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[*label_img*]  大陸歴一七九七年、一月五日、夜。  エレインは夜食を探しに食堂へ降りてきていた。干し肉やパン、野菜などを取り出して、サンドイッチを作るつもりだ。  夜は使用人たちは自宅へ帰っているため、エレイン自ら包丁を握る。薄切りにした干し肉、スライスした玉ねぎ、レタスをパンに挟んで、一気に切り落とす。お世辞にも形は綺麗とは言えないが、食べる分には問題はない。ついでだから、多めに作っておこう。エレインはだんだん楽しくなってきた料理に夢中だった。  そして二十分後。  大皿に山盛りになったサンドイッチを見て、エレインは後悔していた。こんなに食べきれない。  真冬だしサンドイッチだから保存は利くが、パンがパサパサになるのは許されない。他の誰かに食べてもらおうか、とエレインはうろうろしていると、外から風を割く音が聞こえてきた。  エレインは窓から外を覗く。すると、アラステアがレギナスグラディオで素振りをしていた。  ちょうどいい。アラステアもお腹が減っているだろうから、食べ切ってくれるはずだ。  エレインは外に出て、アラステアに声をかける。 「アルさん、ちょっといいですか?」  アラステアはエレインに気づき、素振りを止める。 「エルさん。どうしたんですか?」 「夜食のサンドイッチを作りすぎてしまったので、アルさんも食べないかな、と思って」  そのとき、アラステアの目がきらーんと光ったのを、エレインは見逃さなかった。 「サンドイッチですか! ぜひいただきます!」 「じゃあ、食堂に行きましょう」 「はい!」  アラステアはまるで子犬のようにエレインの後をついてくる。それだけで可愛い。  食堂のテーブルに着き、山盛りのサンドイッチを見たアラステアの反応は、控えめに言って狂喜乱舞と言ったところだった。 「うわあ! 美味しそう!」 「そ、そうですか……じゃあ、いただきましょうか」 「いただきます!」  アラステアはサンドイッチを掴み、大口でがぶりと食べる。いい食べっぷりだな、とエレインが見ていると、あっという間に二つ目のサンドイッチに手が伸びていた。まずい、出遅れた。エレインもサンドイッチを掴む。  さながら、早食い競争の場と化した食堂は、無言でサンドイッチを食べ続ける二人の戦いの場となっていた。エレインが一つ食べるたびに、アラステアは両手にそれぞれ一つずつ持ってかぶりついている。エレインも負けじと口を動かすが、流石に健全な青少年の食欲には敵わない。やがて大皿の底が見え始めると、ラストスパートとばかりにアラステアはスピードを上げた。無理だ、追いつかない。エレインは最後の一つを取ると、負けを認めるかのようにゆっくりと食べ始めた。  ——何をやっているんだ、私。  冷静になって考えると、また作ればいいだけの話だった。そしてアラステアは最後の一口を飲み込むと、満足そうに「ごちそうさまでした」と言っていた。まだまだ食べられそうだが、夜食だということを忘れてはならない。 「そんなに美味しかったのですね」  エレインが声をかけると、アラステアは満面の笑みで答えた。 「はい! すごく美味しかったです!」 「そうですか、それはよかったです。作った甲斐がありました」 「えっ!? エルさんが作ったのですか!? てっきり作り置きかと」  そこまで言っておいて、アラステアは自分の口を手で塞いだ。エレインはジト目でアラステアを見る。 「アルさん、もしかして、私が料理なんてできないと思っていたのですか?」 「そ、そんなことは、ないですよ?」  アラステアの目が泳いでいる。本当に純真な少年だなぁ、とつくづくエレインは感心する。  突然、アラステアは思い出したかのように、レギナスグラディオを取った。 「あ、あの、最近になってレギナスグラディオの光を制御できるようになったのです! 見ていてくださいね!」  アラステアはレギナスグラディオを鞘から抜き、柄を握ったままテーブルの上に置く。  レギナスグラディオの刀身は、ぼやけた紫色の光を発していた。アラステアが柄を強く握ると、一瞬明滅して、すぅ、と光が消えた。 「この状態だと、普通の剣とは変わりません。ちょっと切れ味の鋭い剣ぐらいですね」 「へぇ……」  エレインはレギナスグラディオを見つめる。魔力の反応が若干あった気がしたからだ。 「今度は緑色の光を出してみます」  そう言うと、アラステアは柄を握り、息を吸う。  今度は、刀身全体に光の筋が入り、蛍光色の緑の光が走る。 「緑の光を纏うと、体が軽くなった気がします。紫色の状態でも、レギナスグラディオを持っていないときより、体力がずっと向上しているみたいです」 「すごいじゃないですか、アルさん! レギナスグラディオを使いこなせていますね!」 「あはは……エルさんと、フルストさんのおかげです。毎日魔力の込め具合だとか、感覚を体に覚え込ませるのを手伝ってもらいましたから」  アラステアは恥ずかしそうに笑う。確かに、アラステア一人では、ここまでレギナスグラディオを使いこなすことはできなかっただろう。とはいえ、超極大魔法級の魔力を毎日ぶっ続けで込めるという荒技をした結果なので、本当ならアラステアの体が保たない可能性さえあった。そこは黙っておくのが吉だろう。  エレインはレギナスグラディオの刀身に触れる。わずかに、緑色の光が揺れた。おそらく、溜め込んだ魔力がエレインの魔力と反応しているのだろう。  そっと剣先に右手の人差し指を触れさせたエレインは、魔法を詠唱する。 「《正義を為せ|ファク・クォド・レクトゥム・エスト》、《真実を語れ|ディク・クォド・ウェルム・エスト》」  青い光が刀身を包む。徐々に青は藍へと変わっていき、輝きを内包しはじめた。 「《大地から|ノン・エスト》《星までの|アド・アストラ・》《道は|モルリス》《平穏ではない|・エ・テルリス・ウィア》、《しかし|アト・ターメン・》《困難を通じて星々へ|ペル・アスプレーラ・アド・アストラ》、《我は汝|トゥ・フュイ》、《汝は我|エゴ・エリス》。《我は汝とともに生きる|ネク・ポッスム・エッフゲレ》、《我は汝なしでは|クィスクァム・ネク》《生きていけないだろう|・アモーレム・ポテスト》」  まるで夜空のような刀身に、アラステアは見入っていた。エレインはそんなアラステアを見て、微笑む。 「《愛よ|アモル》、《勝利せよ|ウィンキト・オムニア》!」  それは聞き様によっては愛の告白であり——魔道師にとっては、最上級の褒め言葉だった。  星空のような刀身を持つに至ったレギナスグラディオを、アラステアは目を閉じて、感覚を覚えていた。しばらくすると、目を開け、エレインのほうへと顔を向ける。 「すごく暖かいです。エルさんの気持ちが伝わってきている気がします」 「ふふっ、どんな気持ちですか?」 「それは、その……えっと」  困るアラステアの顔を見て、少し意地悪な質問だったかな、とエレインは思った。  とにもかくにも、アラステアは確実に成長していた。いずれ、レギナスグラディオの魔力と完全に同調して、不老の身となったと言えるようになるだろう。  そのときには、フロレンシアと会わせてあげたい。  エレインはそんな思いを胸に抱き、サンドイッチの大皿を食堂の流し台に置きに行った。 ☆  大陸歴一七九七年、一月二十日、朝。  エレインのもとに、一通の手紙が届いた。  差出人は——フロレンシア・オズワルドと署名がある。  エレインは急いで封を切る。中にはザラザラとした和紙のような紙質の便箋が二枚入っていた。  手紙には丁寧な字でこう書かれていた。 『拝啓 エレイン・ディクスン様。この度は私のためにご尽力くださり、誠にありがとうございました。事情は父とナイジェル様からお聞きしました。あの日から順調に私は回復し、今では一人で出歩けるほどとなり、こうして父に内緒でお手紙を出すことも叶うようになりました。そして、エレイン様には是非ともお伺いしたい儀がございます』  エレインは紙をめくる。 『私の息子、ウェイルのことをご存知でしたね。ウェイルは元気でしょうか。十八年ほど前に通りすがったエクリア村に置いてきてしまったことを、毎日のように悔やみ続けておりました。あの当時は夫が病に倒れ、私一人が生活することで精一杯だったのです。いえ、何を理由にしても、親が子を捨てたことには変わりありません。私はあの子に会う資格がないのです。それでも、もしあの子が自分の父母について知りたいのであれば……どうか、エレイン様の口から伝えてあげて欲しいのです。すべて包み隠さず、教えてあげてください。図々しいお願いであることは承知の上です、どうか、よろしくお願い申し上げます』  手紙はここで終わっている。会いたいのに、会えないということを受け入れた彼女は、エレインにすべてを託していた。  アラステアは、この事実に耐えられるだろうか。もし自分の母が今も生きていて、連絡が取れるということになれば——会いに行きたがるだろうか。  エレインは悩んだ末、フルストに相談することにした。あの魔王は、エレインが絡んでいなければ実に真面目に対応してくれるのだ。なぜエレインが絡むとあれほど脳みそがピンク色になるのか、エレインは不思議でしょうがない。  さっそく、エレインは手紙を《認|したた》める。聞くことは単純だ、アラステアに話すべきか否か、ただそれだけだ。  手紙を一枚書き、封筒に入れ、エレインはメルヴィルのもとへ向かう。 「メルヴィルさん、お願いがあるのですが」 「はい、何でしょう?」 「魔王陛下にお手紙を出したいのです。普通の郵便だと時間がかかりますから、魔法で送ろうと思うのですが……魔王城にそのまま送ってもかまいませんか?」 「ああ、それでしたら、私が送りましょう。大丈夫ですよ、中身は見ません」 「ありがとうございます。では、お願いします」 「かしこまりました」  メルヴィルはそう言うと、机の上に置いた封筒に手をかざす。 「《手紙よ|エピステュラエ》、《バラジェニカ|バラジェニカ・デ・レギアエ》《魔王城へ届け|・リベラ・リトテラス》!」  ほんの一瞬、小さな魔法陣が展開されたかと思うと、吸い込まれるように手紙は消えた。 「これで陛下の執務机の上に転送されたはずです」 「助かりました。悩みごとの相談だったので……お恥ずかしいですけれど、陛下のご厚意に甘えてしまって」 「ははは、大丈夫ですよ。陛下は生真面目な方ですので、きちんと対処なさってくださるはずです」 「ええ、そう思います。私のような庶民とも気さくに話してくださいますし」  エレインがそう言った途端、メルヴィルの表情が少し変わった。何と言うべきか、困った顔をしていた。 「エレイン様。実は……陛下は、確かに魔族なのですが、魔王に選ばれるような高位魔族の出ではないのです」  今度はエレインが困惑の表情を見せる番だった。  高位魔族の出ではない? 確かに、魔王は高位の魔族から選ばれることが多いらしいが、それほど珍しいことなのかと言われれば、そうでもない。魔族は血による能力の遺伝があまりないため、高位魔族というのは養子を取ることもままあると聞く。 「我々魔族は生まれつきの能力差がとても激しい種族です。努力でどうにかできる範疇を超えてしまっているくらいに。しかし、フルスト魔王陛下は努力で魔王の座に選ばれた、大変優秀かつ希少なお方なのです。普通の魔族の家に生まれ、努力で頭角を現し、アイテールスバルの前に立つことを許されるほどの実力を示した……魔族の常識を覆したお方です。ですから、エレインさんが思う以上に、陛下は苦労なさっているのですよ。まあ、普段の行動や言動は、それを疑わせるものばかりですが」  最後の一言が余計だった、とエレインは思う。しみじみしていた雰囲気がぶち壊しだ。  とにかく、フルストが苦労人だったということは分かった。才能に頼らず、努力でのし上がる——エレインと対極の存在であることも。  悔しいとか、ざまあみろとか、そんな気持ちは一切なかった。ただ、フルストは孤独だろうな、とは思った。  普通の魔族の家に生まれ、普通に暮らして、普通の家庭を持って、普通に生きていくという人生を、彼は選ばなかった。  一体、今はどんな気持ちなのだろう。今度会ったときは、少しは優しくしてあげよう……いや、その時々によるが、努力はしてみよう。  エレインはそう誓った。 ☆  夜。  エレインの執務机に、黒い封筒が届いた。  いきなり机上に魔法陣が現れ、黒い封筒を吐き出し、魔法陣は消えていった。間違いなくフルストの仕業だ。  エレインはペーパーナイフで封筒の封を切る。  中から出てきた黒い紙に、白い文字でこう書かれていた。 『親愛なる我が花嫁へ。俺を頼ってきたということはこれはもしやプロポーズか? だったら早く言えばいいものを、まったく恥ずかしがり屋め』  そこまで読んで、エレインは手紙を投げ捨てたくて仕方がなかったが、アラステアのためだ、しょうがなく続きを読む。 『さっそくだが、本題に入ろう。勇者アラステアに出生の秘密を語るかどうか、という話だったな。俺個人の意見としては、話してやったほうがいいと思っている。問題は、話した後どういう対応をこちらが取るか、ということだ。慰めてやるもよし、実母に会わせてやるもよし、お前がどれほど貢献したかを説くもよし、だ。特に最後は切々と語るがいい。お前の貢献度合いは、俺が《大知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》でよく知っている。星元素魔法を使ったようだな』  エレインはぎくり、とした。この魔王、いくら《大知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》を使ったとはいえ、そこまでのことを知っているとは、やはり侮れない。 『心配性かつ慎重なお前のことだ、おそらくは《大魔道師|マグナス・マギ》にも星元素魔法のことは知らせているだろう。星元素魔法はどれほど触媒を使おうとも、必ず使用者の生命力を削る魔法だ。回復には時間がかかる。あの香水を使うことと、俺からはもう一点、回復に役立つ代物を贈ろうと思う。明日の朝、執務机の上に置いておく。それを着けてしばらく過ごすように。以上だ』  半分は手紙の回答、半分はエレインを心配する内容だった。やはりフルストの手紙だ、間違いない。  しかし、フルストの意見はなかなかまともだった。アラステアとてもう大人だ、エレインが思うほど子供ではないし、取り乱すようなこともないだろう。アフターケアさえきちんとしてやれば、親子関係の修復も上手くいくかもしれない。  そうと決まればさっそく、アラステアのところに行こう。エレインはコートを羽織り、マフラーと手袋をして——手紙をポケットに忘れずに入れて、執務室を出た。  案の定、アラステアは庭でレギナスグラディオの素振りを行なっていた。刀身を藍色に染め上げ、煌めく軌跡は夜でも眩いほどだ。 「アルさん」  エレインはアラステアに声をかける。アラステアはピタリと素振りを止め、振り返った。 「あ、エルさん。今日は……夜食じゃないですよね」 「残念ながら。少しお話があって」 「話?」 「この間の星を見た丘に行きましょう。今日もよく晴れていますから、星が見えますよ」 「いいですよ。ちょっと待ってくださいね」  そう言うと、アラステアは地面に置いていた鞘を取り、レギナスグラディオをしまう。そして腰のホルスターに差し込み、エレインのほうへやってきた。 「じゃあ、行きましょうか」 「はい!」  アラステアは元気よく返事をする。明朗快活な少年だ、エレインより一つ年上とは思えないくらい、幼さが残るが——それも個性の一つだろう。  二人は《黒曜館|こくようかん》を出て、すぐ近くの丘の上へと登る。エレインはアラステアに手を引かれ、一歩一歩確実に登っていく。  二人は枯れ褪せた芝生の上に座り、空を見上げた。満天の星空が、今にも星が降ってきそうな夜空が、そこにはあった。  エレインは芝生に寝転ぶ。すると、隣に座るアラステアも同じように寝転び、二人は微笑む。 「星が綺麗ですね」  エレインがそう言うと、アラステアは頷いた。 「ええ。手が届きそうなくらい、たくさんありますね」 「一番近くにある星は、月なのですよ」 「そうなのですか?」 「はい。いずれ人は月に行けるようになります」 「へぇ……夢のある話ですね」 「本当ですよ? あと何百年かかるかは分かりませんけれども、必ず人は月の土を踏みます」 「あ! じゃあ、月にいる神様とも会えるのかもしれませんね!」  アラステアは無邪気に笑う。月にいる神様とは、ユーファリアに伝わる神話に出てくる月の女神ソーテイラーのことで、冥界の主とされている。そんなもの、もちろん現実にいはしないが……夢を壊すのは大人げない。エレインは静かに頷いた。 「そうかもしれませんね。アルさんは神様に会えたら、何をお願いしますか?」 「そうですねー……エルさんが幸せになりますように、かな」 「私?」 「ええ。エルさん、自分で気づいていないかもしれませんが、時々すごく寂しそうな顔をしているときがありますよ。ずっとどうしてか聞けなくて、何もしてあげられなくて申し訳なかったのですが……その、幸せになれたら、寂しい顔もしないかな、って」  アラステアはエレインを見つめながら、そう言った。  真っ直ぐな瞳だった。エレインは前世の桜子の記憶を思い出すたび、無意識のうちにきっとその『寂しそうな』顔をしていたのだろう。アラステアはそれをしっかり見ていて、エレインが幸せではない、という結論に至ったのだ。  私のことなどどうでもいいのに。そう思いながらも、エレインは頬が緩んだ。 「ありがとうございます、アルさん」 「いいえ、本当なら僕が幸せにしてあげたいのですが」  そこまで言って、アラステアははたと気づいたらしい。  その言葉は、プロポーズも同然だ、と。 「あ、その、幸せにするって、そういう意味じゃなくて、えっと!」 「アルさん、落ち着いて落ち着いて。大丈夫ですから」 「……すみません、取り乱しました」  アラステアは顔を真っ赤にして謝罪する。  勇者なのに、この少年は本当に純真すぎる。エレインは思わず笑みをこぼした。 「あ! 笑わないでくださいよ!」 「ごめんなさい、つい」 「もう、からかわないでください! ああ、そうだ!」  突然、アラステアは話題を逸らすように叫ぶ。  エレインは尋ねた。 「どうしました?」 「エルさん、僕に話があるって言っていましたよね? 何の話ですか?」  ああ、そうだった。  エレインはやっと本来の目的を思い出し、上体を起き上がらせる。  ここまで来れば、あとはなるがままに任せるしかない。  エレインは覚悟を決めて、こう言った。 「アルさん、あなたのお母様は、生きてらっしゃいます」 ☆ 「僕の、母?」 「ええ、そうです。先日、私が王都へ行ったのはその件で、でした。王都から南ユーファリアへ行き、クィネルという街に行ったのです」  アラステアはまだ状況が飲み込めていないらしい。目をパチクリさせながら、エレインの話に聞き入っていた。 「あなたのお母様、フロレンシア・オズワルドさんは、十八年前、あの手紙とともにあなたをヘフィンさんの自宅の前に置いて去って行かれました。それは手紙に書いてあるとおりです。そしてクィンさんに調査してもらったところ、十五年前、服毒自殺を図り、それ以来眠ったままの状態だったとのことです」  ええい、ここまで来たら、すべて言ってしまえ。エレインは大きく息を吸い込み、話を続ける。 「私はクィネルの街に行き、フロレンシアさんを目覚めさせました。ある特殊な魔法を用いて、ですけれども……それは聞かないでください。とにかく、フロレンシアさんは目を覚まし、今朝、直筆のお手紙を受け取りました。あなたが自身の素性を知りたいのであれば、私の口から伝えて欲しい、と書かれていました」  アラステアは黙ったままだ。  真剣な眼差しにエレインは少し押されがちだったが、気をしっかりと保つよう心がけ、何とかアラステアと目を合わせつづけた。  アラステアは何かを言おうとして口を開け——閉じた。まだ頭の中で整理がついていないのだろう。上体を起こし、片膝を抱きかかえる。  しばらく、アラステアはそうしていた。エレインはアラステアが何か喋るのを待っていた。たとえそれが罵倒でも、感謝でも、何でもいい。沈黙ほど怖いことはないのだから。 「エルさん」 「はい」 「その手紙、今、持っていますか?」 「ええ、あります。ちょっと待ってくださいね」  エレインはコートのポケットに手を突っ込む。あの和紙のような便箋を二枚取り出し、アラステアに渡した。  アラステアは便箋を受け取ると、文字を目で追っていた。どの程度読めているのかは分からないが、懸命に読もうとしていることは伝わってくる。  アラステアは何度も紙をめくり、二枚の紙を見て、悲痛そうな表情を浮かべていた。エレインは、それを見ているしかなかった。  やがて、アラステアは便箋を閉じた。無言でエレインに差し出し、両膝を抱えてうずくまる。  微かにだが、嗚咽が漏れている。  アラステアは泣いていた。エレインはどうすることもできず、ただアラステアの傍らにいた。  風が寒々しい。星は瞬くが、何の助けにもならない。  こういうときにどうすればいいのか、エレインにも桜子にも分からなかった。家族と縁のなかった桜子には、父母がいようといまいと同じだったからだ。エレインとなってからは家族から離れる寂しさも理解できるようになったが、それも最初から家族が揃っていたからだ。アラステアのように捨てられて、いきなり母だと名乗る人物が現れて、混乱するという理屈は分かるが、感情までは理解できない。  だから、エレインはアラステアの背中をさすってやることくらいしかできなかった。  もっと気の利いたことができれば、と今更ながら人生経験がないことをエレインは悔やむ。 『あー、こほん。聞こえますか、お二人とも』  突然の声に、エレインはビクッとして、辺りを見回す。  若干ノイズが入っているが、メルヴィルの声だ。ということは、魔法か。 『私です、メルヴィルです。今、《遠隔通信魔法|エピストゥラエ》を使っております。《遠隔透視魔法|オクロアエ》でお二人を見ておりますが、そこは寒いでしょうから、早く館にお戻りください。アルさんも、ほら立ってください』  メルヴィルは魔法を使ってわざわざ覗き見た上に指示までしてきた。ちょっと腹立たしいが、寒いのは事実だ。エレインはアラステアを支えつつ、丘を降りた。  広間では、《光魔法|ルクス》による明かりが灯され、暖炉に火が入っていた。二種類の毛布を持って待ち構えていたメルヴィルが、エレインとアラステアの肩にそれぞれ掛ける。暖炉の前に椅子を持っていき、そこにエレインとアラステアは座った。暖炉の火が身に沁みるほど暖かい。 「温かい飲み物を今ご用意しますので、少々お待ちください」  メルヴィルはそう言って、食堂へと向かっていった。執事としては満点なのだが、魔法での覗き見と指示はいただけない。  とはいえ、今はそれどころではない。  アラステアは泣きながら鼻をすすっていた。エレインはハンカチを差し出す。 「……ありがとう、ございます」  そう言って、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、アラステアはハンカチで覆う。  これは治るのにしばらく時間がかかるな、とエレインは見た。案の定、メルヴィルがホットミルクを持ってくるまで、アラステアは泣き止まなかった。 ☆ 「ホットミルクをお持ちしました。蜂蜜も入っていますよ」  アラステアは、メルヴィルの差し出したマグカップをそっと受け取る。そしてずずず、と飲みはじめた。ようやく泣き止んだ。  エレインもメルヴィルからホットミルクをもらい、飲む。適度な温度に冷まされており、飲みやすい。隣ではまだアラステアが鼻をすすっていた。 「具体的に何があったかまでは知りませんが……こんな寒空のもと、外に長居をするのは感心しませんね。エレイン様、内緒話ならば《防音魔法|ノンソノル》でも使ってください。私もそこまで配慮しないわけではありませんから」 「はい……すみません」 「アルさんも、いつまでも泣かないで、ちゃんと話をしましょう。私はこれで失礼しますので、お二人とも、きちんと対話をなさってくださいね。ああ、マグカップは水に浸けておいてください。後で洗っておきますので」  メルヴィルは多少強引ながらも、エレインとアラステアとの間を取り持ってくれた。そして広間から出ていく。  アラステアはエレインのほうを向き、頭を下げた。 「すみませんでした、エルさん。取り乱してしまって、情けないです」  鼻の頭を真っ赤にしながら、アラステアは顔を上げた。  エレインはその顔を見て、少し安心した。泣きに泣いたためか、少々スッキリして見える。 「それはいいのですけれども」 「母のこと、ですよね。大丈夫です。手紙は……全部は読めませんでしたが、大体のことは分かりました。おそらく僕の父がもういないことも、母が十五年間も眠っていたことも、知りました」 「そうですか……その、お母様に返事を書かれてはいかがですか?」 「はい、そのつもりです。本当は直接会いに行きたいですが、我慢します」 「どうして?」 「僕はきっと、歓迎されなかった子です。母がいくら僕に気を遣ってくれていても、僕が捨てられた事実には変わりありません。僕の家族は義兄《あに》だけです。もちろん、あちらが僕を気にしてくれていても全然かまいませんが」 「そういうものですか」 「それより、エルさんは大丈夫なのですか? 特殊な魔法を使ったって、まさか危険なことをしたわけじゃありませんよね?」 「ええと……宝石を触媒にしたので、大丈夫ですよ。香水もつけますし」  エレインの言葉を疑ったのか、アラステアはエレインの顔を覗き込む。 「本当ですか?」 「本当ですよ」 「絶対ですね?」 「絶対です」  エレインはアラステアから目を逸らさず、言ってのけた。  しばらくの間、睨み合いは続いたが——やがてアラステアが折れ、納得する形となった。 「なら、いいです。ありがとうございました、エルさん。僕の母だった人を助けてくれて」  アラステアは何気なく言ったのだろうが、エレインはアラステアの言葉に違和感を覚えた。  僕の母だった人。  気にしていないなら、そんな言葉を使うだろうか。 「アルさん」 「はい?」 「やっぱり、直接会いに行きましょう。私は一度クィネルに行きましたから、《転移魔法|モビリス》でひとっ飛びです」 「ええっ!? いや、いいですよ! 何だか悪いですし、気まずいですし」 「だめです。ここで止めたら、後悔します。そんな気がするのです」  そんな気がする、というのは女の勘のようなものだ。絶対ではない、けれどその可能性を捨てきれない。ならば、後悔しない選択肢を取るしかないのだ。前世の桜子が取ったように、アラステアにもその選択をしてほしい。自分勝手なわがままだと分かっているが、押し付けざるを得ないのだ。  だって、死んでしまったら会えなくなる。後悔を残せば、今後の人生をも左右しかねない——あの日、桜子が絶望の卒業式を迎えたときのような——それだけは、避けてほしいからだ。 「……分かり、ました」  か細い声で、アラステアはそう言った。確かに、エレインの耳にはそう聞こえた。 「じゃあ、明日、朝一で向かいましょう。自警団の団長さんに連絡を取ってもらって、会わせてもらえるよう頼みます。ね?」 「はい。その、頑張ります!」  こうして、二人の明日の予定は決まった。 ☆  大陸歴一七九七年、一月二十一日、朝。  フルストの手紙に書かれていたとおり、エレインが朝執務室に立ち寄ると、執務机の上に一つの小箱が置かれていた。手のひらサイズの小箱を開けてみると、エメラルドをあしらった金のブレスレットが出てきた。エレインはブレスレットを左手に嵌める。フルストの言が本当ならば、失われたであろう生命力を回復するのに役立つはずだ。  どうにも、あの星元素魔法を使ってからこっち、エレインは朝の低血圧がひどくなっていた。起き上がれないだけならまだしも、頭痛や吐き気まで催すため、仕事にも支障が出る始末だった。  とはいえ、星元素魔法を使ったこと自体に後悔はない。多少の被害は我慢だ。  エレインは首元に香水を一振りし、アラステアの待つ玄関へと足を運ぶ。今日はコートはいらない、バッグと少しの金貨を持って出た。  玄関前には、すでに準備を整え、今か今かと待っているアラステアの姿があった。最初は乗り気ではなかったものの、一度決まってしまえば突っ走る傾向にあるこの勇者は、エレインの姿を見るなり声をかけてきた。 「エルさん、おはようございます!」  エレインも挨拶を返す。 「おはようございます。さっそく、魔法陣を書きますね」 「はい!」  二人は庭に出て、エレインが木の棒を使って地面に魔法陣を描いていく。ものの五分とかからず地面に描かれた魔法陣は、ちょうど人二人が入れる大きさだ。  エレインはアラステアの右手を握り、魔法陣へと入る。そして、魔法を唱える。 「《転移魔法|モビリス》、メリディアヌス・ユーファリア・クィネル!」  ぐにゃり、と視界が歪む。  一瞬だけ無重力になった感覚が襲ってきた。これにはどうも慣れない。  気がつくと、二人は以前魔法陣を描いたクィネルの街外れに到着していた。  初めてクィネルの土を踏んだアラステアは、暖かさに驚く。 「暑い、ですね……冬なのに」  それはそうだろう。地球で言えば赤道直下にほど近い亜熱帯地域にあるのだから。 「さあ、まずは自警団の本拠地に行きましょう」 「はい! ……どうして自警団なんですか?」 「あなたのお母様に連絡を取り次いでもらうためです。それと、挨拶もしておかないといけませんから」 「なるほど?」  アラステアは分かったような、分からないような顔で頷いた。  自警団の本拠地まではそれほどかからなかった。一度来た道だ、エレインはすでに覚えている。  相変わらず『《自警団|ウィギランテ》』の看板は古かった。エレインは観音扉を開き、中へと入る。  受付の魔族のお姉さんが声をかけてきた。 「あら、エレインちゃんじゃない! また来てくれたのね!」 「お久しぶりです。今日は団長さんはいらっしゃいますか?」 「ええ、もちろん。庭園で食事をしていると思うから、行ってみて」 「分かりました。ありがとうございます」  ぺこり、とエレインは頭を下げた。アラステアも同じく頭を下げる。  受付の魔族のお姉さんは、「頑張ってね!」と言ってくれた。エレインとアラステアはもう一度会釈し、自警団の建物の奥へと進んでいく。  庭園に辿り着くと、木々に囲まれて優雅に朝食を摂っている最中のナイジェルがいた。エレインの姿を認めると、ナイジェルは笑顔になって手を振る。 「エレインじゃないか! よく来たな、こっちへ来い!」  誘いに応じ、エレインはナイジェルのもとへと行く。その後ろをアラステアが付いてきた。  ナイジェルは上機嫌でエレインに話しかけてきた。 「久しぶりだな! 今日は……後ろのやつが用件か?」 「ええ。フロレンシアさんと連絡を取っていただきたいのですが、よろしいですか?」 「それはかまわないが、オズワルド老に知られたくないことか?」 「できれば、今は。すぐに受け入れられないかもしれませんから」 「また事情があるみたいだな。分かった、連絡を入れておく。昼過ぎにはなると思うから、それまで時間を潰していてくれ」 「分かりました。ありがとうございます」  エレインが一礼すると、アラステアもそれに倣って一礼する。 「ありがとうございます!」  ナイジェルは吹き出した。 「はっはっは、随分元気のいい坊主だな! 名前は?」 「アラステア・グランです! アルと呼んでください」 「よし分かった、アル。ちゃんとエレインの護衛をするんだぞ、その腰の剣は飾りじゃないんだろう?」 「はい! 分かりました!」  アラステアは元気よく返事をする。どうやら、ナイジェルに気に入られたようだ。  二人は一度自警団本拠地を後にし、街中を散策することにした。フロレンシアへの土産物を買わなければならないし、何より、前回来たときは忙しすぎて、ゆっくり街中を見ることもできなかったからだ。  クィネルは港町だけあって、南風の潮風がエレインの髪を揺らす。少し高台へ行くと、港に大型の帆船がいくつも入港し、船で埋め尽くされている風景を目の当たりにすることができた。  店々が開く時間帯になると、エレインとアラステアはフロレンシアへの土産物を選びに商店街へと足を運んだ。以前行った宝飾店で小さな翡翠のネックレスを買ったり、服飾店で手編みレースのスカーフを選んだり、朝食を食べにおしゃれなカフェに入ったりと、まるで観光気分で二人はクィネルを散策する。  日が天高く昇ったころ、そろそろかな、と思い、エレインとアラステアは自警団の本拠地に戻った。  受付の魔族のお姉さんに挨拶を済ませ、庭園へと入る。  そこには——赤毛の女性とナイジェルがいた。  間違いない。赤毛の女性はフロレンシアだ。二週間ほど前に見た痩せこけた姿よりもずっと若々しく、美しくなっていた。  アラステアは足を止める。自分と同じ赤毛の女性を見て、思わず、といった具合に。  エレインはアラステアへ努めて優しく声をかけた。 「大丈夫ですよ、アルさん。私もついていきます」 「……はい、分かりました。頑張ります」  アラステアは自信なさげだった。だが、足取りはしっかりしている。  一歩一歩、足を踏み出す。  それはまるで、覚悟を決めたかのような足取りで、昨日あれだけ泣いていた少年と同一人物とは思えないほどしっかりとした歩みだった。  エレインとアラステアは、ナイジェルとフロレンシアの前へと歩みでる。 「あの……フロレンシア・オズワルドさん、ですか?」  アラステアがそう尋ねると、フロレンシアは目を大きく見開き、立ち上がってアラステアの顔へと手を伸ばす。 「ああ……まさか、本当に、ウェイルなの? ヘイファルそっくりの顔立ちだわ!」 「……本当に、お母さんなんですね。僕は、アラステアです、ウェイルではありません」  アラステアはそう言うと、頬に当てられた手を握りしめる。 「そ、そうなのね。じゃあ、アラステア……あなたは」  フロレンシアは、一度吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。少しの間を空けて、フロレンシアはこう言う。 「元気、だった? 私は……ずっと眠っていたから、こんなに老けちゃって、自分でも驚いたのだけれど」  アラステアは、満更でもない表情で、答える。 「ええ、元気ですよ。風邪も引いたことがないくらいに」 「そう、なら、よかった……本当に、よかった」  フロレンシアは、嗚咽を漏らしながら、膝から泣き崩れた。  それを見たアラステアは、フロレンシアの体を支え、背中をさする。 「やっぱり……会えてよかったと思います」  アラステアはエレインのほうを向いて、こう言った。 「ありがとうございます、エレインさん。きっと、僕一人ではここまで辿り着けなかったでしょう。本当に……本当に、ありがとうございます」  涙声になりつつも、アラステアは最後まで言い切った。  エレインとナイジェルは、二人を庭園へ残し、自警団の団長室へと向かった。 ☆ 「それはそうとエレイン、ついこの間お前のことを知って驚いたぞ。何でも、次代の《大魔道師|マグナス・マギ》と呼ばれる天才児だそうじゃないか。しかも西ユーファリアの国王直々に領地を与えられた領主様と来た! 何で早く言ってくれなかったんだ?」  気安く肩に手をかけようとしたナイジェルの手を避け、エレインは答える。 「お言葉ですが、それを言ってあなたの態度が変わったとは思えません」 「ははは、違いねぇ!」  ナイジェルはエレインの背中をバンバン叩く。痛い。 「それでもだ、一応ここにも面子ってもんがある。実際、『眠り姫』が目覚めた一件が、南ユーファリアの国王の耳にも届いてな。事情を説明しろってんで、俺とオズワルド老が王城に行かされたんだ」 「それは……すみませんでした。説明と言っても、説明できることは」 「ああ、安心しろ。お前のことは俺が独自に調べただけだ。国王にもオズワルド老にも言ってねぇよ」 「それならよかった。ありがとうございます」  エレインはほっと胸をなでおろした。  ナイジェルは単に水臭いと思ったのだろう。それはそれで申し訳ないが、エレインとしては、あまり派手なことをしてはアラステアやオズワルド家に迷惑がかかると思ったのだ。もちろん、杞憂だったわけだが。  ナイジェルは団長室にエレインを案内する。港を一望できる三階のバルコニーに、人間のお姉さんがお茶を運んできてくれた。ナイジェルとエレインはバルコニーの床几に座り、お茶を飲む。 「そうだった。こないだもらった金貨二百五十枚、全部使わせてもらったぞ」 「看板代にですか?」 「いや、丘の上に自警団が経営する孤児院があってな。そこに全額投資したんだ。ガキどもの読み書きやら計算の手習いの教師を雇えてな、その上建物も直せた。お前には感謝してもしきれねぇ」  ナイジェルはそう言って、両膝に手を置き、頭を下げた。 「ありがとよ、エレイン。お前の魔法は確かに人を幸せにした。そのことを伝えたかったんだ」  ナイジェルは真正面から、エレインに感謝の言葉を述べた。  エレインは、少々戸惑いながらも——ナイジェルの厚意は本物だ、という確信が持てた。ナイジェルの言葉は、エレインの心に染み渡る。  ああ、ここに来てよかった。エレインはそう思った。  お茶を一杯いただく間に、エレインはナイジェルと今後について話をした。 「オズワルド老はお前の言ったことを守って、王城でも『娘は突然起き出した』ってことを証言した。俺も同じことを証言したよ。一応、自警団の連中にも、お前のことは緘口令を敷いてある。誰かが探りに来てもだ、安心しろ、ここは俺たちの縄張りだ。何重にも《警戒魔法|ウィギランティア》をかけているし、知らないやつがいればすぐに分かる」 「それならよかった、安心しました。他領で魔法を使ったことが知られると、それも違う国ですから……摩擦の原因になりかねませんし」 「ああ、そうだな。当面は心配ない、俺が生きている間はな。オズワルド老も秘密を墓まで持っていくだろうさ」 「そのオズワルド老ですが……アラステアさんと会わせないほうがいいでしょうか?」  ナイジェルは頭を抱える。 「難しい話ところだな……少なくとも、娘を無理矢理連れ戻して、服毒自殺未遂をさせた原因はオズワルド老だ。一生娘に負い目を感じて生きていくだろうし、その娘が駆け落ちして生まれた子供をいい感情で迎え入れられるかと言えば、無理だろうな。他にも、財産分与の問題も絡んでくるし、やめておいたほうがいいな」 「そうですか……致し方ありませんね」 「まあ、もし万が一、俺のところに孫に会わせてくれ、っつって頼みに来たら、考えてもいい。そのときはお前にも連絡したいんだが、連絡先を教えておいてくれ」 「分かりました」  エレインはバッグから紙とペンを取り出し、『西ユーファリア王国ディヴァーン領クルナ《黒曜館|こくようかん》、エレイン・ディクスン』と書いた紙をナイジェルに手渡す。 「ありがとよ。何かあったら、また連絡するからな」 「ええ、お気軽にどうぞ」 「さて、そろそろ親子の再会も潮時だろう。下に降りるか」  ナイジェルはそう言って、エレインを伴い庭園に降りた。  庭園では、アラステアとフロレンシアが椅子に座って仲良く話をしているところだった。微笑ましい風景だ。 「アルさん、どうですか?」  エレインはアラステアに声をかける。 「あ、エルさん! その……母さん」 「はい、なぁに?」 「エルさんのおかげで、僕は今、ここにいます。だから、もうしばらくはエルさんのために働きたいのです」 「うん、それがいいと思うわ。私も、エレインさんがいなければ、こうしてあなたとお話しすることもできなかったもの。ありがとう、エレインさん」 「ありがとうございます、エルさん!」  エレインは親子二人に感謝されてしまった。ナイジェルは後ろで笑っている。 「どういたしまして。じゃあ、アルさん」 「はい。名残惜しいですが、今日はこの辺りで失礼します。また、会える日を楽しみにしています、母さん」 「……うん、私もよ。私の可愛いアル。必ず、手紙を書くから」 「はい! ……ええと、僕はあまり字を読むのが得意じゃないので、できれば易しい言葉でお願いします」 「ふふっ、そんなところまでお父さんそっくりなのね」  ふと、フロレンシアは、涙を一筋こぼした。 「ごめんなさい。大丈夫だから、もう行って。ありがとう、また会いましょうね」  フロレンシアは気丈に振る舞う。アラステアはその姿を見て、踵を返した。 「……はい。それじゃあ、失礼します」  こうして、親子の再会は幕を閉じた。
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