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[*label_img*]   大陸歴一七九六年、十二月十八日、朝。   今日は若い女性のメイドがエレインを起こしに来てくれた。  どうやら、昨日倒れたことが心配で、様子を見にきてくれたらしい。 「ありがとう。もう心配いらないわ、無理はしないから」 「そうですか。ご無理はなさらないでくださいね、あなたに何があればディヴァーン領の皆が悲しみますから」  そこまで言われてしまっては、もう無茶はできない。今度は安全な超極大魔法を考えよう、エレインはそう思った。  エレインは顔を洗い、身だしなみを整え、食堂へ赴く。  先客にクィンシーがいた。エレインを見るなり、立ち上がって呼ぶ。 「エルさん! 倒れたと聞いて心配しましたよ!」 「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」 「迷惑ではありませんが、本当に無茶はしないでくださいよ。魔王陛下と超極大魔法を撃ち合うとか」 「古の勇者でもないのですから、そんなことはしませんよ。一方的に撃つことはあるかもしれませんけれども」 「まずその状況から避けてください、お願いします」  クィンシーは、よほどヨースター村で超極大魔法を目の当たりにしたときのことがトラウマになっているらしい。エレインは何度も何度も念を押された。  やがて朝食が運ばれてくると、クィンシーの説教も終わりを告げ、一心不乱に食事に取り掛かる。  遅れて、アラステアも食堂へやってきた。 「おはようございます」  何だか生気に満ち溢れているというか、自信満々な顔つきになった赤毛の青年がそこにいた。  クィンシーも変化を察したらしく、挨拶をしながら調子を尋ねる。 「おはようございます、アルさん。どうしたんですか? やけに調子がよさそうですね」 「ええ、今日は体調がよくて。朝から素振り千回をこなしてきました」 「千回!? アルさん、いきなり無茶はよくないですよ、エルさんのようになりますよ?」 「どうしてそこで私が出てくるのですか」  無茶の代名詞にされたエレインはツッコむ。アラステアは笑って答えた。 「あはは……多分、レギナスグラディオが、もっと僕に鍛えろと言っているのですよ。鞘から引き抜いただけでは勇者の資格はない、とでも言いましょうか」 「はあ、そういうものですか」  半ば呆れ、半ば感心、といった具合に、クィンシーは応じる。  エレインは何となくだが、アラステアの言っている意味が分かった気がした。レギナスグラディオの本来の力を引き出すには、まだアラステア自身の力が足りていない。魔力は十分溜まったのだから、あとはアラステアに任せる他ないのだ。 「もうお腹が空いてたまりません。僕の分は大盛りでお願いしますね」  中年の女性のメイドにアラステアはそう言うと、椅子に腰掛け今か今かと朝食を待つ。  やがてアラステアの分の朝食が運ばれてくると、アラステアは嬉しそうにパクパク食べる。クィンシーはそれを見て苦笑いし、エレインは楚々と食べる。  アラステアが二度おかわりをした以外、いつもと変わらない朝食の風景だった。  エレインは執務室に戻ると、昨日の仕事の続きを行いはじめた。  手紙の処理が主な仕事だが、そろそろ冬至の祭りに差し掛かってきているためか、ディヴァーン領内の各地からグリーディングカードが届きはじめる。微笑ましく思いながら、エレインも同じくグリーディングカードを書く。  冬至の祭りはおよそ十二月の二十二日あたりにある祭りで、一年で一番夜が長いことから、王都などでは魔道師たちが夜通し魔法の光を打ち上げてパレードを行う。田舎のほうでは、どうなのだろう。初めての田舎での冬至の祭りだ、何をするのか後で誰かに聞いておかねば。  そうだ、聞くと言えば、アラステアの《義兄|あに》のヘフィンを訪ねなくてはならない。  明日はアラステアを連れて、エクリア村へ《転移魔法|モビリス》を使って訪ねよう。今日のアラステアは調子に乗っているきらいがあるから、少し落ち着くまで待つしかない。  エレインは午前の仕事を終えると、魔道書を読みはじめた。安全な超極大魔法を作るためだ。ハイラムから届いた散文も参考に、一つ一つ単語を組み立てていく。  エレインは上質紙にこう書いた。 『《大地から|ノン・エスト》《星までの|アド・アストラ・》《道は|モルリス》《平穏ではない|・エ・テルリス・ウィア》、《しかし|アト・ターメン・》《困難を通じて星々へ|ペル・アスプレーラ・アド・アストラ》、《我は汝|トゥ・フュイ》、《汝は我|エゴ・エリス》。《我は汝とともに生きる|ネク・ポッスム・エッフゲレ》、《我は汝なしでは|クィスクァム・ネク》《生きていけないだろう|・アモーレム・ポテスト》』  何だか詩的で、告白文みたいになってしまった。  こんなもの、フルストへ向けて唱えた日には、プロポーズと勘違いされそうだ。だが、エレインと相性のいい言葉なのだから、しょうがない。 「はあ……せめて星じゃなくて、もっと汎用性のある模様ならよかったのに」  今更嘆いても仕方がない。作った以上は使わないともったいないだろう。  それに、ハイラムの手紙によると、昔、魔王と勇者が恋愛関係に陥った時代があり、そのころは実に平和な時代だったという。平和を愛する心であって、決して誰かを愛しての言葉ではない、そうエレインは自分に言い聞かせた。  こうして、昼までの平和な時間は過ぎていく。 ☆ 「明日ですか? 分かりました、久々に《義兄|あに》に会えるので、お土産を買ってきます」  アラステアはそう言って、クルナの街へ向かった。クィンシーも同じく、商売のためクルナの街のグラッドストン商会へ顔を出している。  使用人たちはというと、誕生日に作ってもらった大型リースの飾り付けや食事の準備で大わらわだった。冬至の祭りの後は二日ほど休暇を与えるので、その間エレインは自分で料理を作らなくてはならないため、食材だけでも準備してもらっておくのだ。これでも桜子だったころは自炊をやむなくしていたので、料理は得意だ。  一人、ぽつねんと暇なエレインは、さてどうしようか、領地の視察をしようか、などと考えていたが——やめた。冬至の祭りの前だ、せっかくのお祭りに領主が水を差してはいけないだろう。  となると、本でも読むか、どこかへ散歩でもするかしかない。  どこへ? 「……そう言えば、バラジェの冬至の祭りはどんなものかな」   エレインは出かけてきます、という書き置きを部屋に残し、地下のワイナリーの隣の小部屋に向かった。  邪魔なものは除けられ、中央に頑強な魔法陣が敷かれている。いつもここからフルストは《黒曜館|こくようかん》に通ってくるのだ。  なら、こちら側からも行けるはずだ。  エレインは魔法陣の中央に立ち、魔法と飛ぶ位置を唱える。 「《転移魔法|モビリス》、バラジェニカ!」  グニャリ、と風景が歪む。転移魔法独特の作用だ。  気づくと、エレインは明るい光が差し込む庭園の真ん中に立っていた。足元には、あの小部屋の魔法陣と同じものがある。  ということは、ここはフルストの居城、つまり魔王城だ。イメージと全然違う。白亜の柱が幾本も並び、雲の上にそびえ立つ庭園からはバラジェニカの城下町が一望できる。明るい煉瓦色の街並み、そして整備された街道。何よりも、魔王=黒というイメージからかけ離れた白亜の城は、まるで元の世界の欧州の巨城のようだ。居並ぶ植物までもが白く染まっている。  そこへ、一人の魔族が現れる。  赤いヤギの角に、黒い紋様、短い金髪の男性だ。見たことはないが、フルストの部下だろう。 「あの、もしかして、魔王陛下の臣下の方ですか?」 「その魔法陣を使ったということは……あなたがエレイン・ディクスン様ですか?」  二人は見合う。どちらが先に答えるか、間合いを図るように。  しょうがない、エレインは答えることにした。 「私はエレイン・ディクスンです。この右手の星の痣がその証拠となります」  エレインは男性に近づき、右手を差し出す。  すると、男性は星を見た瞬間、直角に一礼をした。 「大変ご無礼を仕りました! 魔王陛下の婚約者であるエレイン様がいらっしゃるとは耳にしておらず、歓待の用意もできておりません!」 「ちょっと待って。誰が婚約者?」 「あなた様では?」 「誰と?」 「フルスト魔王陛下と……では?」 「違います! 陛下が勝手に言いふらしているだけです!」 「ははは、そんな馬鹿な。いえ、失礼いたしました。陛下は今、城下町の視察を行っておりまして、留守にしておりますゆえ、ここで少々お待ちいただければ」  あの魔王、そんな甲斐性があったのか。少しだけ見直したかもしれない。  いや、それよりも目の前の男性が何者か、まだ聞いていなかった。エレインは尋ねる。 「ところで、あなたはどちら様ですか?」  金髪の男性はビシッと脚を揃え、胸の前に左手の握りこぶしを作り、こう答えた。 「申し遅れました。私、フルスト魔王陛下の侍従長を務めております、メルヴィル・フロウスと申します。この度は次代の《大魔道師|マグナス・マギ》殿にお目にかかることができ、恐悦至極に存じます」 「メルヴィルさんですか。陛下に仕えて長い方なのですか?」 「そうですね、私は先代の魔王陛下から仕えておりますので、ざっと千年ほど」 「千年!?」 「はい。先代の魔王陛下より、これより先の魔王陛下にお仕えせよと命じられましたゆえ、アイテールスバルの力をお借りしつつ寿命を永らえている『《老いぼれ|ロートル》』です」  男性は笑って答えるが、どう見ても二十代後半くらいにしか見えない。魔族の時間感覚は人間とかなり異なっているなぁ、としみじみエレインは思った。  寿命を延ばす、いわゆる延命の魔法なら人間にもいくつか適用できるものはある。しかし副作用が強いため、あまり用いられていないのが現状だ。例えば身体機能の衰えは回復できないし、身体機能の一部を失い寿命を得る魔法もある。まあ、人間はそこまでして生へ執着を持たない。魔法を恐れている部分もあるからだ。  だが、魔族は違う。元々の寿命が長い上に、個々人の寿命の幅が違いすぎるため、愛する人と共に生きるために延命魔法を使う、などという話もよく耳にする。メルヴィルの場合は忠誠心からだろうが、その代償に何を払っているのだろうか。いや、詮索はよくない。フルストに同情するような話を聞かされても困る。  などとエレインが思ってると、メルヴィルは声をかけてきた。 「よろしければ、陛下がお戻りになられるまで、ここでお茶でもいたしませんか?」 「いいのですか?」 「陛下の婚約者なのですから、遠慮なさらず」 「だから違いますってば!」 「またまたぁ」  この男、若干ムカつくところがフルストによく似ている。魔族の男とはこうなのだろうか。エリスを見習え、エリスを。  しょうがなく、本当にしょうがなく、エレインはお茶をいただくことにした。 ☆  午後二時。  アフタヌーン・ティーにはまだ早いが、エレインはメルヴィルとともに優雅にお茶をいただいていた。  皿には色とりどりのジンジャークッキーが並べられ、可愛らしい人形をしている。パクリ、と一口で食べると、口の中に生姜の香りが広がる。美味しい。  遠くどこかからか、カーン、カーン、という鐘の音が鳴る。  少なくとも、この庭園よりは下の場所からだ。エレインが不思議に思っていると、メルヴィルが不穏な一言を口にした。 「おや、陛下が戻ってきましたね」  戻ってきたのか、あの魔王。  どうしよう、会わずに帰る——わけにもいかないだろう、多分。追いかけてくるに違いないし、《黒曜館|こくようかん》は今多忙を極めていてフルストに関わっている暇などない。エレイン以外は。  エレインは覚悟を決めた。ここで決着をつけてやる。いや、そうじゃない。ここで話を適当にして、切り上げて帰ろう。  メルヴィルはテーブルの上にあった呼び鈴を鳴らす。するとすぐに魔族のメイドが現れた。 「陛下のお茶を用意してくれ。いつもどおりでいい」 「かしこまりました」  魔族のメイドは《転移魔法|モビリス》を使い、一瞬で消える。やはり軽々と魔法を使うところは魔族だなぁ、とエレインは感心する。人間もこのくらい便利に魔法を使えればいいのに。 「不思議ですか?」  メルヴィルが尋ねてくる。  エレインは正直に答えた。 「ええ、とても。魔法が生活の一部になっていて、誰もが自由に使えるというのは……問題よりもメリットのほうが大きいのでしょうね」  エレインからのちょっとしたジャブだ。メルヴィルは笑顔を崩さない。 「そうですね。例えば、この城自体に数え切れないほどの魔法陣が描かれておりまして、どこででも《転移魔法|モビリス》を使えるようになっています。もちろん、行き先を知らなければ使えませんが」 「だから私をここから出さないようにした、というわけですね?」  ストレート。メルヴィルの意図に気づいたエレインは、直接切り込んだ。  最初からおかしかったのだ。魔法陣の傍に都合よくメルヴィルがいることも、メルヴィルがエレインを難なく受け入れたことも、フルストが都合よく魔王城にいないということも。  排除できない侵入者を、できるかぎり丁重に帰らせるための罠だ。 「おや、お気づきでしたか」 「気づくも何も、私がこの城に来たことを真っ先に感知したのはあなたで、あなたはこの魔王城の主のようなもの。魔王陛下より長く魔王城にいる方ですし」 「ですが、陛下は戻ってこられましたよ?」 「ですから、あなたの勝利です。私はこの庭園から一歩も出られませんでした」 「陛下のお茶を用意したことは?」 「ここに用意するとは一言も言っておられませんでしたよね」 「なるほど。では陛下がここに来られて、魔王城内を案内するとあなたにおっしゃられた場合は?」 「あなたは全力で止めるでしょうね。警備上、私のような人間を魔王城に上げること自体、許されることではありませんし……勝手に入ってきたことは謝りますけれども」 「ははは、なるほどなるほど。いえ、ご推察のとおり、私はあなたを平和的に足止めしております」  本性を出したな、この男。エレインはジロリとメルヴィルを睨む。  おそらくだが、フルストはメルヴィルに頭が上がらないのだろう。城内を案内する、ということはどうやっても叶わないはずだ。  もしエレインが勝手に城内を歩き回れば、この男、エレインを殺すことも視野に入れていたかもしれない。 「帰ります。お茶とクッキー、ご馳走様でした」  エレインは立ち上がる。 「まあまあ、何も私はあなたと陛下の仲を引き裂こうとしているわけではありません」 「ですからー……私は陛下とは何もないのです! 勝手に婚約者だの花嫁だの言われて、迷惑しているくらいです!」  エレインはついにテーブルを叩いて抗議した。しかし、メルヴィルはくすくす笑って反撃してくる。 「陛下は毎夜のごとくあなたの館に足繁く通われているというのに?」 「それはまあ、話し相手くらいなら、と思って。下手に断ると国際問題ですし」  うむ、冷静になって考えると、フルストの行動は恋人のもとに通っているかのように見える。だが、立場上エレイン側に拒否権はなく、勝手に黒曜館《こくようかん》に魔法陣が設置されて解除もできない旨を伝えると、話はガラリと変わった。 「確かに。それはこちらの邪推でしたね、失礼をいたしました」 「あ、言っておきますけれど、二人きりで会ったことはないですから。必ず誰か別の殿方が同席していますからね?」 「はっはっは! 面白いお嬢さんですね!」  何がだ馬鹿野郎。私は急いで帰りたいのだ馬鹿野郎。  そんなエレインの気持ちを汲んでか、メルヴィルは魔法陣への道を譲る。 「陛下には、エレイン様はここでお茶をして帰られた旨をご報告いたします。まあ、ここに来られること自体、私の目の届かない夜の時間帯しかないのですがね」 「そうですか。毎日来られて迷惑しているとお伝えください」 「そのままお伝えさせていただきますよ。あなたもあまりこちら側に足を突っ込まれないよう、くれぐれもお気をつけください。人間と魔族は相入れません、決して」  意味深な発言だ。千年生きた魔族というのは、こうも狡猾な笑みを浮かべるものなのか。  エレインは魔法陣に乗り、魔法と位置を唱える。 「《転移魔法|モビリス》、ディヴァーン・クルナ!」  ぐにゃり、と視界が曲がる。  気づくと、エレインは《黒曜館|こくようかん》の小部屋に立っていた。  夢か現か、分からないような時間だった。あのメルヴィルという魔族の男とは、二度と会わないことを祈ろう。  エレインは小部屋を後にした。
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