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「――――……はぁーーーーーーーー………」  何回目の溜息だろうか。今までで一番長く、大きい溜息を時雨は漏らした。奏心もそれを見て、時雨に注意する。 「そんな溜息漏らさない方がいいよ? 幸せが逃げちゃうよ?」 「そんな事言われても…」  本来昼まで寝ようとしていたが、朝の六時に奏心に叩き起され、朝飯を食わされ、母の用意していた制服に着替えさせられ、今に至る。あんなノリノリな母を見たのは初めてだった。毎日夜更かしで本来起きるのは十時頃の時雨には苦行だった。 「うぅ、学校が近くなってくる…」  ブレザーではなく大きめの、ゆったりしたパーカーを来ている時雨はフードを深く被って周りに近づくなよオーラを出しまくっていた。  学校に近づくだけでなく、同じ制服に身を包んだ生徒達も視界に入るので、時雨はチラチラと周りを見ている。  …生きて帰れるかなぁ。  彼の頭の中にはそれしか無かった。  そもそも推薦蹴っているんだから、今更学校に来れるようなものなのだろうか。 「あ、その辺は大丈夫。私が昨日学校の方に伝えてあるから」  心でも読んだのか、奏心がニコニコとこっちを見ながら言った。やめて、画面の向こう側でしか女の子の笑顔を見たことないから。姉と母は別として。  気がつけば教室に着いていて、奏心の前の席に座らされていた。奏心の他に来ているクラスメイトの視線が怖い。時雨はフードをさらに深く被って膝を抱えて小さく丸くなった。それはまるで外敵から身を守るハリネズミみたいだった。 「ねぇ、奏心……誰、この子」  時雨に続いて後ろの席に座る奏心に隣の結が話しかけてくる。 「鑑崎くん」 「鑑崎くんって、あの鑑崎くん?」 「そう」  そうなんだ。と言いながら席を立って時雨の背中をバンと叩く。時雨の体がビクンと跳ねて顔から汗がダラダラと出ている。 「よろしくなー鑑崎くん!」 「う、うん……」 「やー暗いなー」  彼女にとってはコミュニケーションのひとつなのかもしれないが、ネットの中でしか話し合いをしていない時雨にとっては蛮族の風習みたいなものだ。 「はいはい。鑑崎くん困ってるでしょー」  奏心が結を時雨から引き離す。時雨はそれを見計らって教室を飛び出した。 「おっ、なんだ!?」 「鑑崎くん!?」  奏心が時雨を止めに行くがそれも間に合わず、時雨はすっと姿を消した。  ☆★☆★☆ 「はぁ……」  長い廊下を歩きながら時雨はまた溜息を漏らす。その中で、小さな笑いが込み上げてくる。  …バカバカしい。帰ろ。  奏心には悪いと思うが、ここは帰らせてもらおう。引きこもりは大人しく家に引きこもってよう。華澄にも、引きこもりで構わないと言われている。もうそれでいいんじゃないか。  早いとこ帰ろう。荷物は…そのままでいいか。 「……」  何故だか知らないが、時雨はいつの間にか屋上の方に来ていた。帰るには、靴を履き変えなくてはいけないのに。屋上に来てたら帰るにも帰れない。 「……」  ちらっと校門を見る。体育の先生が見張っているから、結局今のところは帰れない。  時雨はその場に座り込んで時間が来るまで眠ることにした。 「ん…」  少し騒がしく、眠りの浅いところで目覚めてしまった。時間を確認してみると、一時三分。既に昼飯時だ。 「―――!」  フェンスの鳴る音がしてその方向を見ると、女子生徒三人が何かを囲っているのが見えた。何か言っているようだが、聞き取れない。向こう側からは見えないように覗き込んでみると―――。 「なっ……」  髪を掴まれている奏心がいた――――。 「ねぇ、何してるの?」 「鑑ざ…..」 「あー、誰かと思ったら今朝の陰キャ君じゃん」  突発的だった。見て見ぬふりも出来たはずなのに、時雨の体は勝手に動いていた。 「…そーゆーの、やめたら?」 「はぁ? 陰キャに説教とかウケるんですけど。言っとくけど遊びの邪魔するなら男でも容赦しないよ?」 「そう、じゃあ…僕も容赦するつもりないよ」  そう言って時雨は一歩、また一歩と歩みでる。 「だ、ダメ…! 鑑崎くんには関係無…」 「そこ」 「…ん? 私?」  フェンスに寄りかかっている女子生徒を指差す。何か物音がしたが、誰もその音に気づくことなく、 「崩れるよ」  時雨が告げた瞬間に女子生徒が寄りかかっていた部分が折れ、自分たちの身長の倍以上あるフェンスごと、彼女は外に投げ出される。 「嘘―――」  女子生徒は手を伸ばすがその手は空振りに終わり、女子生徒はそのまま地球の引力に逆らうことは出来ず――――――。  グシャ  あっという間に地面は紅く染まり、肉片が飛び散る。頭の形は原型を留めていなかった。 「きゃぁああああ!!」 「どうする? まだ彼女に暴力ふるうなら、君たちも…」 「ば、バケモノ…!」  落ちなかった二人は立ち上がってこの場を立ち去った。時雨は腰が抜けて立てない奏心に手を伸ばす。 「怪我は?」 「だ、大丈夫…」 「じゃないでしょ。ほら保健室行くよ」 「う、うん…」  奏心に肩を貸して、保健室へと歩を進めた。  ☆★☆★☆  暁島高校にて、一人の女子生徒の転落事故が発生。女子生徒は学校の屋上から転落、頭を地面に打ち付け即死。聴取によると、「あの子が殺した」と一点張りだが鑑識によると、そのような証拠は一切発見されず、事故として扱われ、捜査は終了した。 「奏心ぇぇええええぇぇぇ!!」 「…藪から棒になんだ…?」  保健室の医療器具を借りて奏心の手当をする内に、結が保健室のドアを叩きつけるように開けて入ってくる。 「大丈夫だった!? 怪我は!?」 「大丈夫…鑑崎くんに手当してもらったから」 「よかったー…」  安堵して、結は床にペタンと座り込む。 「それより…あの子は……」  あの子とは、さっき屋上から落ちた子のことだろう。さっきまで自分をいじめていた子の心配なんてするものだろうか。時雨には理解できそうにない話だ。 「今までの天罰でも下ったんでしょ。黒華さんが気にすることじゃないよ。それに、あそこのフェンスは元々不安定だったんだし、落ちるのは明らかだったよ」  淡々と述べるが、時雨の台詞には矛盾があった。 「なんで分かるのさ。そんなこと」 「…男の勘だよ」  時雨は結を見ずに話を適当にはぐらかす。何かを隠しているのは誰の目から見ても明らかだった。 「…第一、なんでいじめられてたの」 「…気に入らないからだよ。肌スベスベだし、頭いい方だし、顔かわいいし、女の闇ってそんなもんだよ」 「結。別に私はそうでもないよ…」  時雨の疑問に結が答える。気に入らないからと言っていじめて将来自分に得でもあるのか? 少なくとも損の方が多いような気がする。 「そうだ、鑑崎くん。午後の授業なんだけど…」 「…」  時雨はその場から逃げ出そうと床を蹴り出したが、咄嗟に結が足を抑え、倒れたところを奏心は時雨に伸し掛る。重くはないが、女子二人は決して軽くはない。あと何がとは言わないが、柔らかい何かが時雨の背中に当たっている。時雨だって男だ(見た目は女性に近いが)。反応が無いわけじゃない。 「授業出るって言うまで離さないから!」 「が、学校に行くとも言ってないし授業に出るとも言ってない…!」 「そんなの、つまらないってば…!」 「何がなのさ…!」  じたばたと暴れる時雨を抑えながら、奏心は説教を続ける。 「鑑崎くんは、嫌なの?」 「…やっぱり嫌だよ。こんなとこ。周りの目線が怖いし」 「なんで、引きこもったりしたの」 「……それは」  言われて時雨は黙り込む。自分のこの『眼』について話しても、どうせ信じないだろう。忌まわしい過去は忘れようとしても忘れようがない。それは時雨自身、よくわかっている。  俯いている所を奏心に顔を掴まれて無理やり奏心と向き合わされる。 「あうっ…」 「わからないことは聞いてって私は言ったよ? もう高校生なんだし、自分で出来ること増やさないとダメだって。ずっと引きこもってちゃ困るのは自分なんだよ? それにせっかくここまで育ててくれたお母さんに申し訳ないと…」 「奏心ー。お説教の最中申し訳ないんだけど、鑑崎くん気絶しとるよ」 「え。あ。思い切り首動かしたから…」  時雨は下校時間まで、目が覚めることは無かった。  ☆★☆★☆ 「…痛い。首が特に」  目が覚めた時雨は真っ先に辺りを見渡した。机の上のパソコン、大量のぬいぐるみ、飼い猫のソラ。見覚えのある部屋だ。この部屋が自分の部屋だということはすぐに理解出来た。 「あら、起きた?」 「義母さん…えー、と」 「嫌ならいいのよ。学校行かなくて」 「え?」 「んー。このアーリオオーリオ? っていう食べ物。初めて作ったけど案外美味しいものね。良かったら時雨も食べてみたら?」  そう言って華澄はパスタが盛られた皿とフォークを時雨に手渡す。食べてみると、さっぱりとした味が口いっぱいに広がる。シンプルな味付けだが、案外美味しいものだ。カチャカチャとフォークと皿をぶつけ合ううちに、時雨はパスタを完食していた。 「…黒華さんは」 「奏心ちゃんには私から話をつけといたわ。無理させて、やらせる必要なんかないって。そしたらあの子、なんて言ったと思う?」 「……?」 「『あの子はずっと箱の中に閉じ込められている。昔の私のように。私が箱から出れたのだから、あの子にも同じことが出来るはず』って」 「……」 「あの子もあの時の時雨や千尋みたいな子だったのかもね。私が貴方を助けることは出来なかったけど、あの子にならできる気がして、ちょっと賭けてみたの…」 「……」 「…まぁ、無理しない範囲で、時雨には頑張って欲しいな」  言いながら華澄は立ち上がって皿をお盆にのせ、ドアを開けて部屋から出ていく。時雨は一人、部屋に取り残され、彼は呟く。 「ごめん、なさい……」  それが義母に対するものなのか、奏心に対するものなのか、自分でもわからなかった。
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