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『こんちはー』 『こんちはーっす』 『おう』 『今日も朝から勉強中です』 『大変っすねー』 『俺もだけどな。ああ、今日桃華と参考書買いに行く約束した』 『マジですか、羨ましー』 『あー、あれですか。帰宅部のしきたり』 『そうそう、昨日小町でラーメン食ってて、ああ』 『何すか?』 『桃華、将来の夢決まったってよ』 『記者か小説家って言ってましたっす』 『そうなのか!? 俺だけ知らなかった……』 『まあいいじゃねぇか。何かお祝いで買ってやらねぇか?』 『賛成っす!』 『賛成です。何買います?』 『そこだよなぁ。今日俺がさりげなく聞いてくるから、待ってろ』 『はーい』 『はい、よろしくお願いします』  何やら先輩の様子がおかしい。  ジーンズにチェックシャツという若干ダサい私服姿を見るのは初めてだが、違和感はそうじゃない。女の勘だが、何か隠し事をしている気がする。  桃華は電柱の影に隠れて、大樹の様子を伺っていた。  待ち合わせ場所は駅の入り口、ショッピングモールに直結しているため書店に行きつつぶらぶら遊ぶ計画だった。  しかし疑ってばかりいても仕方がない。待ち合わせ五分前の午前九時五十五分になってしまった。  ワンピースにカーディガン姿の桃華は今来たばかりという風を装って、大樹に近づく。 「せんぱーい、待たせましたー」 「お、おう、おはよう」  やっぱり怪しい。これは早めに見抜いたほうがよさそうだ。 「どうしたんですか?」 「何がだ?」 「何かいつもと様子が違いますよ。あれだ、何か隠し事してるんですね?」 「何で分かった!?」  分かり易すぎる。大樹は慌てて口を塞ぐ。 「……先輩、怪しすぎますよ」 「やっぱりか」 「何かあったんですか?」 「まあ、歩きながら話すよ。ほら、こっち来い」 「はーい」  桃華は大樹に連れられて、ショッピングモール内へと入っていった。  三階まで吹き抜けになったモールの中には、所狭しと店々が並んでいる。案内板を見て、書店の位置を確認。二階の中央に聞いたことのある大型書店が入っていた。とりあえず、そこを目指していくことになった。 「で、何を隠してるんですか?」 「いや……隠してるわけじゃねぇんだ」 「ふぅん?」 「桃華、お前何が欲しい?」  桃華はきょとん、とした。今日は大樹へのプレゼントを買いに来たのに、何だろうその質問は。 「欲しいものって、何でもいいんですか?」 「高校生が買えるものの範囲ならな」  これはあれだ。どうやら、大樹は桃華にプレゼントをくれるらしい。  桃華は笑顔で答える。 「じゃあ、服」 「買えねぇから却下」 「何でもって言ったのにー!」 「買える範囲って言っただろ!」 「むぅ、まあ、今日はまず先輩へのプレゼントですよ。そっち買ってから考えましょ」 「お、そうだな。たまにはいいこと言うな」  大きなお世話だ。二人はエスカレーターに乗り、二階へ到着する。  書店はすぐに見つかった。奥の参考書コーナーにはずらりと受験シーズンに合わせた参考書が並んでいる。  大樹はその辺りの本をパラパラとめくりながら、桃華はメモ帳を取り出し目的のものがないかどうかを探す。  あった。《英文読解・難関校向け》。まず一冊目ゲットだ。  次は——やはり近くにあった。《難関大学突破英文読解問題・改訂版》。二冊目ゲット。  最後に、《英文長文理解度検定・トップグレード》——。 「あ……先輩、先輩」 「どうした?」 「ちょっと高いところにあるんで、取ってもらえますか?」 「いいぞ。どれだ?」  大樹は快く了承した。《英文長文理解度検定・トップグレード》を指差す桃華は、プルプルと足のつま先が揺れている。 「そこ、右、行き過ぎ……! それ、それです!」 「これか」  大樹は易々と《英文長文理解度検定・トップグレード》を手に取る。  一方、桃華は足がつった。体勢を崩し、転けそうになる。  そこへ、大樹が手を伸ばした。桃華は右の二の腕を掴まれ、何とか転けずに済んだ。 「あ、ありがとうございます」 「気をつけろよ。ほら」  三冊目、ゲットだ。  大樹はその三冊を見つめ、桃華に問う。 「これ、全部買うと高いんじゃないのか?」 「しょうがないですよ。先輩には東大に入ってもらわないといけないんですから」 「何だそりゃ。一冊でいいよ」 「ダメです! このために貯金を下ろしてきたんですから!」  桃華は譲らない。お年玉貯金という名のお小遣いを母にせびってきたのだ。今更返すわけにもいかない。 「さっさとレジ済ませちゃいましょ!」 「お、おい」  桃華はスタスタと会計に三冊を持っていく。会計の女性はあっという間に清算し、計五千八百九十円です、と言った。 「はい、お願いします」  桃華は一万円札を出した。お釣りを受け取り、ついで、本の入った紙袋を受け取る。  後ろで大樹がため息を吐いていた。 「何ですか、不満でもあるんですか?」 「そうじゃねぇ。そんな高価なもん、買わせちまって悪いじゃねぇか」 「いいから、受け取ってください。私が持っててもしょうがないですから」  桃華は強引に大樹の手に紙袋を押し付ける。  大樹は紙袋を持参したトートバッグに入れる。高身長の大樹には不釣合いで可愛い、カエルのトートバッグだ。 「ありがとよ、桃華」 「いーえー。じゃあ、目的も果たしたことだし、その辺ぶらぶらしましょ」 「おう、そうだな」  二人は一階に戻り、案内板の前に再度立ち寄る。  フードコート、はまだ時間的に早いか。服屋を見て回るのもいいが、大樹が嫌がるかもしれない。  桃華は散々悩んだ挙句、輸入雑貨屋に行くことにした。 「輸入雑貨って、何があるんだ?」 「何でもありますよ。こないだアクセサリー買ったんです」 「へぇ……」  二人が入った輸入雑貨屋は、フランスからの輸入品を取り扱う雑貨屋だった。エッフェル塔のインテリアがあったり、フランス人形があったり、アンティークの家具まで揃っている。  大樹は物珍しそうにキョロキョロとしていた。背が高いからか、店全体を見渡せるようだ。  桃華はヴィンテージのブローチに目がいった。カメオのブローチで、お値段なんと三千円。  これは欲しい。うーむ、と桃華が考えていると、大樹が横から顔をのぞかせた。 「これが欲しいのか?」 「ええ、どうしよっかなー、って。さっきのお釣りでちょうど買えますし」 「買ってやるよ」  大樹の一言に、桃華は驚く。 「えええ!? やめてください、私は先輩のなけなしのお金を奪ってまで欲しいものなんてないですから!」 「お前、本当失礼だな! そのくらいの金はあるよ!」  そう言うと、大樹はカメオのブローチを取り、会計に持っていく。 「あああ、私が人でなしになっちゃううう!」 「大袈裟なこと言うな。三千円だろ? 小町のラーメン大盛り三杯分だよ」  言った大樹も、少し考えたらしい。小町のラーメン、美味しいからなぁ。  とにもかくにも、会計は済んでしまった。袋に入れられず、そのままのブローチを、大樹は桃華のワンピースにつける。 「ほら、これで満足だろ?」 「……先輩」  不器用につけられたブローチは、ちょっと左に曲がっていた。  大樹は恥ずかしそうに頭を掻く。 「あー……いつもの礼だと思ってくれ。俺と広瀬と佐屋のな」  ん? 純と拓ちゃん?  桃華は訝しむ。 「何で純と拓ちゃんの名前が出てくるんです?」 「昨日LINEでそう言う話になった。だから三等分でちょうど一人頭千円負担だな」  そういう企みがあったのか!   やはり女の勘は当たっていた、桃華は千円を大樹に渡す。 「な、何だよ」 「先輩と拓ちゃんはともかく、純からのプレゼントなんて要りません! だから純の分は私が払います!」 「落ち着け! 広瀬が何したんだ!?」  うー、と涙目になりながら、桃華は大樹をポカポカ殴る。  店内で騒ぐのはまずいと思ったのか、大樹は桃華の手を強引に引き、フードコートに連れていった。  フードコートの隅っこで、桃華と大樹はしんみり座っていた。  桃華はまだ涙目のままだ。大樹は飲み物を買ってくる、と言ってフードコートの店に行った。  純の馬鹿。まだ分かってない。  先輩も先輩だ。いや、先輩は何も知らないから純のことただの後輩だと思っているだけで、罪はない。後で謝っておこう。  桃華はずびっと鼻をすする。嫌な思い出が蘇ると、いつも涙目になる。 「おーい、桃華。コーヒーとオレンジジュース、どっちがいい?」 「オレンジジュース」 「はいよ。ほら、飲め」 「……はい」  桃華はオレンジジュースの入ったプラスチックのコップを受け取り、ストローに口をつける。  甘い。しんみり甘い。  大樹はコーヒーを飲みながら、桃華を見ていた。 「……先輩」 「どうした?」 「ごめんなさい」 「謝るなよ。お前と広瀬に何かあったことに気づけなかった俺が悪いんだ」 「そうじゃないんです」  桃華はコップをぎゅっと握る。 「昔、純と喧嘩したことがあって、それで私、クラスでのけ者にされたんです」 「……そりゃあ、大ごとだな」 「純はあれですから、すごくモテるんです。幼稚園のころからずっと。だから、喧嘩をきっかけに、私、女子から妬まれたり、恨まれたりされてて、嫌がらせされて一時期学校にも行かなくなってたんです」  そう、小学六年生で登校拒否をした桃華は、とにかく純から離れようと必死だった。学校ではなく塾に通いつめ、勉強に遅れが出ないよう努力した。そのおかげで、少し離れた国立の中学校に合格して通えるようになったのだった。  高校受験の際には、桃華の成績は県内でもトップクラスだった。それに、三年も経ったらトラウマも消えただろう、と勝手に思い込み、自宅から近い私立星辰高校を選んだ。それがまずかったのは、言うまでもない。  桃華は女子が苦手だった。いや、苦手になった、が正しい。今でもそうだ。女子の友人などほとんどいない。そもそも、外見に反して男勝りの活発な桃華はあまり女子から好まれなかった。  どうしたらよかったのだろう。桃華は今でも悩みつづけている。純と喧嘩したから道を間違えたのか、それとも純と出会ったからよくなかったのか。 「辛かったな、桃華」  大樹はそう言って、桃華の頭を撫でる。  桃華はジュースを飲みながら、頭を撫でられる。 「……純は悪くないんです」 「まあ、そうだな」 「私が勝手に純のこと苦手なだけで、あと女子も苦手で、ダメダメなんです」 「お前は悪くないよ。ただ運が悪かっただけだ」  運が悪かっただけ。本当に? 純と出会わなければよかったとさえ思った小学六年生の桃華は、今も桃華の中に居座りつづけている。  この二年間、何となく純を避けてきた桃華は、純が謝ろうとするたび逃げてきた。どうしようもない感情でいっぱいになるから、出会いたくなかった。それに、純が謝るのは筋が通らない。悪いのは、嫌がらせをしてきた女子たちだ。  そして、そんな嫌がらせに負けた桃華自身も、悪い。 「純に謝られるんです。悪かったって。でもそれは違うんです。だから会いたくなくて」 「それは違うぞ、桃華」 「え?」 「広瀬はちゃんとお前と向き合おうとしてる。それを拒絶するのはお前の勝手だが、いずれどっちもが乗り越えなきゃいけない壁だ。お前は逃げてるよ、確かに。でも責められることじゃあない。ゆっくり向き合えばいいんだ」  大樹は桃華に、千円札を渡す。さっき強引に桃華が握らせたお札だ。 「これは受け取れねぇよ、桃華。俺はお前も広瀬も同じ後輩だと思ってる、どっちかを贔屓したりはしない。それにだ、似合ってるぞ、そのブローチ。買ってよかったな」  大樹はニカッと笑った。大きな手で、桃華の頭を撫で回す。  つられて桃華も泣き笑う。 「うぅ、先輩ー……ブローチ、ありがとうございますぅ……!」 「泣くな泣くな。ほら、もうすぐ昼飯の時間だ。混む前に食うぞ」 「はい!」  二人は揃って、フードコートの店に出向く。桃華はカーディガンの袖で涙を拭った。  純ときちんと向き合う。それは難しいことかもしれない。だけど、やらなきゃいけない。高校にいる間に、純にきちんと向き合おう。  桃華はそう誓った。
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