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[*label_img*]  大陸歴一七九六年、十二月十日、朝。  《圧縮魔法|コンプレッスス》というのは、普通の魔法の詠唱よりも長く小節を加えることで、威力や指向性、秘匿性などを操作する手法だ。  エレインはアラステアの握ったレギナスグラディオの切っ先に指を置き、魔法の詠唱を開始する。 「《勝利者エレインが命ず|ウィクトーリクス・エレイン・インペリトー》。《芝居はもう終わりだ|アクタ・エスト・ファーブラ》、《より速く|キティウス》、《より高く|アルティウス》、《より強く|フォルティウス》、《星天により|アド・アストラ》《汝が勇気を試す|・ウィルトゥティス・オッカシオ・エスト》——《私は言う|エゴ・ディコー》、《お前たちは惨めに|ウォス・ミゼル》《破滅するだろう|・ペリイー》」  エレインの詠唱に合わせるように、レギナス・グラディオの刀身が輝きを帯びはじめた。魔法陣の代わりに鏡面のような刀身に紋様が浮かび、それをなぞるように何度も緑色の光が行き来をする。 「《天極は轟き|イントヌエーレ・》《天空は|ポリー・エト・クレーブリース》《幾たびも雷火で|・ミカト・イグニブス》《輝いた|・アエテール》。《敵は松明のように|ホスティス・シークト》《搔き立てることで|・ファクス・アギタンド》《一層|・アルデスキト》《燃え上がる|・マギス》。《そして栄光は|エト・キネリー》《遺灰に|・グローリア》《遅れて訪れる|・セーラ・ウェニト》。《不死なる者は望むなと|インモルターリア・》《歳月が|スペーレース・モネト》、《そして|アッヌス・エト》《恵み深い日を|・アルムム》《奪い去る時が|・クァエ・ラピト》《警告する|・ホーラ・ディエム》!」  エレインの額に汗が滲み出す。エレインの右手の星の痣はほのかに赤みが差し、まるで血の色のようになる。  そして、最後の詠唱を行う。 「《雷電の翼よ|フルミニス・アーリース》、《絶え間なく|プローティヌス》《鳴り響け|・インソヌエーレ》!」  キィン、と甲高い音が鳴ったかと思うと、レギナスグラディオの刀身の光が激しく明滅する。  成功だ。レギナスグラディオは、注がれた魔力を刀身の中に蓄えている。  しかし、さすがに疲れた。エレインはアラステアを見る。  アラステアは目を閉じていた。集中するように剣を握り、身じろぎ一つしない。  少しして、アラステアが目を開けると、エレインは何事もなかったかのように問いかける。 「どうですか?」 「……不思議な感じです。ふわふわと浮いているような、今なら何でもできそうな気がします」  やはり、成功したようだった。高揚感と万能感、それこそ勇者に必要なものだ。レギナスグラディオと同調した証でもある。 「ありがとうございます、エルさん。この感覚、忘れないうちに剣を振っておきます。先に朝食をいただいてください」 「分かりました。ほどほどにお願いしますね」  エレインはそう言って、館の中へと入る。食堂へは寄らずに執務室に行き、ソファに寝転んだ。 「……疲れたー」  いかに《圧縮魔法|コンプレッスス》を使っているとはいえ、超極大魔法を使用したことに変わりはない。一日分の魔力を消耗したエレインは、どっと疲れが出てきていた。  しばらくして、若い女性のメイドが朝食を執務室まで運んできた。エレインは短く礼を言うと、やっと朝食にありつく。  寝転がって食べる食事は美味しい。はしたないけれど。  朝食を食べ終えると、エレインはメイドに皿を下げさせ、ソファで仮眠を取ることにした。魔力の回復には、睡眠が一番だ。そして昼寝は頭の切り替えに効果的だ。仕事のために眠るのだ、決してサボりではない。そう自分に言い聞かせるように、エレインは惰眠を貪った。 ☆  昼前。  エレインはようやく目を覚ました。部屋には誰も来なかったらしく、のんびり休憩を取ることができて上機嫌である。  さっそく、エレインは執務机の椅子に座り、事務仕事を開始する。とは言っても、今日はやることが少ない。昨日一年分の帳簿の整理は終わらせたし、王都への陳情書も書き終えた。朝受け取った手紙を眺めて、返事を出す必要のあるものだけを選び、上質紙に羽ペンを走らせる。  今年の成果は——一応の黒字、と言っていいだろう。他領からは、魔法でズルをした、と思われるかもしれないが、そもそもすでにあるものを使わなかったほうがおかしいのだ。これでマギアスコラの魔道師たちが地方へ出向く機会が増えればいいし、擬似魔法の書物が広まればなおいい。  そうだ、午後は新しい超極大魔法を考えよう。手紙の返信を書きながら、そんなことを考える。  執務室の扉がコンコンコン、と叩かれる。 「どうぞ」  エレインは声をかける。  入ってきたのはクィンシーだ。 「エルさん、少し意見をお聞きしたいのですが、今時間は大丈夫ですか?」 「ええ、もちろん。ソファへどうぞ」 「ありがとうございます」  クィンシーは促されるまま、ソファに座る。対面にエレインも座った。 「実は、バラジェ魔王国に行った際、人々が日常的に魔法を使っている光景を目の当たりにしまして、文化の違いというか、カルチャーショックを受けたことがあったんです」 「ああ、魔族の方々は魔法を使うことに抵抗感がありませんからね。それでも一応、向き不向きがありますから、紙やペンなどはユーファリアで作られた道具を輸入して使っていると聞きました」 「はい。そのあたり、我が商会も携わっておりまして、ニーズに合った商品を多数輸出しています。それでですね、ここからが本題です。ユーファリアもバラジェのように、いずれは魔法が一般に広まるのではないかと見ています。擬似魔法の書物を中心に、です。ですが先日のヨースター村の一件のように、威力不足が否めません。本来魔法の才能のない人間が擬似魔法を使うのですから、最低限の威力しか出ないようになっています……これはエルさんもご存知のとおりです」 「ええ、そうですね」 「そこで、私はこう考えました。魔力を貯蔵する器があれば、誰でも魔法の威力を押し上げることができるのではないか、と」  ふむふむ。エレインはクィンシーの話に耳を傾ける。言っていることは別段おかしな話ではない、必要なことだ。ただし、擬似魔法は反乱や犯罪に使われる恐れがあるため、わざと威力を抑えている面もある。  そのことをクィンシーに話すと、どうやら納得したらしい。 「わざとだったんですね。でも、魔道師が反乱や犯罪を犯さないとは誰も保証できないでしょう?」 「いえ、魔道師は軽犯罪ならともかく、反乱や重犯罪に関わったことが明確となれば、死罪は免れません。当然のことです」 「死罪!? そこまでのことなのですか?」 「ええ、マギアスコラでは常識です。ただ、擬似魔法については、まだ法整備が進んでいないため、犯罪に使われたとしてもそれ自体は罪には問われませんね」 「なるほど」  クィンシーは何度も頷く。それで、結局何が聞きたいのだろうか。 「実はですね、バラジェ魔王国でこんなものを見つけまして」  クィンシーは懐から指輪を取り出した。金の指輪だ。センターストーンには、見たこともない青色と紫色に光る宝石が一つ付けられている。  クィンシーはエレインの右手を取り、人差し指に差し込む。  何となく、気恥ずかしい。 「これはバラジェの東部山脈地域でしか採れない新種の石でして、毎日少しずつ魔力を備蓄する効果があるそうです。一般人では大した量になりませんから、エルさんに付けてもらって、ぜひ試していただければ」 「ああ……そういう意味ですか。分かりました、一週間くらい付けてみますね」 「はい、ありがとうございます。お気に召しましたら、いつでもお申し付けください。割引させていただきますよ」  さすがは商人、いつでも利益のことを忘れない。恥ずかしい思いもすべて吹っ飛んだ。  エレインの不機嫌に気づいたのか、クィンシーは慌てて弁解する。 「いえっ、決して自分の利益のためだけにご協力を願ったわけではなくてですね! そう、これをもっと小さなサイズで量産できれば、擬似魔法をもっと実用的なものにできるかと思った次第でして」 「ふーん」 「あのー……怒っています?」 「別にそんなことはありません。世のため人のため、喜んで実験台になりましょうとも」 「いやあの、そういう意味でお渡ししたわけじゃ……はい、すみませんでした」 「分かっていただければそれでいいのです。私だって鬼じゃないんですから」  乙女心は傷ついたが、それはそれ、これはこれだ。 「ところで、クィンさんは地脈ってご存知ですか?」 「地脈?」  クィンシーは首を傾げる。 「土地の力が集まる箇所のことです。そこでなら、私たち魔道師は魔力を補給することができます。多分、この石も同じだと思いますよ」 「なるほど! そこに石を置いておけば、魔力の補充ができると!」 「そういうことです。ただ、時間はかかるかもしれません。でも人から魔力を取るよりははるかに効率的かと」 「その地脈の場所というのは、どうやって見つけるんですか?」 「マギアスコラで尋ねれば教えてくれると思いますよ。もしくは、バラジェであの魔王に尋ねるとか」 「……秘匿されていることは分かりました」  それでも、クィンシーは肩を落としたりはしない。張り切ってマギアスコラや魔王のもとへと行くだろう。  たくましいね、商人根性。 ☆  大陸歴一七九六年、十二月十日、夜。  今日も懲りずに魔王フルストはエレインの執務室にいた。アラステアも同席している。  アラステアはレギナスグラディオの柄を握り、フルストに剣先を向ける。フルストは切っ先に指を置き、超極大魔法の《圧縮魔法|コンプレッスス》の詠唱を始める。 「《魔王が|レクス・》《アイテールスバル|アイテールスバル・》《に命じる|インペリトー》。《賽は投げられた|アレア・ヤクタ・エスト》。《地獄は|アビュスス・》《地獄を呼び|アビュスム・インウォカート》、《狭き道によって|アド・アウグスタ》《高みへ至る|・ペル・アングスタ》。《魂と|イン・スピリトゥ・》《真実において|エト・ウェリターテ》、《希望と恐れの|スペムクェ・メトゥムクェ》《間を彷徨うべし|・インテル・ドゥビイス》。《運命は|ドゥクント・》《望むものを導き|ウォレンテム》、《欲しない者|ファタ・ノレンテム》《を引きずる|・トラフント》。《死を覚えよ|メメント・モリ》、《愛する者は|アマンテス》《正気を失うのだから|・アメンテス》」  まるで歌うような魔王の澄んだ声に、エレインとアラステアは聞き入る。魔族の詠唱とは、魔法を使うために発達した声帯から出る声であるため、人間には心地よく聞こえるのだ。  詠唱の一小節が紡がれるたび、レギナスグラディオは紫色の文様を浮かび上がらせ、光を走らせる。まるで機械を見ているかのようだ、とエレインは思った。 「《炎の剣よ|クラウ・ソラス》、《美徳を燃やせ|アルデト・ウィルトゥス・ウリト》!」  キィン、と甲高い音が鳴り響く。  フルストの超極大魔法が無事レギナスグラディオに吸収された証だ。 「どうだ、勇者よ。気分がいいだろう?」  アラステアは興奮して答える。 「はい! とても心地いい詠唱を聞いて、それで剣を通じて力が湧いてくるような感覚があって……とにかく、すごいです!」 「そうだろう、そうだろう。俺の魔法はもちろん、詠唱も人間の耳には良く聞こえるはずだ。どうだ、エル。惚れ直したか?」 「そもそも惚れていません、陛下」  エレインはピシャリと言ってのけた。この魔王、すぐにつけあがる。  アラステアは剣を鞘に収め、魔王に一礼する。 「ありがとうございます、フルストさん。少しずつ、レギナスグラディオの魔力に馴染んできている感覚があります」 「礼には及ばぬよ。お前は混血児《ヒュブリダエ》だ、魔力への適性は人間のそれをはるかに上回るし、魔族よりもレギナスグラディオから力を引き出しやすい。いい人選だと思うのだが、人間社会はそうも行かぬのだな」 「……はい、そうですね。そういった偏見は、時代を経てもなかなか変化しません」  エレインは目を伏せる。魔族は人間に対してあまり偏見を持っていないが、人間は魔族に対して偏見を持っていることが多い。外見的特徴もそれを助長する要因の一つで、ヤギ頭だとか赤い肌だとか、とにかく目につくところを不気味がる人々が一定数いるのは事実だ。  そんなエレインに気づいたのか、フルストは笑う。 「何を言うか! お前は偏見などに囚われぬ賢い女だ。お前が罪悪感を覚える必要はあるまいよ」 「そう、ですけれども」 「何なら、その偏見をなくすためにも俺と婚約を」 「謹んで遠慮いたします、陛下」  どうしても話題をそこに繋げたいらしい、この魔王は。 「あはは……お二人とも、お似合いですよ」  アラステアの不用意な発言は、二人から正反対の言葉を引き出した。 「どこがですか!」 「そうだろうとも!」  エレインは怒り、フルストは喜ぶ。アラステアはどうしていいか分からず、謝る。 「す、すみません」 「まったくですよ! アルさんも無責任なこと言わないでください、でないと陛下みたいになってしまいますよ」 「それは褒め言葉だな? まったく、照れ屋め」 「どこをどう理解すればそうなるのですか」  この魔王、ちょっと頭が沸いているに違いない。エレインは憎々しげにフルストを睨む。  一方、フルストは飄々として口笛を吹いていた。ええい、憎たらしい。  アラステアはこの状況を打開しようと、口を挟む。 「ええと、あと何回くらい、超極大魔法を撃ち込んでもらえばいいんでしょうか?」 「ふむ、そうだな。毎日一回ずつ俺とエルが撃ち込んで、ひと月もすれば魔力は十分充填できるだろう」 「ひと月ですか……」 「それでも早いほうだぞ。特に、エルには負担をかけるからな。早めに終わらせねば体が保たぬぞ」  フルストはそう言ってエレインのほうを見る。  確かに、アイテールスバルの補助があるフルストと違い、毎日魔法痛に悩まされるエレインは、アラステアには悪いがレギナスグラディオの魔力充填が早く終わってほしい、と思っていた。 「エル、体調は大丈夫か? 魔法痛が酷いようならば、薬を持ってきてやる。遠慮はするなよ」 「はい、大丈夫です。ご心配をおかけします、陛下」 「ふははは! 未来の花嫁が何を遠慮するか!」 「まず薬が必要なのは陛下の頭だと思います」  エレインは無慈悲にそう断言した。  こうして、談笑を交えながら夜は更けていく。時計の針が十二時を指すころ、ようやく『レギナスグラディオに超極大魔法をぶつける会』は解散と相なった。 ☆  大陸歴一七九六年、十二月十一日、朝。  食堂でエレイン、アラステア、クィンシーが朝食を摂っていた。 「古い魔道書を仕入れてほしい?」  クィンシーはエレインに聞き返す。  エレインは大きく頷いた。 「はい。昔の……そうですね、まだ勇者が名ばかりではなかったころの、超極大魔法を研究したいのです。マギアスコラに行けば何かしらあるとは思いますが、一度研究に誘われたのを断っているので、訪ねるのは憚られるのです」 「ああ、なるほど。しかし、超極大魔法を研究して何に使われるのですか?」  エレインは咄嗟に機転を利かし、顔色の悪くなったアラステアから目をそらす。 「超極大魔法は、応用が効くのです。ただの魔法や大魔法へ効率よく変換する古語の組み合わせや、複合魔法の開発に便利なのですよ。私はまだ一つしか使えないので、もっと多くの超極大魔法を研究しなくてはなりませんから」 「勉強熱心ですねぇ。分かりました、グラッドストン協会の総力を挙げて、超極大魔法関連の魔道書を探してまいります」 「ありがとうございます。お代はちゃんと支払いますので、手間賃も含めて言ってくださいね」  これに対し、クィンシーは笑って答えた。 「ははは、いつもお世話になっていますし、儲けさせていただいていますから、こちらも勉強させてもらいますよ。差し当たって、王都とバラジェ魔王国を探してみます。他にも心当たりがあれば、遠慮なくおっしゃってください」 「はい、分かりました。いつもありがとうございます」  朝食を摂り終えると、エレインは執務室に籠もる。ソファでだらけながら、手紙を読んでいく。  今日は祖父からの手紙もあった。何でも、昨日提出した超極大魔法の報告書をいたく気に入ったらしく、エレインにさらなる魔法の研究を求めてくるものだった。もちろん、祖父も研究をする、と言ってくれた。ありがたい。  ふと、エレインは一つの手紙に目が行った。   差出人は『ハイラム・テューラー』、差出人住所は『バラジェ魔王国バラジェニカ魔法研究所』とある。  フルストが何か知り合いにでも頼んでくれたのだろうか? エレインは慎重に手紙の封を切る。  内容はこうだった。 『初めまして。ハイラム・テューラーと申します。バラジェニカ魔法研究所の一職員ですが、あなたの魔法の腕前を聞き及んで、超極大魔法の研究を始めました。差し当たり、バラジェニカ王城の書庫で超極大魔法について調査したところ、あまりこちら側には超極大魔法に直接関係する資料が見当たりませんでした』  見当たらない? そんな馬鹿な、魔法を使う魔族たちが超極大魔法を研究していないはずがない。  いや、もしかすると、当たり前に魔法を使うからこそ、超極大魔法にまで手を伸ばしていないのかもしれない。フルストは別として——高位魔族に伝わる秘術のようなものかもしれないし、魔法研究所がどのような位置にあるものなのかも分からない。 『ですので、古語の研究から取り組みたいと思うのですが、バラジェ魔王国ではユーファリア連合王国ほど古語の研究が盛んではありません。魔族は自然と古語を使うため、体系的な理解に乏しいのが現状です。そこで、私はユーファリア連合王国のマギアスコラへ留学をしたいと思っているのですが、推薦状を書いていただけませんでしょうか?』  推薦状? 私が?  エレインは戸惑う。バラジェからユーファリアへ、それもマギアスコラへ留学生が来るということ自体、前代未聞だろうし、そもそもエレインにそんな権威はない。頼むならフルストに頼んだほうが……と思ったが、よく考えるとあれでも魔王だった。人間、魔族関係なく、一般人からしてみれば天上人なのだ。  ならば、エレインではなく、祖父の大魔道師《マグナス・マギ》に頼んでみてはどうだろうか。祖父は魔族への偏見がまったくと言っていいほどない。エリスが屋敷にいたように、他にも魔族を雇っていたりする。  さっそく、エレインは両者に手紙を認めはじめた。祖父にはハイラムのことを、ハイラムには祖父のことを紹介し、双方が手紙のやり取りをするよう促した。  これでよし。一応、フルストにも後で教えておこう。  エレインは午後の郵便配達人が来るまで、一眠りすることにした。 ☆  大陸歴一七九六年、十二月十七日、朝。  今日はエレインはわくわくしていた。新しい超極大魔法の詠唱を作ってみたのだ。アラステアは不審そうに見ていたが、気にしない。 「行きますよ」 「はい、お願いします!」  アラステアが握るレギナスグラディオの切っ先に指を置いたエレインは、深く息を吸い込み、静かに詠唱する。 「《勝利者エレインが命ず|ウィクトーリクス・エレイン・インペリトー》。《芝居はもう終わりだ|アクタ・エスト・ファーブラ》、《より速く|キティウス》、《より高く|アルティウス》、《より強く|フォルティウス》、《星天により|アド・アストラ》《汝が勇気を試す|・ウィルトゥティス・オッカシオ・エスト》——《私は言う|エゴ・ディコー》、《お前たちは惨めに|ウォス・ミゼル》《破滅するだろう|・ペリイー》」  ここまでは同じだ。エレインが超極大魔法を使うために最適化した部分だからだ。  そして本番はここからだ。  「《私は|ノン・エゴ》《心のない肉体|・コルプス・エラース・シネ・》《ではなかった|ペクトレ・ディー・ティビ》。《神々は|フォルマム・ディー・》《私に美しい姿と|ティビ・ディーウィティアース》《富を授けていた|・デデラント》。《それゆえ、|イギトゥル・》《私にとって|ターリブス・エゴ・ノン・》《労苦は不慣れではなく|ラボル・インソリトゥス・ノン・》、《いかなる場所も|ロクス・ウッルス・》《過酷で厳しいもの|アスペル・アウト・アルドゥウス・》《ではなく|エラト・ノン》、《武装した敵は|アルマートゥス・》《恐るべきもの|ホスティス・》《ではなかった|フォルミードゥロースス》。《勇気がすべてを|ウィルトゥス・》《征服していた|オムニア・ドムエラト》。《恐怖が|ティモル・》《お前たちを|ウォス・》《捕らえる|オックパーウィス》!」  レギナスグラディオが今までにないほど激しい緑色の光を発する。紋様は複雑怪奇で、もはや光が高速で行き来していることしか分からない。  そして最後の詠唱だ。 「《聖剣よ|グラディウス・サンクトゥス》、《私の敵を|メア・ホステス・》《斬り刻め|コンシエーレ》!」  キィン、と甲高い音が鳴る。  今回も成功だ。エレインの右手の星型の痣は、深い血の色となっていた。 「……すごい。今までで一番、感覚が研ぎ澄まされている感じです」  アラステアは驚嘆する。勇者にそこまで言ってもらえるのだ、魔道師冥利に尽きるというものだ。  しかし、エレインは眩暈を覚えた。  頭が痛い。右手の甲が熱い。  アラステアが心配そうにエレインの顔を覗き込む。 「大丈夫ですか、エルさん」 「え、ええ……少し休めば、よくなります」  そう答えるしかなかった。おそらく、詠唱がきちんと圧縮されておらず、長すぎたのだ。魔力が底をつきかけている。 「すみません、休ませてもらいますね」 「はい、ご無理なさらないよう」 「ありがとうございます」  エレインは寝室へと足を運ぶ。その最中も、眩暈はひどく襲ってくる。  何とかベッドに辿り着いたエレインは、そのまま倒れこみ、眠った。  疲れ切ったエレインが起きたのは、夕方の日暮れ前だった。  ちゃんとベッドに寝かされ、布団をかけられている。傍にはアラステアと若い女性のメイドがいた。 「目が覚めましたか!? よかった、倒れていたからびっくりしました」 「……私、倒れていました?」 「そうですよ! 偶然見つけてもらえたからよかったものの、こんな無茶までしないでください! お願いですから」  アラステアは必死に訴える。どうやら、若い女性のメイドが部屋の掃除に来た際に発見してくれたらしく、アラステアとともにベッドにきちんと寝かせてくれたらしい。  しょうがなく、今日一日はエレインは体を休ませることにした。  ただ、若い女性のメイドに頼んで、手紙だけ持ってきてもらった。アラステアの監視下に置かれながら、エレインはベッドで手紙を読む。  すると、そこには祖父からの手紙と、ハイラムからの手紙が入っていた。エレインは封を開ける。 『親愛なる我が孫娘へ』  相変わらず達筆なゴシック体のカリグラフィだ。元日本人のエレインには読みづらい。 『ハイラム・テューラーの件、承知した。マギアスコラへの推薦状は儂から書いて、ハイラムへ送っておこう。それと念の為、留学生の受け入れを国王陛下にお尋ねしたところ、大変お喜びなさったのだ。バラジェにはないユーファリアの古語の体系的研究が評価されたとして、だ。お前の判断は間違っていなかったぞ』  エレインはホッとした。留学生の受け入れなど断じて許さん、などと言われてしまえば、フルストからユーファリア連合王国国王陛下に打診してもらおうかと考えていたのだ。  さらに手紙は続く。 『超極大魔法の件だが、儂の調べたところでは、魔道師への身体への影響を軽減する文言があることを突き止めた。以下それを記す。そうそう使うこともないだろうが、念の為だ。あくまで念の為だぞ、よいな』  心配性なおじいちゃんだなぁ、とエレインは呑気に思う。毎日超極大魔法を使っている身としては、バレれば叱られるどころでは済まないとも思う。  続いて、エレインはハイラムからの手紙の封を開けた。 『エレイン・ディクスン様。この度は誠にありがとうございました。突然、あなたのお祖父様である《大魔道師|マグナス・マギ》殿からユーファリアのマギアスコラへの留学推薦状が届き、驚いた次第です。本当に何とお礼を申し上げてよいのか分かりません。僭越ながら、私が調べました魔法の詠唱——過去の魔王が使用したと推測される文言を散文ながら記しておきます。お役に立てば嬉しいかぎりです』  お、それは嬉しい。フルストに聞くのも嫌だったから、なおさらだ。  エレインが手紙をめくると、次の紙にはびっしりと古語が記されていた。丁寧な字だからよかったものの、これをすべて読み解くのはなかなか骨が折れそうだ。 「また無茶なことを考えていませんか?」  監視しているアラステアの眼が光る。 「考えていませんよ、ほら、ただの手紙でしょう?」 「本当ですか? 僕があまり文字を読めないから分からないと思って」 「え?」 「え?」  エレインとアラステアの間に気まずい沈黙が流れる。そうか、アラステアはあまり文字が読めないのか。知らなかった。 「……その、何というか、恥ずかしいかぎりです」 「いえ、そういうことであれば、ここにいる間、勉強しましょう。王都では勉強しづらいでしょうし」 「そこまでしてもらうわけにはいきませんよ!」 「大丈夫です。毎日届く新聞を読む練習から始めましょう。それなら分かりやすいでしょう?」 「それは……そうですけれども、レギナスグラディオのこともやっていただいているのに、悪いな、と思って」 「今更ですよ」  そう、本当に今更だ。そしてお互い様だ。  ついにアラステアは折れた。 「分かりました。なるべく新聞を読むようにします。分からないところがあれば、教えてください」 「はい、分かりました。楽しみですね」 「……はい!」  アラステアは屈託なく笑う。  そう言えば——アラステアの《義兄|あに》に、アラステアの出生について何か知らないか、尋ねてみようとしていたんだった。  エレインはその旨をアラステアに問う。 「《義兄|あに》に、ですか……確かに、何か知っているかもしれません。でも、今すぐ行くのは」 「嫌ですか?」 「せめて、レギナスグラディオの件が片付いてからでないと、エルさんにも負担をかけますし」  なるほど、そういうことか。つくづくこの勇者は遠慮がちだ。 「分かりました。この件が片付いてからにしましょう」 「助かります。ありがとうございます、気にかけてくださって」 ☆  大陸歴一七九六年、十二月十七日、夜。 「エル! 倒れたというのは本当か!?」  フルストがいつもどおり——いや、慌てて現れた。エレインはベッドに横たわりながら、フルストをジト目で見る。 「ええ、そうですよ。ご心配なく、明日には回復していますから」  それを聞き、フルストはあからさまに胸をなで下ろしていた。 「前に渡した香水があっただろう?」 「ああ……ありましたね、そこの棚に入っています」 「あれには魔力を増強させる効果がある。お前も年頃の娘なのだから、香水の一つもつけておけ」  そんな効果のあるものを黙って渡したのか、この魔王は。つくづく油断ならない。  とは言え、魔族は一般的に魔法が使えるほうがモテるらしいので、魔族基準の贈り物としては正しいのかもしれない。  そんなことをエレインが考えていると、アラステアが紅茶を持ってきた。 「厨房が開いていたので、お茶を持ってきました。フルストさんもどうぞ」 「うむ、いただこう」  アラステアはベッドの脇に椅子を二脚持ってきて、サイドテーブルにポットとカップ三つを置く。  ナイト・ティーにはぴったりだ。 「それで、どのような詠唱を行なったのだ?」  エレインは今朝の超極大魔法の詠唱を紙に書き写す。そしてそれをフルストに見せた。 「これは……うーむ、お前には似合わぬな」  グッサリ来たな、この魔王。  しかしフルストの言っていることはもっともだ。攻撃力の増幅、魔力の供給という点ではよかったかもしれないが、エレインの適性に合った詠唱とは言い難い。それはエレイン自身も自覚していた。  魔法には、個々人に合った適性というものがある。エレインであれば星型の痣から、星と名のつく詠唱と相性がいい。フルストの場合、魔王らしく地獄だの何だのという物騒な単語と相性がいいらしい。  つまり、今回エレインが詠唱した魔法は、フルストにやらせればよかったのだ。  今更すぎる。エレインは地味に落ち込む。 「まあ、何だ、これは俺がもらっておく。お前はお前の星と相性の良い詠唱を考えたほうがよいぞ」 「ご助言感謝します、陛下」 「何の。しかし、お前らしくもないな。焦っていたのか?」 「少し、はしゃぎすぎました」 「はっはっは! 聡いお前もまだまだ未熟だということか!」  うるさい、この魔王め。アイテールスバルなどというチートアイテム使いのくせに。 「では、今日は手本を見せてやろう。勇者よ、レギナスグラディオを抜け」 「はい、よろしくお願いします」  アラステアはレギナスグラディオを鞘から抜き、フルストへと向ける。  敵意のない切っ先に、フルストはそっと左手の指を置き、右手にはアイテールスバルを握って呟きはじめた。 「《魔王が|レクス・》《アイテールスバル|アイテールスバル・》《に命じる|インペリトー》。《賽は投げられた|アレア・ヤクタ・エスト》。《地獄は|アビュスス・》《地獄を呼び|アビュスム・インウォカート》、《狭き道によって|アド・アウグスタ》《高みへ至る|・ペル・アングスタ》。《魂と|イン・スピリトゥ・》《真実において|エト・ウェリターテ》、《希望と恐れの|スペムクェ・メトゥムクェ》《間を彷徨うべし|・インテル・ドゥビイス》。《運命は|ドゥクント・》《望むものを導き|ウォレンテム》、《欲しない者|ファタ・ノレンテム》《を引きずる|・トラフント》。《死を覚えよ|メメント・モリ》、《愛する者は|アマンテス》《正気を失うのだから|・アメンテス》」  レギナスグラディオの刀身全体が深い紫色に染まる。細かすぎる紋様は常に光を発し、もはや人の目では紋様を認識できない。 「《私は|ノン・エゴ》《心のない肉体|・コルプス・エラース・シネ・》《ではなかった|ペクトレ・ディー・ティビ》。《神々は|フォルマム・ディー・》《私に美しい姿と|ティビ・ディーウィティアース》《富を授けていた|・デデラント》。《それゆえ、|イギトゥル・》《私にとって|ターリブス・エゴ・ノン・》《労苦は不慣れではなく|ラボル・インソリトゥス・ノン》、《いかなる場所も|ロクス・ウッルス・》《過酷で厳しいもの|アスペル・アウト・アルドゥウス・》《ではなく|エラト・ノン》、《武装した敵は|アルマートゥス・》《恐るべきもの|ホスティス・》《ではなかった|フォルミードゥロースス》。《勇気がすべてを|ウィルトゥス・》《征服していた|オムニア・ドムエラト》。《恐怖が|ティモル・》《お前たちを|ウォス・》《捕らえる|オックパーウィス》」  フルストの額から一雫の汗が落ちる。アイテールスバルを握る右手に力が入り、ついに最後の詠唱へと入る。 「《不滅の刃よ|デュランダーナ》、《我 が|メア・ルードーリア・》《怨 敵 を|ホスティス》《斬り刻め|・コンシエーレ》!」  キィン、という甲高い音が鳴る。  刀身の明滅が激しさを増す。部屋全体を紫色に染め上げたのち、ようやく光は刀身にのみ収束した。  フルストは額の汗を手で拭い、アイテールスバルを懐に収める。 「ううむ、これは疲れるな。エルが倒れたのも頷ける」 「そこまでですか」 「少なくとも、人間に扱える魔法の詠唱ではないな。今後は決して使うな。いいな?」  エレインはこくりと頷く。無限の魔力を蓄えたアイテールスバルを持つ魔王がそこまで言うのだ、魔族から見てもよほど危険な詠唱だったに違いない。  よく生きていたな、自分。エレインはしみじみ己の未熟さを痛感する。 「だが、今の魔法で大分レギナスグラディオの魔力の蓄えができたのではないか?」  アラステアは紫色に染まったレギナスグラディオを見て、こう答えた。 「あの、剣が光ったままなのですが」  エレインとフルストは顔を見合わせ、同時にレギナスグラディオへ向けて魔法を放つ。 「《知悉魔法|レヌンティオ》!」 「《知悉魔法|レヌンティオ》!」  すると、《満タン|フルタンク》という文字がエレインとフルストの顔の前にそれぞれ浮かぶ。知りたい情報だけを知ることができる知悉魔法《レヌンティオ》はとても便利だ。 「もう十分ですね」 「うむ、本来の力は引き出せていないが、魔力は十分に溜まっているな」 「あとはアルさん次第ですね」  魔力は十分に蓄えられたので、あとはレギナスグラディオの所持者と同調するだけだ。一日中剣の柄に触っていれば、そのうち同調するようになるだろう。  アラステアは二人に見つめられ、キョロキョロしながら答える。 「が、頑張ります!」  アラステアはどこまでも真面目な青年だった。  こうして、ようやく『レギナスグラディオに超極大魔法をぶつける会』は一旦幕を閉じた。
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