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 日曜日の朝。  桃華は自宅の自室で、スマホを操作していた。  妙なところで不器用な桃華はフリック入力ができないので、文章を打つことはキーボード配置入力だけだ。両手で持ち、一生懸命メールを打つ。  相手は、純だ。まだアドレス先は入れていないが、純を呼び出すつもりだ。  どこへ?  それが難題だった。もういっそ、隣の家にいるのだから、訪問してしまえばいい気もする。でも、直接会うとなかなか言い出せないこともある。だから、メールにしたのだ。 『純へ 話したいことがあるので』  そこまで打って、桃華は一度消した。  話す、となると面と向かってになるからダメだ。  もう一度打ち直す。 『純へ メールで失礼します』  うん、丁寧語だけどこの始まりはいい感じだ。 『話したいことがあってメールしました。この間、謝ってくれそうになったのを止めてごめんなさい』  これでいい。今は、これしか言えない。  桃華は意を決して、純のアドレスを入力し、送信ボタンを押す。シュバ、っと音がして、メールが送信された。シュバ。  数分後、純から返事が返ってきた。 『桃華へ メールは面倒だから、LINEで話さないか?』  何という言い草だ。人が意を決してメールしたというのに、よりによって他のツールに切り替えろと言ってきた。  腹が立ったので、桃華はもう一度メールをする。 『純へ メール以外受け付けません。メールにしてください、メール』  もう一度シュバ、と送信される。  今度は一分とかからず返信が返ってきた。 『分かったよ。それで、何でごめんなさいなんだ? 俺が謝ったんだろ』  桃華は返事を打つ。 『先輩に言われました。純とちゃんと向き合えって。純が謝るのは純の勝手だから、止めたのは間違いだったと思って、謝りました。私は』  そこまで打って、桃華は手を止める。  私は——何だろう。純に謝りたい? それとも、純と仲直りがしたい?  どちらも都合がよすぎる気がする。今まで避けておきながら、ついでにタックルしておきながら、そう言うのは、少し違うんじゃないか。  純とは、新しく関係をやり直したい。  うん、図々しいけれど、それが一番しっくり来る。さて、どう伝えようか。 『私は、ただの幼馴染だったころに戻りたいと思います。純はどうですか?』  送信、シュバ。今度は十分ほど経ってから、返事が来た。 『じゃあまず、やることがあるだろ。幼馴染なんだから、遠慮するなよ』  ん? どういう意味だ? 『今までどおり、ってことだよ。謝るのはなし、小学校のころのことは水に流す。俺のほうは、それでいいか? 他に何かしなきゃいけないことがあったら遠慮なく言えよ』  桃華は急いで返信を打つ。 『私は……ちょっとずつ、小学校のころの嫌なことは忘れていこうと思います。すぐに全部忘れることはできないけれど……少なくとも、不登校だったころは私の人生の一部だから、受け入れなきゃいけないと思います。その間は純はいなかったけれど、純を憎んでいました。でも、間違いだったから、間違っていたって受け入れることは、今ならできると思うんです』  ちょっと間を置いて、送信。  今度は、返事は返ってこなかった。  代わりに、玄関のチャイムが鳴る。桃華は部屋を出て、慌てて玄関の扉を開けた。  純だ。パジャマのまま、人の家に来るか普通。 「おはよう、桃華」 「お、おはよう」 「中、入っていいか?」 「ど、どうぞ?」  頑張れ、私。桃華は純をリビングへ通す。父と母は休日出勤でいないため、静かなものだ。  純はリビングのソファに座り、桃華を呼び寄せる。桃華は対面に座った。 「あのな、桃華」 「うん」 「お前が不登校になってたの、知ったの今さっきなんだよ」 「あれ? そうなの?」 「六年生のころはクラス別々だっただろ」 「あ、そっか」  純と大喧嘩したのが五年生の冬だから、そのすぐ後にクラス替えがあって、六年生の時分はクラスが別々になったのだった。 「桃華と何か会わないな、と思ってたんだよ。でもその、家まで押しかけたり、待ち伏せしたり、っていうのは恥ずかしくてできなくてさ……結局、そのまま卒業したんだよ」 「そうだったんだ」 「うちの両親もそのころ喫茶店の経営が厳しくて、忙しかったしな。中学受験も重なって、それどころじゃなかった、ってこともある。お前にかまってる暇がなくて、あのころは謝り損ねたんだ」  それは桃華側も同じである。不登校になった一人娘に、共働きの両親。両親は桃華にかまっている暇がなかったため、桃華は自分で塾を選び、自分から通いたいと言ってお金を出してもらった。一人で昼間から塾に行き、夜遅くまで勉強して帰る一年間だったのを思い出し、純に話す。 「マジかよ……そんなことしてたのか」 「だから、かまってる暇がなかったのはお互い様なんだよ」 「そう、だな。ごめん、俺が一方的にずっと居心地悪い思いしてただけだった」  純は素直に謝る。いちいち謝らなくていいのに、と桃華は思う。  純は素直すぎるのだ。そして、小さいころから性格の根本は何も変わっていない。 「純って、素直だよね」 「何だよ、悪いか?」 「褒めてるのにその言い草はないでしょ!」 「ったく、お前だって昔から何も変わらないだろ。おっちょこちょいで、運動も勉強もできるくせに、ミスやらかすところとか」 「ふふーん、純より成績いいもんねー」  桃華はない胸を張る。  純はボソッと呟く。 「救急車事件」  ぴくり、と桃華は反応した。 「それを言ったら戦争でしょうが!」 「戦争って何だよ!? 救急車で運ばれたってだけだろ!?」 「いいの! 私の黒歴史なんだから、放っておいて!」  そこまで言って、二人は顔を見合わせる。  純の鳶色の瞳に、桃華の顔が映っていた。おっと、寝癖発見。桃華は髪をぐしぐし手で解く。 「とにかく、お互い様だってこと。私だって、純に謝らなきゃって思ってたぐらいだし」 「そうだな、お互い様だな。なら、また一緒に学校行くか?」 「いいけど」 「じゃあ二学期から一緒に登校な。遅刻したら置いていくからな」 「しないもーん。純こそ、カミラさんに起こされて寝癖のまま学校行くのやめなよ」 「寝癖じゃねぇよ、天然だよ!」  純は笑った。純の瞳に映っている桃華も、笑っていた。  何だ、私、こんな風に笑えるようになっていたんだ。  桃華はやっと気づく。そして、純はこう言った。 「桃華」 「何?」 「好きだ」 「ふーん?」  好き?  ワッツハプン? 「純。今、何て言った?」 「だから、好きだって」 「何で!?」 「何でも何も、好きだからしょうがないだろ! 返事は、その、今じゃなくていいから」  純は立ち上がる。そして、ズカズカと玄関のほうへと逃げていく。 「待ってよ、純! それって、もしかして」  純はつっかけを履きながら、振り返る。  純の頬は紅潮していた。耳まで赤くなっている。 「……告白だよ。とにかく、ゆっくり考えてくれ。三学期までに返事くれれば、嬉しいけど」  そう言うと、純はさっさと帰っていった。  残された桃華は、玄関を見つめて、呆然としていた。
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