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第四章 成長  数年の月日が流れコトリも十五歳になって、出会った頃よりも随分と身長も伸びていた。今では、もう私と同じくらいの高さになっている。身長だけじゃなく中身もだいぶ成長していて、年の割にかなりしっかりしていた。 「おはようございます、師匠」 「おはよう、コトリ」 「今日の朝御飯は、ベーコンとスクランブルエッグ、クラムチャウダーですよ」 「お、肌寒い日も増えてきたことだし、丁度いいな」 「そうですね、だいぶ秋らしくなってきましたね」  会話を交わしながら準備をして、向かい合う形でいつものように席に着く。いただきますと手を合わせ、ふたりで食べ始める。 「そういえば、街で噂になってましたが魔女裁判が復活するそうですよ」 「魔女裁判、か……」 「師匠も危ないですね…… この街を出た方がいいのではないでしょうか?」 「それなら、君の方が危ないだろう?」 「それもそうですね……」  魔女裁判。通称魔女狩りであり、異端者を魔女と称して罰にかけるのだ。何も罪の無い者達を、ただそういう理由だけで手にかけてしまうのだから人間は愚かだと思う。 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさま」 「師匠、今日はお出掛けになるのですか?」 「今日は家で魔導書の解読をしてるよ。どうしてだい?」 「今から街に出て、買い物をしようと思ったので」 「気を付けて行くんだよ。なんせ、そんなことが起きる街だ」 「はい、気を付けます。それじゃあ、片付けも終わったので行ってきます」 「いってらっしゃい、コトリ」  彼女の姿を見送りながら、ふと一つの考えが頭をよぎった。それは「もう彼女に会えないのではないのだろうか」ということ。いってらっしゃいと見送ったばかりなのに、そんな予感がしていた。昔に見た夢が本当になってしまう、そんな気がしていた。不安を抱えながらも私は奥の書斎に向かい、魔導書の解読を始めた。  どれくらい時間が経っただろうか。窓の外を見ると、明るかった空はすっかり暗くなっていて随分と時間が過ぎたことがわかる。だが、コトリはいまだにでかけたまま帰って来ていない。 「買い物にしては、あまりに遅すぎるな」  弟子の帰りをそわそわしながら待っていると、突然、玄関の扉が勢いよく開けられる音が響いた。何事かと思い慌てて駆け付けると、顔まで赤で染まったコトリが立っていた。 「何があった!」 「し、しょ……」  言い終わる前に彼女は意識を手放し、倒れこんだ。私は抱きかかえるように受け止め、玄関の扉を閉めて鍵をかけて彼女を部屋へと運んだ。顔や腕に付いた汚れを拭き取り、傷がないかを確かめてから汚れた服を着替えさせ、ベッドにそっと寝かせる。静かに寝ている間に魔術で雲を操り、街全体に雨を降らせて、彼女が付けてきたであろう血痕等を洗い流していく。そうすれば、追っ手がいたとしてもここまで辿り着ける人は少ないだろう。 「それにしても、一体何が……」  こうなった要因を考えても、すぐには答えは出ないだろう。何より、本人がまだ起きてこないのだから勝手に答えを決めるのは良くない。私はベッドの隣に座って、寝ている彼女の小さな手を握る。「どうか無事に目を覚ましてくれ」と、祈りながら。  ゆさゆさと揺すられてる気がして顔を上げると、コトリが目を覚ましていた。どうやら私は少し寝てしまったようで、暗かったはずの外はもう明るくなっていた。 「おはよう。起きたか、コトリ」 「おはようございます、師匠」 「気分はどうだ?」 「まだ、あまりよくないです……」 「そうか…… ゆっくり休むといい」 「はい…… ありがとうございます」  もう一度横になったコトリの頭をそっと撫で、一旦部屋から出て休息の邪魔にならないように下に降りる。目覚めてくれてよかったが、何であのようなことになったのかを聞くのは辛い。 「さて、どうするかな」  とりあえず、起きてきた時のために食べやすいものでも準備しておこう。そういえば、コトリの作ったクラムチャウダーが残っているはず。それを温めなおし、小さくちぎったパンを入れれば幾分か食べやすいだろう。あとは、汚れた上着の洗濯をしないとだな。血液はなるべく早く落とさないと、色が残ったままになってしまう。私は彼女の上着を持って浴室へと向かい、洗面器を取り出してゴシゴシと手洗いを始めた。  服に付いた汚れが酷くしばらく苦戦していると、起きてきたコトリが物陰から様子を見に来ていた。 「いつもありがとうございます、師匠」 「むしろ、今ではもうこういうことくらいしかできないからな。身体も随分と言うことを聞かなくなったものだ」 「そんなお歳ではないじゃないですか、師匠」 「はっはは。君達人間の年齢で言ったら、かなりお爺さんだぞ私は」 「そうですが……」 「君が気にすることないよ、コトリ」  手に付いた石鹸の泡を流してから、ぽふぽふと彼女の頭を撫でて洗濯物の水を切ってから服を抱え、干すために陽当たりの良い裏庭へ向かう。屋根と木に繋がったロープがこの家の物干し竿代わりで、そこに綺麗な紺色に戻った上着をかけて洗濯ばさみで留める。あとは風が乾かしてくれるのを待つだけで、私は家の中に入りソファーに座っているコトリの隣に腰かけた。 「もう動いて平気なのか?」 「はい、もう大丈夫です」 「そうか」 「昨日は、心配かけてごめんなさい」 「一体どうしたって言うんだ?」  一度言い辛そうな顔をしてから、コトリはゆっくりと口を開いた。彼女が話した内容はこうだった。魔女狩りが復活して「私の首を取れば懸賞金を渡す」という噂が街の中で立っているようで、それを聞いた彼女が真偽を確かめに行ったところ過激派の人に襲われたそうだ。そして、そのまま戦闘になってしまったと。慌てた彼女は周りにいた人達の記憶を消して、逃げ帰ってきたということだった。 「そういうことだったのか」 「ごめんなさい、師匠…… だけど、私。彼らが許せなくて……」 「コトリ、それは」  それは良くない。そう言おうとしたが、いつか街中で「死神が出る」と広まっていた噂を確かめに行ったこともあり、私は口を噤んだ。弟子は師匠に似るもので、彼女がそういう行動に出たのなら、私が出ないわけがない。きっと同じ立場なら、同じことをしただろう。実際私は、過去にそういう行動をしたことがあったのだから。 「それは、きっと私が同じ立場なら同じことをしただろう」 「師匠……」 「だけど、そうする前に今度は逃げてくれ」 「はい……」 「まあ、無事に帰ってきてくれてよかったよ……」 「ただいまです、師匠」 「おかえり、コトリ」  泣きそうなコトリを抱き寄せながら、なだめるように背中をトントンと軽く叩く。少し落ち着いてから用意した食事を持ってきては、ソファーで二人並んで食べ始めた。  食べ終えて昨日の出来事の話を聞いた後、私はコトリにここにいては危ないのではないかと再び告げた。だが、彼女は首を横に振り「もう少し、師匠と一緒にいさせてください」と言った。まったく、本当に困った弟子だ。私は彼女を危険な目に遭わせたくない。だが、彼女には「一緒にいたい」と言われ、うーんと首をひねりながら悩んでいると、玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。 「こんな夜遅くに誰だろうか」  不思議に思いながらドアを開けるために手をかけようとした時、コトリが二階から駆け下りてきて私の手を止め、彼女は必死に首を横に振った。 「だめです、師匠。開けないでください」 「何でなんだ、コトリ」 「……」 「コトリ」 「私を探しに来た、元の世界の人達です…… 二階から彼らの姿が見えました……」 「そうか……」  小声で会話しながら扉の向こうに複数人の気配を感じ、家の中の結界を強めて更に幻を見せる術をかけた。 「奥へ行こう。ここにいたら気づかれてしまう」 「はい……」  彼女は小さく頷き、私は玄関先の書棚の一つの仕掛けを動かして、その下へ続く部屋へと二人で向かった。地下室は滅多に入らないが、こういった時の避難部屋として作っておいていた。 「家の地下にこんな部屋があったんですね」 「昔も、こういうことがあったからな。だから、どうしても隠れる部屋は必要だったんだよ。それに、ここからなら家の裏にある広い森へと逃げることもできるしな」 「そんなこともできるのですね。流石、師匠です」 「ありがとう。それで、何で君の世界の人達がこの世界へ来ているんだ?」 「わかりません。ただ……」 「ただ?」 「数日前に下姉様に聞いたのですが、どうも私の生まれた場所で戦争が始まるとのこと。そして、私は本家にとっては切り札であるということ……」 「生かすことも殺すこともできるからってことか……」 「はい……」  この子の身近にいた大人達は、いまだに彼女のことを使い捨ての兵器か何かだと考えているようで腹立たしかった。今すぐに出て行って、外にいる彼らに罰を与えたいが、それをすればコトリに危険が及ぶかもしれない。何より、きっとこの子はそれを望まないだろう。そんな行き場のないもどかしさを、私は覚えた。 「軽く見ていい命なんて存在しないのにな……」  彼女が受けてきた扱い、離れた今でも受けている扱いを想像して、彼女を手助けできない私自身がいることが一番悔しかった。世界の壁を越えるなんてことは、様々な魔術を扱う私にさえ、それははできないことだった。ただ。今は彼女のそばにいて、寄り添うことだけしか。 「師匠。私、怖いです…… もし、連れて帰られて戦争になったら……」 「大丈夫だよ。そんなことにはならないさ」 「でも……」  怯えた彼女を抱きしめる。コトリが未来を見れるということは、少し前に聞いていて知っていた。そして本当は、私が夢で見た未来もそうだった。だが、お願いだ。どうか、今だけはそれが嘘であってほしいと祈る。私達は目の前の危険が去るのを、地下でただじっと耐えていたのだった。  地下へと逃げ込み、数時間が経った頃。私は彼らが帰ったかを確認するために、一度地下室を出ることにした。 「少しここで待っていてくれ。私は、上の様子を見てくる」 「どうかお気をつけくださいね、師匠」 「何があれば、外へと続く道標が出てくるようにしているから、そこから逃げてくれ」 「師匠、でも……」 「そんな泣きそうな顔をするな、コトリ。少し見てくるだけだから」 「わかりました……」  コトリに見送られ私は地上階へと登り、一度仕掛けを元に戻した。そうしておかないと、もしもの時に彼女の身が危なくなってしまうからだ。 「もう、いないといいんだが……」  そう願いながら小さなネズミの使い魔を召喚し、外の様子を見てきてもらうことにした。その間に、私は家の周囲に張った結界を確認する。こちらは特に変化もなく、彼らはここにはいないことが確認できた。ネズミの方も帰って来て、周囲の安全が確認できたので地下室の仕掛けを再び動かしてコトリを迎えに行く。 「ただいま。もう大丈夫だよ、コトリ」 「お帰りなさい、師匠。ご無事で何よりです」 「さあ、戻ろうか」 「はい」  二人で書斎に戻り、地下室の仕掛けを閉じる。ふと、コトリを見ると、何か考え事をしている様子だった。 「どうかしたか?」 「いえ、何でもないです」 「そうか」  慌てて首を振り笑顔を取り繕う様子に、明らかに何かを隠しているのはわかるが、今はまだ聞かないでおくことにした。 「しばらく、街に行かない方がいいと思うけど、コトリはどう思う?」 「そうですね、外に出て下手に見つかるより、家にいて静かにしてる方がいいですね」 「なら、しばらくは家で過ごすか」 「わかりました、師匠」  魔女狩りが始まり、そして今日のことが起きた。今後、コトリを追って、本家の人達が来ないとは限らない。多分だが「まだ追ってくるだろう」という気がしている。そして、もっと面倒なのが魔女狩り。彼女が魔術を扱えるということを街の人が知れば、魔女裁判にかけられることは免れられないだろう。それだけは、どうしても避けたい。コトリはまだ若いのだから、生きていてほしいと願っている。 「師匠、夕食は何食べたいですか…?」 「ん? そうだな、シチューが食べたいな」 「シチューですね。それじゃあ、材料を裏庭から採ってきますね」  そんな短い会話をしてから、裏庭の方へと向かうコトリ。こういう事態の時は、食材を買うために街に出る必要がないというのは本当に助かる。そんなに多くないながらも、ある程度の種類を庭で育てていてよかったと、この時ばかりは素直にそう思った。 「私も夕食の準備をするか……」  不安は残るがそれをすぐにどうにかできるわけでもなく、今はただ時間が過ぎるのを待つことしかできない。私に一体、何ができるだろう。考えを巡らせながら、私は台所へと向かった。  作り終わって二人並んで席に座り、一緒に作ったシチューを食べながら気を紛らわすために私達は、他愛もない話を長々と続けていた。まるで、目の前のことから目をそらすように。だけども、出てくる話題はお互いに、腫物に触れないように慎重になっていて、気づけば会話はどんどんぎこちなくなっていた。 「やめようか、こんな会話……」 「そうですね……」 「これから、どうするか」 「どうしましょうね……」  二人の間に続く、長い沈黙。だが、それを破ったのは私達ではなく、玄関の戸を叩く音だった。 「はい、誰でしょうか」  立ち上がり近づくが、扉の向こうからの返答は無かった。おかしいと思いながらも、私はゆっくりとドアを開けてみた。そこに立っていたのは、真っ黒の礼服を着た一人の男だった。この街の人でないことは、一目見てすぐにわかった。 「どういったご用ですか?」 「ここに、死神が来ていますよね?」 「死神ですか? 一体なんのことでしょう」 「聞こえていますよね、お嬢様。出てこられないのなら、この老人を殺しますがよろしいですか?」 「そんなことしてごらんなさい。あなたの首が飛ぶわよ、ジャック」  低い声が玄関先に響き渡り、先程までいなかったはずのコトリが私と男の間に立っていた。その姿にはいつもの雰囲気はなく、もっと高貴な家柄の印象を受けた。 「いたなら、早く出てきてくださいよ。お嬢様」 「うるさいわね。それで、何用かしら」 「わかっていますよね? 私がここに来た理由を」 「黙って国の兵器に成り下がれ。冗談じゃないわ」 「ならば、残念ですが……」 「一つだけ約束して」 「何でしょう?」  一度私の方をちらりと見て、すぐに男性に向き直った。 「彼を守ってください。それが条件よ」 「承知いたしました、お嬢様」 「コトリ、まさか……」 「すみません、師匠。私は、どうしても行かなきゃならないようです」 「どうしてもなのか……」  振り向いたコトリは困ったように笑って、何も答えなかった。だが私にはそれが、答えられない彼女なりの回答のように思えた。 「……わかった。いってらっしゃい、コトリ」 「はい。いってきますね、師匠」  私と視線を交わして、彼女は男性へと向き直る。 「さあ、行きましょうか。ジャック」 「かしこまりました、お嬢様。ご老人の方も、お手数おかけいたしました」  そして二人は暗闇の中へと消えていき、あとには静寂と家に一人残された私だけになった。 「お願いだ…… どうか無事で……」  誰もいない空虚にそう呟きながら、コトリの無事を願うことしか私にはできなかった。彼女の代わりに戦場に出ることも、その重い役目を背負うこともできない私にはそれくらいしか思いつかなかったのだ。  そして、数日後。海の向こうの遠く離れた世界で戦争が始まったという話を、私は風の噂で耳にした。そこは、普通の人間は立ち入ることのできない聖なる大地だそうだ。それが、海の遥か彼方の世界にあるという。コトリは恐らく、そこに連れていかれたのだろう。神聖な神すらいると言われているそんな大地に、彼女は一人。孤独に戦っているのだろうか。
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