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 二学期に入り、残暑が厳しい中。三年生の引退セレモニーが各部活で行われていた。  星辰高校には、帰宅部にも引退セレモニーがある。単にささやかな贈り物を受け渡しするだけだが、これから入試に挑む三年生へのエールを込めて、気合を入れたものを二年生が持参する、というしきたりがあるのだ。  例えば合格祈願のお守りは鉄板だし、五角形の鉛筆や問題集を贈る生徒も多い。  ただこのしきたり、贈られる側の三年生が贈る側の二年生を指名することもできる。  そして桃華は大樹に指名され、贈り物を用意することになった。  一体、何をプレゼントすればいいのか。その辺の神社のお守りでいいのか、と桃華は悩む。  そもそも、大樹はそんなもの喜ばないだろう。それなら問題集がいいかもしれない、でもけっこう高価なんだよなぁ。  結局、桃華は、直接大樹に欲しいものを聞くことにした。  放課後、大樹のいる甲組に行くと、大樹はちょうど帰り仕度をしているところだった。 「せんぱーい! 荒井先輩!」  教室の外から桃華が声を張り上げる。すると、大樹はようやく気づき、手を振った。  大樹はカバンを持って教室から出てくる。教室の入り口をくぐり抜け、大樹は不思議そうに桃華に問う。 「どうした桃華、何かあったか?」 「どうしたもこうしたも、先輩、何が欲しいんですか?」 「直球だな、おい!」 「私としては問題集がいいと思うんですけども、先輩どこの大学受けるんですか?」 「東京大学だよ」 「はあ!? 東大なんてどうやって受かるんですか!」 「失礼だな! で、問題集くれるんだろ?」 「あげますけど、東大の問題集の何がいいんです?」 「国公立大学対策の英文読解の問題集がいいな」 「細かっ!」  桃華はすぐにメモを取る。こういうときのために、ちゃんと用意していたのだ。  桃華の行動を見て、大樹は感心していた。 「へぇ、やるじゃねぇか」 「ふふーん、できる女ですから」 「だはは! そうか!」  大笑いした大樹は、行きつけのラーメン屋に行こう、と桃華を誘い、桃華もこれを了承した。七限まで授業を受けて、お腹がペコペコなのだ。  学校の帰り道、細い小道の突き当たりにあるラーメン屋『小町』に、桃華と大樹は入る。  中に入ると、カウンター席が八つのみで、メニューは塩ラーメンと醤油ラーメンだけだ。よく店が保つな、といつも桃華は不思議に思っている。  一番奥の席に桃華が座り、隣に大樹が座る。  店主のおじさん——といっても三十代半ばくらいの男性だが、に桃華は注文する。 「すみません、塩ラーメン一つ」  大樹はカウンター席の下にカバンをしまい、店主に話しかける。 「おっちゃん、醤油の大盛りな。今日はサービスしてくれよ」 「何でだ馬鹿野郎。ちゃんと食ったらちゃんと払え」 「いいじゃねぇか、桃華のほう少なめにしていいからよ」 「ちょっ、勝手に決めないでくださいよ!」  そんな軽快な会話が飛び交う。大樹は中学時代からここに通っているからか、店主とも仲がいい。桃華も一年前と四ヶ月前に大樹と再会してからこのラーメン屋に通い始めたから、もう常連のようなものだ。  すぐに桃華の塩ラーメンが出てくる。次いで、大樹の醤油ラーメン大盛りがどすっとカウンターに置かれた。何と普通の二倍の大きさのラーメンの器に大量の醤油ラーメンが入っている。大盛りすぎる。 「へい、お待ち」 「いただきます」 「いただきまーす」 「おう、ちゃんと噛んで食えよ」  店主はそう言って、鍋の前に戻っていった。  桃華はレンゲによそいながら、少しずつ塩ラーメンを食べる。片や、大樹はずずずず、と大口を開けてラーメンを食べ、いや、飲み込んでいる。あ、噛んだ。ちゃんと噛んでる、よかった。 「そういや桃華、お前受験する大学決めたか?」  大樹はラーメンを飲み込んで、桃華に尋ねる。 「いやー、それが……文学部は決まってるんですけど」 「へぇ、将来何になるんだ?」 「記者とか、ライターになりたいです。これでも作文で優秀賞取ったことあるんですよ」  そうなのだ。桃華は中学生の時分、読書感想文の作文で優秀賞に輝き、賞品の図書カード五千円分をもらったこともある。ただし、自分の名前は書き間違えていた。 「だから、どこがいいかなー……って。まだ先生にも相談してないんですけどね」 「でもよ、ちったぁ成長したじゃねぇか、桃華。夏期講習のころは将来の夢も何もなかったのに」 「先輩のおかげですよ。おっちょこちょいが人の生き死にに関わらない分野で、得意なこと探したら見つかったんです」 「そうか! まあ、何にせよ、お祝いだな。ほれ」  そう言って、大樹はナルトを一つ、桃華のラーメンの上に乗せた。 「わっ、ありがとうございます!」  大樹はにかっと笑い、嬉しそうだった。  ラーメンを同時に食べ終えた二人は、店主に代金をちゃんと支払おうとしたが、店主が桃華の分はサービスだと言ってくれたので無料になった。さっきの話を厨房で聞いていたのだろう。大樹は大盛り料金を払っていた。  やがて帰り道の岐路に立った二人は、明日土曜日、問題集を買いに行く約束をした。 「じゃあな、桃華! いいの選んでくれよ!」 「任せてください! ちゃんと調べておきますから!」  そう言って、二人はそれぞれの家路に着いた。
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