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 あの悲劇の入学式から約一年後。  桃華は無事二年生に進級していた。やればできるのである。ただし、試験当日に筆箱を忘れたり、小テストの日付を間違えるといった『ケアレスミス』は多々あったが、それは幸運なことに点数には結びつかなかった。  入学式も終わって一週間ほど経てば、新一年生も当時の桃華のようにただっ広い学校にも慣れ、食堂もガヤガヤと賑わってきていた。  そんな中、桃華はラーメンをこぼしていた。  配膳中の事故である。桃華が食堂のおばちゃんからトレーを受け取り損ねて、床にぶち撒けてしまったのだ。  桃華は落ち込んだ。ラーメンまみれの上履きと靴下を見て、絶望感すら覚えた。食堂のおばちゃんは急いで駆けつけてくれて、雑巾で拭いてくれているのが大変申し訳ない。 「桃華ちゃん、またやったねぇ。大丈夫大丈夫、洗えば何とかなるよ。靴下は脱いどきな」 「はい……すみません」  しょうがなく、桃華はトイレに上履きと靴下を洗いに行った。上履きは洗って、おばちゃんに貸してもらった雑巾で拭いて何とか無事なのだが、靴下はもうラーメンの汁を吸いすぎて、洗っても醤油出汁の香りがする。これは洗濯機行きだ。  桃華は素足のまま上履きを履き、トイレを出た。  すると、一人の男子生徒と目が合った。  金髪で、ピアスをしている。着崩した制服は結構様になっていて、不良っぽさを演出していた。  どこかで見た顔だ。そう思っていると、金髪ピアスの男子生徒はニコッと笑って手を振った。 「桃ちゃんみーっけ」  桃ちゃん。  そのあだ名、どこかで聞いた気がする。大体桃華はそのまま桃華と呼ばれるので、あだ名はあまりつけられたことがなかった。  ということは、金髪ピアスの男子生徒は桃華の知り合いだ。しかし、こんな不良っぽい子と知り合った憶えがない。 「桃ちゃん、俺、俺」 「オレオレ詐欺?」 「違う違う。拓真だよ、佐屋拓真」 「佐屋、拓真……あー」   桃華は思い出した。小学校のころ、一緒によく遊んでいた一学年下の男子だ。  男勝りというか、お転婆だった桃華は、転けはするが運動ができた。そのため、女子では相手にならないことが多かったので、よく男子の遊びに混ぜてもらっていたのだ——純との喧嘩の一件も、もちろん影響している。  その小学生男子グループにいた一人が佐屋拓真だ。桃ちゃん、桃ちゃん、と言って後ろをくっついてきたり、一緒に登下校をしたりしていた記憶が、桃華にはある。 「桃ちゃんもこの高校だったんだ。偶然って怖ー、つーかマジ嬉しいしー」  そう言って、拓真は桃華の靴下を持っていないほうの手を握る。 「てか、靴下持って何してんの?」 「何って……洗ってた」 「洗う……洗う!? 何で!? マジウケる!」  何が受けたのか。なぜ受けたのか。  桃華は最初から説明する。ラーメンを頼んで落としてぶち撒けて上履きと靴下が濡れて、靴下さんはお亡くなりになったことを告げると、拓真はさらに笑った。 「あはははは! ウケる! 最高ー!」  やかましい。  桃華は握った手を、ふんっ、と振り払い、拓真の頭にチョップを繰り出した。  拓真は馬鹿笑いしていたせいで逃げ損ね、桃華の本気チョップを食らう。 「いってぇ!」 「笑うからよ、馬鹿!」  痛がってもまだ笑ったままの拓真は、また手を握る。 「桃ちゃん、ラーメンまた頼みに行かないと授業始まるよ」 「分かってるって」 「ほらこっちこっち」  結局、桃華は拓真に引きずられるようにして食券を買い、再度ラーメンを頼み直し、今度は拓真にトレーを受け取ってもらって座席まで運んでもらった。  桃華はラーメンを急いですする。授業開始まで十五分あるが、次の古文の教師は堅物で、遅刻したら廊下に立たされるという前時代的な人物だからだ。  桃華がぽりぽりメンマを食べていると、拓真は正面の席に座って話しかけてきた。 「なー、桃ちゃん。何組?」 「丁組」 「うっそマジで? 俺も丁だよ」 「あ、そうなの? 拓ちゃん、文系だったんだ」 「そうそう。だから超女子に混じっててさー、理系でもよかったかなー」 「どっちでも行けるの?」 「俺、赤点取ったことないよ」 「私も」 「マジで? 桃ちゃん、頭良かったもんなー」  そうなのである。拓真の宿題の分からないところを教えてあげたこともある。  だが、拓真も結構頭はいい。その代わり、運動音痴だったが——今は治ったのだろうか。 「全然無理。走るの超嫌い」 「まあ、私も他人のこと言えた義理じゃないけどさ。中学は元陸上部だったし」 「へぇ! 今は?」 「今は……転ぶからやめた」 「何だそりゃ! あはは!」  拓真は屈託なく笑う。外見にそぐわず、天真爛漫な性格は相変わらずのようだ。  よく見ると、拓真は大分大人びた顔になっていた。小学校の頃は痩せぎすで甘えん坊だった男子が、ここまで変わるものだ、と桃華は感心する。 「それより、あんた、何で金髪にピアスなの? 不良っぽいよ」 「あ、そう思った? これ、バンド仲間がやってみって言うからさー、やってみた。オシャレっしょ?」 「オシャレじゃないけど、バンド?」 「俺、ギター弾けるもん」 「意外だわ。と言うかさ、生活指導から何か言われないの?」 「全然。この学校、マジで自由だからっつって塾で聞いて選んだぐらいだし」  そうなのか。桃華は全然知らなかった。  やがて桃華がラーメンの汁を飲み干し終えると五分前の予鈴が鳴る。  今日は厄日なので片付けまで拓真にやってもらい、桃華は食堂前で拓真と別れる。 「バイバイ、桃ちゃん。またご飯一緒に食べようねー」 「いいよ。バイバイ」  桃華と拓真は手を振って、それぞれの教室に戻っていった。
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