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 きっと、フルストからすれば、余計なお世話だと分かりつつも誰かが教えてやらなければならないことだ、と思っていたに違いない。その貧乏くじを自ら引きにいくあたり、フルストも大概お人好しだとエレインは思う。  どれほどの沈黙が続いただろうか。時計の針が十二時を指し、なおも静かな時が流れる。  ようやく、アラステアは悲痛な声で否定した。 「嘘だ」  エレインもフルストも、何も答えなかった。  魔道師が《知悉魔法|レヌンティオ》で確かめれば、即座に分かってしまうことだからだ。勇者が《混血児|ヒュブリダエ》だと分かれば、レギナスグラディオを強制的に取り上げられるかもしれない。勇者がいくら形骸化したものだったとしても、ただの人間でないということが分かってしまえば、人の見る目は確実に変わる。数千年前、人間が魔族の王を討伐するために作り出した伝説の剣、レギナスグラディオ。その所有者に魔族の血が流れていたとなれば——たとえ今、バラジェ魔王国と友好関係を築いているとしても、未だ魔族に対する人間の偏見は根強い。アラステアは勇者の名を汚したとして批判され、国を追われることすら考えられるのだ。  かつてエレインが星の痣を隠していたように、アラステアもまた《混血児|ヒュブリダエ》であることを隠さなくてはならない。  会話の口火を切ったのはフルストだった。 「建設的な話をしてやろう。勇者よ、レギナスグラディオの真の力を引き出せ」 「力を、引き出す?」  アラステアは縋るような目で、フルストを見る。  フルストは力強く頷く。 「そうだ。その剣もまたアイテールスバルのように、かつて無限の魔力を蓄えていた。その影響で年を重ねることがなくなった、とでも説明すればいい。そのあたりの理論構築は、エルがやってくれる。無論、俺も手伝ってやろう」  フルストは横目でエレインを見る。確かに、膨大な魔力に晒されることで体が変化する、という例は伝説上枚挙に遑がない。それに、フルスト自身がアイテールスバルの影響で普通の魔族よりもはるかに長い寿命を持つ魔王なのだ。対となる勇者が不老であってもおかしくはない。  ただ、本来の力を引き出す手段が問題だ。 「それはかまいませんが、力を引き出すというのは、具体的にはどうするのですか?」 「特訓するしかあるまい。魔法を受け続ける、ただそれのみだ」 「それだけでいいのですか?」 「レギナスグラディオは本来魔法を斬れる剣だ。アイテールスバルに対抗するために作られた宝具だからな。とはいえ、作られて何千年も経った今では、本来の力を失いつつある。とにかく魔法を受け、本来の力を、蓄えられた膨大な魔力を無理にでも引き出せ。そして魔力の波長を剣に合わせろ。そうすれば、凡百の魔道師には分かるまい」  フルストの言葉に嘘偽りはない。確かにその方法であれば、《混血児|ヒュブリダエ》であることを隠すことができる。というよりも、勇者でありながら《混血児|ヒュブリダエ》であることを隠すには、その方法しかない。  エレインは決心した。 「分かりました。明日からやりましょう」 「エルさん……いいのですか?」 「アルさんにはお世話になっていますから。それに、偏見でアルさんが国を追われるようなこと、絶対に許せません」  そう、エレインは許せない。  たとえこの世界の常識から外れた見解だったとしても、現代の青梅桜子の考えでそう思っていたとしても、友人が偏見によって被害を受けることは許せない。  たったそれだけのことだ。《混血児|ヒュブリダエ》であろうと魔王であろうと、偏見の目で見る必要などないのだから。  アラステアはエレインを見つめる。エレインはニコリと笑って返した。 「……ありがとうございます、エルさん、それとフルストさん」  珍しく気弱な顔を見せたアラステアだったが、ようやく闊達な青年らしい笑顔を取り戻していた。  一方で、フルストは不敵な笑みを見せる。 「ふっ、気にするな。未来の花嫁の友人には結婚式に参列してもらわねばならぬからな!」 「誰が未来の花嫁ですか。いい加減にしないと……というか、そろそろ帰ってください。私も眠いです」  時計の針はもうすでに午前一時を指していた。大分話が長くなってしまった。 「ああ、それは悪かった。では行こうか、勇者アラステアよ」 「はい! エルさん、おやすみなさい!」 「おやすみなさい、二人とも」  エレインは二人に手を振る。  それにしても——アラステアは、《混血児|ヒュブリダエ》だから捨てられたのか。それとも、何らかの事情があって両親がいなくなってしまったのか。一度、アラステアを伴って、エクリア村で調査をする必要があるかもしれない。アラステアの《義兄|あに》のヘフィンが何か知っているだろうか。  エレインはそんなことを考えながら、寝室へと向かった。 ☆  翌日、早朝。  《黒曜館|こくようかん》の広々とした庭で、エレインとアラステアが対峙していた。アラステアはレギナスグラディオを構える。  エレインは尋ねる。 「準備はいいですか?」 「いつでもどうぞ!」  アラステアは元気よく答える。  エレインはすう、と息を吸い、呟いた。 「《火よ|イグネム・》、《弱く|インフィルムス・》《灯れ|インフェロー》」  エレインの顔の前に、小さな火球が灯る。そして、エレインがアラステアを指差すと、火球はアラステアのほうへと飛んでいく。  アラステアはタイミングよく振りかぶり、火球を斬る。斬った瞬間、火球はまるで剣に吸い込まれるように消えた。 「見ましたか、今の! 魔法を斬りましたよ!」  上手くいった。アラステアは興奮して剣を振る。 「確かに、吸い込むように消えましたね。魔法を斬ることで、魔力を溜めるのでしょうか」 「そうかもしれません。どんどんやっていきましょう!」  アラステアはやる気だ。エレインは微笑ましく思い、次の呪文を呟く。 「《火よ|イグネム・》、《連続して|コンティヌア・》《灯れ|インフェロー》!」  今度はエレインの前に五つの人間大ほどの火球が現れる。エレインは一つずつ、アラステアへ向けて放つ。 「はあっ!」  気合いを入れて、アラステアは順番に一つずつ斬っていく。やはり、レギナスグラディオは火球に触れた瞬間から吸収を開始し、凄まじい速さで火球を飲み込んでいく。  なるほど。今はレギナスグラディオに蓄えられているはずの魔力が尽きているから、本来の力を発揮できないでいるのだ。エレインはそう分析し、どんどん火球を撃ち続ける。  アラステアは冷静に火球を見切り、斬るというよりも火球を剣に触れさせる。それだけで十分なのだ。  ならば、とエレインは大魔法を放つ。 「《炎よ|フラムマエ・》、《大いに|グランディス・》《氾濫せよ|イッルウィオーニス》!」  炎の波がアラステアを襲う。 「うわあ!? くっ!」  アラステアは波を薙ぎ払い、剣を振るう。しかしどんどんと波は押し寄せ、アラステアの周囲を取り囲む。  あ、これ、日本神話の草薙剣の逸話みたいだな、などとエレインが思っていると、絶え間ない炎の波に飲まれそうになっているアラステアがいた。危ない危ない。エレインは若干炎の波を操作し、緩やかにする。  十分ほどかけて、アラステアは炎の波を完全に吸収し終えた。十分間素振りをしまくったため、肩で息をしている。 「今日はこのくらいにしておきましょう。私も疲れました」 「え? あ、はい……そうですね、無理してもダメでしょうし」 「まだやりますか? あと一回くらいなら大魔法を使っても大丈夫ですよ」 「い、いえ! 大魔法は、けっこうきついですので、また明日で」  エレインの提案は、アラステアに遠慮されてしまった。  二人は《黒曜館|こくようかん》の中に戻り、食堂に向かう。  食堂には、クィンシーがいた。ちょうど朝食を食べはじめたころだったらしく、エレインとアラステアも同席する。 「おや、お二人とも、何かなさっていたんですか?」 「ええ、特訓を少々。アラステアさんのレギナスグラディオは、たまにはこうして実戦形式で使わないと、ただの剣ですから」 「あはは、そうなのです。僕も勇者として、少しはレギナスグラディオを使いこなせないとと思いまして、エルさんに頼んで魔法を撃ってもらっていたのです」  二人は口裏を合わせる。だが、クィンシーは別の意味で心配していた。 「あの、エルさん。エルさんの魔法の腕前は重々承知していますが、いつかアルさんが消し炭にならないよう、注意してあげてくださいね?」 「分かっていますよ。もう、私だってあの魔王くらいにしか直接魔法を撃ち込んだりしません!」 「あの超極大魔法は凄まじかったですからね……一生に一度くらいしか見られないんじゃないでしょうか」  クィンシーは一体全体エレインを何だと思っているのか。今度、一度膝を突き合わせて対話しなければならない。  少し待つと、朝食が運ばれてきた。今日の朝食はベーコンエッグに豆のスープ、ミートパイだ。  うん、今日も美味しい。クィンシーが仕入れてきたハーブの種を領地全域に広めたおかげで、味に深みが出て嬉しい。  エレインはアラステアのほうを見る。よほどお腹が空いていたのか、あっという間に皿を平らげていた。 「おかわりいいですか?」  しかもおかわり要求である。健全な青少年だな、とエレインは思った。  朝食を終えると、エレインはさっさと執務を済ませ、祖父と父母から贈られた『大魔法の簡略化と効果限定化について』の魔道書を読む。効果的にレギナスグラディオへ魔法をぶち当てる方法を探してのことだ。ひょっとすると、レギナスグラディオを地面に刺して、そこへエレインが魔法を撃ち込むだけでいいのかもしれない、と思ったのだ。それならばアラステアの負担も大分減る。  もう一度超極大魔法を準備しようか、とエレインが思案していると、執務室の扉がノックされた。 「どうぞ」  エレインが声をかける。  入ってきたのは若い女性のメイドだった。 「失礼いたします。お手紙が届いておりましたので、お持ちいたしました」 「わざわざありがとう」 「いえ、滅相もございません。それでは」  若い女性のメイドは丁寧に一礼をし、執務室を出ていった。  渡された手紙は——また黒一色のフルストからの手紙だ。昨日会ったばかりなのだから、もうしばらくは来なくていい、手紙でも同じだ。  仕方なく、エレインは封を破き、中身を取り出し、魔法をかける。 「《文字よ、姿を表せ|リテラトゥス・サルス・パテファシオ》!」  エレインの声に応じるように、ゆっくりと光る文字が中空に浮かび上がり、手紙の文を形成する。 『レギナスグラディオの伝説について』  お? いつものフルストの調子ではない。真面目モードだ。 『エルへ。昨日バラジェニカに戻った後、魔王城の閉架書庫でレギナスグラディオについての書物を探してみた。すると、十代ほど前の魔王がレギナスグラディオに超極大魔法を何発か撃った、という記述を見つけた。当時の勇者はそれで落命したようだが、レギナスグラディオを引き継いだ次代の勇者に魔王は討ち取られたらしい。アイテールスバルと違い、レギナスグラディオは自ら魔力を生むのではなく、魔力を効率よく吸収し、蓄える性質を持つと考えられる。そして持ち主の魔力を吸い取ることはなさそうだ。なぜなら、人間は魔力を吸い取られ続けるとすぐに死んでしまうからな』  なるほど、フルストもエレインが考えていた推論とほぼ同じ結論に達していたようだ。 『そして、俺はある方法を考えた。お前の超極大魔法を圧縮し、剣へ封じるのだ。勇者に剣を握らせ、お前は剣の切っ先にでも指を置き、超極大魔法の《圧縮魔法|コンプレッスス》を唱えるだけでいい。無論、昨日も言ったとおり、俺もできうるかぎり手伝おう。いくらお前が次代の《大魔道師|マグナス・マギ》と呼ばれていても、人間には魔力の限りがある。未来の花嫁にばかり負担をかけるのは耐え難いからな』  最後が余計だ、最後。エレインは口を尖らせる。  しかし、フルストの助言はなかなかに役に立った。超極大魔法でも、圧縮すれば体への負担は減る。一日一回くらいならエレインでも撃てる。アラステアに剣を握らせておくのは、剣を通じて魔力を直接身体へ影響させるためだろう。  明日からこの方法でやってみよう。エレインは鼻歌を歌いながら、手紙を引き出しへとしまった。
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