかりと貫通していたのに、やがてそこからの血は止まり怪我ひとつなくなっていた。 「……どこかで服の修繕をしないとね」 あくまで修復するのは肉体であり、服までは直らない。彼女の扱える魔術も全知全能の力というわけではないようだ。 「さてと……貴方達は早く馬車を動かして、この国から出た方がいいわ。ここに検問を引いたということは、この先にはおそらくないはず。国から出れば追われることもないし、急ぎなさい」 「あ、あぁ。あんたはどうするんだ?」 「私が一緒に行くと魔女を庇ったとか根も葉もない噂が流れるかもしれないし、遠慮しておくわ。しばらくこの国に身を潜めて、適当な所で国を出るから気にしなくていいわよ」 「そうか……すまねぇな、迷惑ばっかかけて」 御者が馬車を引き、乗車客は彼女に一礼をしていく。 「おねえさん!」 彼女の本を抱えた少女が満面の笑みを浮かべて近づいてくる。 その背後には母親がいて、他の乗車客よりも深くお辞儀をした。 「ありがとうございます、おかげで助かりました。旅の途中だというのに、本当にご迷惑をおかけして……」 「だから、気にしないで。子供を使ってお金を稼ごうだなんていう連中、放っておけなかったのよ。……でも、そうね」 彼女がその場にしゃがみ込み、少女の顔を覗き込みながら頭を撫でる。 「本の続きを話せなかったのは少し残念」 「騎士様はお姫様を助けたんじゃないの?」 「そう、でもその話には続きがあって……そうね、よかったら続き、読んでみる? 私はもうその本を読んだから、貴方が読んでくれて構わないわ」 「いいの?」 「えぇ。でも一度に読むと大変だから毎日少しずつ読むこと。読めない言葉もあるかもしれないから、しっかりとお勉強もしなきゃね」 「うん! 私読んでみる!」 「ふふ、もしいつか再会したら、その時は一緒に本について語りましょう」 その場から立ち上がり、笑顔を向けたまま母親へ一瞥し会釈する。 母親は再度感謝の言葉だけを述べ、少女を連れて馬車へと乗り込んだ。 馬車は彼女を置いて先の道へ走っていく。 「さて、と」 彼女はこれまで来た道へ返し、歩き出した。 「騒ぎになる前に町へ戻って、服を新調して……新しい本を買おうかしら。それが済んだら……東の国に行くのもいいわね」 魔女の気楽な一人旅は、まだまだ続いていく。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行