フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
その男は、黙々と作業机の整理をしている。必要な書類、必要でない書類、非常に簡単な作業だ。しかし、時折作業が止まる。家族の写真、子供たちの手紙、妻のプレゼント。これは、必要でないことは分かり切っている。あくまで、個人的な所有物だ。しかし、捨てられない。 妻が無亡くなるときでさえ、私は会社から外へ出ることができなかった。上司の命令に背くことが怖かったのではない。医者からすでに長くはないと告げられ、自宅療養していた妻はやせ細り、いずれは無くなる運命であることは明らかだった。それよりも少しでも成果を出し、残された子供たちの為に金を稼ぐことの方が合理的であろう。私が帰宅した時には、妻の両親が、ただ静かに妻のそばに座っていた。子供たちは泣き疲れたのか、寝室で二人で丸まって寝ていた。私は妻のもとに寄り添い、ほほを撫でた。「そうか。」こんな一言しかいうことができなかった。失うことには慣れているつもりだった。両親が幼い頃に災害でなくなって、私は兄に育てられていたからだ。その兄も、60年前、私が高校を卒業するときに癌でなくなった。 兄との別れで私は、人はいつか死ぬもので、一人の人間を人生をかけて育てても、それは消えてしまうものだと答えを出した。だから、妻と結婚した時、「私はきっと君が亡くなっても悲しむことはないだろう。」と話した。今思えば、なんてことを言ったんだと、自分自身を締め上げてやりたくなる。それを聞いた妻は、「そんなこと、知ってるわ。だってあなただもん。その時まではいっしょにいてね。」と言った。優しい妻だった。「約束、守れなかった。すまない。」 子供たちはその後、二人とも医者となりたくさんの人を助けた。時には戦場へ向かい負傷者たちを治療した。子供たちが何度も戦場へ駆り出されると知った私は、病院に乗り込み、院長を呼びつけ、止めさせるように言った。しかし、子供たちは志願して戦場を飛び回っていると聞かされ、久しぶりに家に帰って話し合う機会を持った。 そこで初めて、子供たちの本音を聞いた。妻が亡くなったとき、子供たちは医者になって、病気の人々を救いたいと決心した。最初は、妻の最期を看取れなかった私への当てつけとして、家を出て、医者となった後も会うことはなかった。連ら鵜を取り合う様にしてはいたが、仕事の詳細は知らされていなかった。子供たちが戦場で治療を続けていくうちに、人の生死が決まる戦場での悲惨な現状に嘆き悲しんだという。それなら、せめて今救える命を救おうと戦場での治療を続けたそうだ。私は、本当に嬉しかった。人を救うことが。しかし、保護者として戦場へ子供達を送る事には反対した。最近の戦場の情勢では激しくなる一方であり、すでに複数の医療団は撤退していたとの報告も入っていたためだ。 何度説得しても子供たちは首を縦に振らない。その様子を見て、子供たちの決心を改めて感じた。「命だけは大切にするように」と言い、子供たちを空港へ送った。 数日後の新聞で、反対勢力により、医療団が全員死亡したと表示されていた。 「ああ、また私は失ったのか。」 それから、戦争は世界大戦へと発展した。各地で戦争が起こり、遂には核戦争がおこり、世界は滅びた。私は、地下で汚染物質の管理を行う仕事をしていたため、生き延びることができた。生き残ったのは、私一人だけだった。 最後の荷物を整理し終えて、持ち上げる。とても軽かった。片手で運べてしまうほどの量だ。放射線を通さない特殊な箱へしまい、箱を手に持ち、仮眠室へ移動する。枕元に箱を置き、横になる。すると、手が震えだした。どうやら、薬の効果が切れてきたようだ。震える手で箱をまた引き寄せて、深呼吸を一つついた。 「そろそろ、そっちへ行くことができる。」 一つ、涙を流し男は息を引き取った。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行