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あ 【天邪鬼】  そこはいつもの通学路のはずだったのだが、いつの間にか目の前には男が立っていた。目と鼻の先にいた彼は不意に私の頬を撫ぜ、「こっちじゃオモアンドキだったか?」と小さく呟いて手を掴んでくる。  ああ、どうやら天邪鬼に遭遇注意の看板を見過ごしていたらしいとそのとき気づいた。 い 【糸引き娘】  現代には全く似つかわしくない糸車が道端にぽつんとあった。その隣にはからからと糸を引く女がいて、人々は器用にそれを避けて歩く。首をかしげて近づくと、急に女はくわっと顔を上げて髪をざあっと毛先まで白く染め、「《呵|か》《呵|か》《呵|か》ッ!」と大きく笑った。私はきょとんとした。 「何やってんの、あんた」  にたり、と笑ったのは二年前に事故で死んだはずの妹で、こうでもしないと来れなかったんだよと老婆の姿で笑みを深めた。 う 【うわん】  最近は「うわん」に泣かされる子供が増えたらしい。うたたね中に壁から顔が出て叫ばれれば幼い子供は泣くだろう。  けれど、今私の膝に乗っているうちの「うわん」は私が叫び返したら赤子かという勢いで泣きまくる。仕方が無いので毎回膝枕をしてやっているのだが、おかげで今日も宿題が進まない。でもまあ、恐らく明日になれば机の上に完答済みのプリントがあるのだろう。 え 【煙々羅】  隣家の老婆が行方不明になってひと月して、夫の老爺が死んだらしい。通学途中に立ち上る白煙を眺めていたら、するりと私の首に何かが巻き付いて視界が白く濁った。 「紫陽花の下、まだいるね」  羽衣のように私の肩に絡みついて婉然と笑い、彼はそれだけ言って宙に消えた。ため息をつく。  酸性値で色の変わる紫陽花は人の死体の上では赤く咲くという。隣家の庭には死者を悼むにはそぐわない羞恥の色が咲き乱れていた。 お 【おしら様】  私の村には想い人がいる男は馬を殺してはならないという可笑しな因習がある。私が隣町の商家に嫁ぐ前日、密かに想いを交わしあっていた《厩番|うまやばん》が死んだ。大切な愛馬の首を落とし、自分の首もかき切っての自殺だった。  そして今、私の前には首のない馬に乗った彼がいる。差し伸べられた手を取ると、彼は言葉通り、首の皮一枚繋がった状態で笑った。白無垢が綺麗だねと言うので、貴方のための死装束だものと泣き笑った。 か 【かまいたち】  《蝋梅|ろうばい》の咲いた朝だった。ぼんやり歩いていたら急に手がすくい上げられて、驚く間もなくしっとりした指が赤い線をなぞった。ぴりりと小さく痛みが走る。 「兄さんたち、またやってる」  肩を落としつつ私の指に何かを塗りこんだ彼は、そのまま私を見もせずに去る。ぽかんとして指を見ると、薬草の香りを纏ったあかぎれがあった。  振り向いた先で、白いマフラーを巻きつけた背中が儚げに揺れていた。かまいたちは三人兄弟なのだと誰かが言っていたのを思い出した。 き 【鬼童丸】  父が死んだひと月後、狂い果てた母が私を森に捨てた。幼心に死を覚悟した夜に現れたのは獣ではなく、日本刀を携えた少年だった。  彼は私の話を聞いて音高く笑い、「俺と一緒だな」と言った。寂れた神社で身を寄せあって夜を明かしたその日から十年、私は彼と共にいる。  しかし最近、森の中には鬼を従えた美しい女が出るらしい。怖いねと告げると彼は笑って、お前は盲目なのだから一人で外には出るなよと頭を撫でてきた。 く 【グール】  風が生ぬるい夜だった。家の前で私を襲いかけたストーカーは横合いから誰かに急襲された。声帯を最初に潰された男の悲鳴は聞こえず、びくりびくりと波打つ体だけが鮮明だ。  ぐちゅりという音と共に立った彼の口元は真っ赤に染まっていた。その目が私を捉えた瞬間、高揚に突き動かされて無意識に口を開く。 「あの、お風呂沸かしてますけど、入りますか?」 「……いいんですか?」  頷くと彼は目を丸くして、じゃあこれから貴女は食べませんと微かに笑った。 け 【ケセランパサラン】  旦那様に先祖代々の家宝だと見せられたのはアルビノの青年だった。彼には白粉を与えろと言われたが、余裕で意味が分からないので家人の目を盗んでシチューを持っていく。すると彼は《凄絶|せいぜつ》な表情で「やっと見つけた」と微笑んだ。 「一人では、あいつらを踏みつけにすることも出来やしない」  彼の足の腱は切られていた。手伝ってくれと《凝|こご》った目で頼まれて、私は苦笑する。こんな私で良ければと差し出した手にある無数の煙草の痕に、彼は私と同じ表情で笑った。 こ 【黒龍】  人身御供として捧げられた先は夜の海だった。大人しくしていたら舟の上でいきなり男どもに襲われ、呆れつつ暴れた私の上で、男たちの姿が掻き消えた。思わずぽかんと口を開ける。 「やかましい。贄に娘がほしいなどと誰が言った」  ずるり、と長い黒髪の男が海の中から現れる。彼は一人残らず男どもを渦の中に引きずり込むなり、私の頭を雑に撫でた。 「ああ、そういえばお前の歌が好きだったな」  その姿と声は数ヶ月前に海で溺れ死んだはずの恋人のもので、こんな形で来るなよと笑った彼に私は誰のせいよと抱きついた。
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