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 モノノケとは、端的に言えば『実体を持った生物の幽霊』である。死んだ生物のこの世への未練が強く、生きてる生物に乗り移って暴走する。未練を解消すれば成仏するが、大体は手遅れである。よって魂を壊すしかなくなる。  そしてそれが出来るのが、闇属性の魔力者、さらにその中でも一部の者だけだ。白夜の冷幻家も、そこに含まれる。 「誰もいないね」 「いないな」  さほど広いわけでもない公園にやってきた蘭李と白夜。蘭李は鞘に入ったコノハを手に持っている。二人は公園内を見回した。ブランコ、鉄棒、滑り台しか遊具は無い。住宅地の隙間に取って付けたような立地で、人はほとんど訪れない。今も人っ子一人いなかった。 「まあこの方がやりやすいけど」  そう言いながら、白夜は草むらを覗き込む。興味本位でついてきた先祖三人は案の定、遊具の周りで騒いでいた。 「なんじゃこれは!」 「変な形してるな……」 「何に使うんだろー? 拷問かなー?」 「うーん、今の時間は出てこないのかなー」  蘭李もしゃがみこみ、白夜とは別の草むらを覗きながら尋ねた。 「時間帯で変わるの? モノノケの出現率って」 「いや、今寝てるのかなって」 「モノノケって寝るの?」 「分からん」 『ハズレ』と書かれたアイスの棒が落ちているのに蘭李は気付いた。その周りには、たくさんの蟻が群がっている。うわ、と彼女は若干顔を引きつらせた。 「冬アイスかよ……」 「ん? どうした?」 「アイスの棒が落ちてた」 「あー、冬アイスもなかなか美味いよな」 「えっ、あたし無理。お腹壊しちゃう」 「マジで? 人生半分損してるよ」 「そんなに!?」  蘭李は立ち上がり、また別の草むらを捜し始めた。そんな彼女のもとへ、蜜柑がふよふよと寄ってきた。 「あいすとは何じゃ?」 「え? ああ、アイスっていうのは……うーん。何て言えばいいの? 冷たい食べ物?」 「アバウトだなぁ」 「だっていざ『アイスとは?』って聞かれると……分かる?」 「まあたしかに……―――」  ―――――――――ガサガサッ 「うわあッ!?」  突然、蘭李の目の前の草むらから、何かが飛び出した。飛び出したソレは、そのまま公園から走り去っていく。白夜は素早くそれを追いかけた。蘭李も彼女を追って走るが、急停止した白夜にはすぐに追い付いた。 「どうしたの!?」 「今のモノノケだった……」 「えっ!? なら早く追いかけた方が……」 「……ごめん! 太刀忘れたから一旦帰る! モノノケの後追って場所知らせてくれる!?」 「えっ!? あっうん! 分かった!」  白夜はすぐそばの自宅までダッシュする。一方、勢いのままに返事をした蘭李は、見失わないうちにモノノケを追いかけた。よく見るとモノノケの後ろ姿は、真っ黒い体をした狐のようだった。 「子孫や、見失うでないぞ?」 「がんばれー! 走れー!」  必死に走る蘭李と対照的に、蜜柑と睡蓮はラクチンそうに彼女と並走ならぬ並游していた。その姿に少しの苛立ちを覚える蘭李。しかし、そんなことを思っている余裕があるほど、彼女の体力は多くなかった。  モノノケが陸橋の階段を上っていく。それを見た蘭李は、億劫な声をこぼした。 「マジかよ……階段……」 「さあ上るのじゃ! 子孫よ!」 「がんばれー!」 「もおおおやけくそだ!」  蘭李も陸橋を駆け上がっていく。すれ違ったカップルには不審な顔をされるが、気にしてなどいられない。  陸橋を駆け反対側の階段を、モノノケは一跳びで下りきった。蘭李も急いで下りるが、入り組んだ住宅地に紛れたモノノケを見失ってしまった。 「どこいった……!?」 「僕探してくる!」 「我も行こうかの!」  蜜柑と睡蓮がそれぞれ飛んでいった。蘭李はゆっくり歩きながらコノハを左手に持ちかえ、息を整える。  陸橋で繋がる、線路を挟んで向こう側の『西エリア』は、殺伐としている。誰もが口を揃えてこう言った。墓地が至るところにあるからなのか何なのか。そのせいで、蘭李達の住む『東エリア』の住民は、ほとんど西エリアに来なかった。  相変わらず人の気配が無い―――蘭李はそう思いながら、記憶の薄い西エリアの地図を頭の中で思い出した。 「………あれ? そういえば……」  秋桜さんがいない―――思わず歩みが止まる蘭李。思い返しても、記憶の途中から秋桜はいなくなっていた。どこに行ったのかと疑問に思ったが、心配はしていないらしく、再び歩き出した。 「蘭李! こっち!」  少年の声が上空から降ってくる。見上げると、睡蓮が手招きしていた。蘭李は、飛んでいく睡蓮を追いかける。 「いたの!?」 「いた! 早くしないと起きちゃうかも!」 「起きちゃうかもって……」  ――――――寝てるってこと?  とは続けず、蘭李はとにかく必死で走った。着いたのは、大病院の目の前にある墓地だった。人がいる気配は無く、蘭李は辺りを見回しながら墓石の前を通る。  ここは初めてではなかった。蘭李の祖母がこの墓地で眠っている。毎年お盆に訪れており、もちろん今年も挨拶に来ていた。 「あの奥の木の裏にいるよ」  睡蓮が道の先にある大きな木を指差した。秋になるとドングリを落とす木だった。蘭李はその場に立ち止まり、ショートパンツのポケットに手を入れる。顔をしかめコノハを持ちかえ、もう片方のポケットに手を突っ込む。やはり顔をしかめた。 「あれっ……!? 携帯が……無い!?」  服のありとあらゆるポケットを漁るが、食品サンプルキーホルダー(目玉焼き)のついた水色の携帯はどこにも無かった。そこで、はたりと蘭李の手が止まる。  そういえば、充電したまま持ってくるの忘れた―――青ざめた蘭李に、少し離れて眺めていた睡蓮がスーッと近付いた。 「けーたい?」 「携帯が無いと連絡出来ない……! どーしよう!」 「連絡なら大丈夫! 僕に任せて!」  えっへんと睡蓮が胸を張る。しかし蘭李は、疑いの眼差しで彼を見た。 「僕がシロちゃんの所まで飛んでって連れてくるよ!」 「シロちゃん?」 「じゃーね! 来るまで見張っててねー!」 「あっ、ちょっと!」  笑顔で手を振って、高速で飛んでいく睡蓮。建物を透過していき、すぐに見えなくなった。何も聞くことが出来ずに置いていかれた蘭李は、不安そうに飛んでいった先を見つめる。 「大丈夫かな……っていうか、シロちゃんってハクのことでいいんだよね……」  ぼんやりと呟き、大樹の方に目線をやった。ゴクリと唾を飲み、息を潜めて一歩一歩近付いていく。目の前に着いたところで、さらにゆっくりと幹の周りを回る。ちょうど反対側で、モノノケが寝息を立てていた。蘭李は目を見開く。  気付かれないように、彼女はそのまま後ずさりした。しかし、途中で足を絡めてしまう。体がよろけ、茶色い土が眼前に迫ってきた。 「うわっ!」  蘭李は左半身を地面に打ち付けた。コノハが手から滑り落ち、どさりと音を立てて落ちる。モノノケがビクンと体を震わせ、顔を上げた。真っ赤な目が蘭李を捉え、唸り声を上げながら立ち上がる。蘭李も立ち上がってコノハを取り、モノノケと対峙した。 「ハク……! 早く来い……!」  コノハがぶるぶると震える。蘭李は押さえつけるように鞘を強く握った。モノノケが一歩ずつ近付き、その度に蘭李は一歩ずつ下がる。距離は一定に保たれていた。 「グオオオオオッ!」  突然、モノノケが跳んだ。蘭李は一瞬遅れて反応したものの、既に遅かった。コノハを抜くより先に、モノノケが蘭李に飛びかかった。  ――――――――――――グチャアアッ  鮮血が飛び散った。悲鳴に近い声を上げて、ぐしゃりと地面に黒が落ちる。黄色い瞳はその光景を映していた。  黄緑色の髪をした青年が、上からモノノケを刺し殺した光景を。  青年は、およそ蘭李の身長、横幅の刃を持つ剣を投げ、モノノケを突き刺した。刃先が硬い土に刺さっている。彼は、真っ直ぐに立った剣の柄の頂点を手で押し、空中で体勢を立て直して、服の裾からナイフを取り出した。 「――――――よお。蘭李くん」  青年は落下する中、黄緑色の目で蘭李を捉えた。蘭李も彼を見る。  こいつは一体誰? 何であたしの名前知ってるの? それにモノノケは、ハク達でしか殺せないんじゃないの? いや、そんなことより逃げなきゃ。  ――――――このままじゃ……殺される。  彼女は咄嗟に疑問を感じた。しかしそのせいで、反応が遅れてしまった。 「じゃあな」  青年が、無防備な蘭李にナイフを振るった。 「……………え?」  蘭李の予想していた事態にはならなかった。青年は虚空を斬っただけで、蘭李は無傷である。  その原因は、今蘭李を抱えている少女だった。  蘭李は瞬時に見上げる。十七歳程の、レンガ色のツインテール少女が自分を抱えていることにも驚くが、もっと驚いたのは、その少女に真っ白い羽が生えていたことだった。 「ふー。間一髪だった。良かった良かった」  少女は蘭李を下ろす。その隣に現れた一人の男。灰色のロングコートに黒いズボンを穿き、二十代後半程の見てくれ。男は蘭李を見ること無く、真っ直ぐに青年を見ていた。 「俺達に背を向けてまでして殺したいほど、この子が憎いのかい?」  余裕そうに男が言うと、少女の手元が光り、現れた弓を彼女は構えた。それを見た青年は舌打ちし、剣を地面から引き抜いてどこかへ飛び去っていった。  ―――少女とは対照的に、真っ黒な羽を羽ばたかせて。 「追いかけますか?」 「いや。いいよ。今はこの子だね」  男は蘭李に向き直る。栗色の髪は、後ろで一つに結ばれていた。 「大丈夫かな? 怪我は無い?」 「だ、大丈夫です……けど……」 「突然悪いね。俺達であの悪魔を追っていたんだけど、急にここに飛んでいったと思ったら君を襲ってて……」 「あ、あくま?」 「そう。あ、もしかして、悪魔を見るのは初めてかな? じゃあ天使も?」 「え、そ、そんなのいるんですか……?」 「いるいる。天使はホラ、うちのメルがそうだし」  蘭李は振り向く。少女『メル』の羽と弓は消えていた。蘭李と目が合うと、メルは丁寧にお辞儀する。つられて蘭李も軽く頭を下げた。 「ところで君、さっきの悪魔に見覚えは?」  蘭李は先程の青年を思い出すが、過去の記憶の中に思い当たる節は無かった。そもそも、初めて悪魔を見たのだからあるはずもない。 「無い………です」 「そうだよねぇ………ま、追々分かるか」  どさり、とコノハが落とされる。蘭李は慌ててコノハを拾った。その手は小刻みに震えている。そんな彼女を見た男は、蘭李に手を差し出した。 「大丈夫かい? もしかして、殺害現場を見るのも初めてかな?」  蘭李は男の手を借りて立ち上がるが、睨み付けるように彼を見た。 「………その質問、おかしくないですか?」 「だって君、魔力者だろう? それなら、こういうことには慣れてると思って」  蘭李は慌てて手を離した。男から少し距離を置くように後ずさる。その間に再びコノハが震え出した。蘭李はコノハを少し見て、ゆっくりと鞘から取り出す。出きってすぐ、コノハが少年姿に変化した。 「蘭李、こいつ怪しい」  男は感嘆の声を上げた。コノハは右腕を刃に変化させ、戦闘体勢を取る。メルも一歩前に出て、男を守るように左腕を水平に上げた。 「主。下がってください」 「大丈夫だ、メル。君達、無知過ぎやしないかい? 上級魔力者であれば、対象が魔力者かどうかなんて一目で分かるよ」 「そ、そうなの……?」 「まぁ最も、俺は魔力者じゃないんだけどね」 「ますます怪しい」 「だろうね。ま、詳しいことは俺の家で話すことにするよ」 「い……家……?」  男は妖しく目を光らせた。 「君達だって、また狙われて死にたくないだろう? 実は俺達、悪魔退治をしているんだ。それで……」 「あ、えっと……そうじゃなくて……」  蘭李が空を見上げる。つられて男とメルも見上げた。空は雲一つ無い快晴だ。男は不思議そうな顔をする。 「何?」 「友達が来るはずなんですけど……」  何かが遠くの空から近付いてくるのが見えた蘭李。一瞬表情が明るくなるが、すぐまた不安そうになった。  白夜を呼びにいったはずの睡蓮が、一人で戻ってきたからだ。 「大変だよー! 蘭李ー!」 「どうしたの!? 睡蓮!」 「シロちゃんが………連れ去られちゃった!」 「連れ去られた!?」  直後、蘭李はメルに担がれた。驚いて暴れる蘭李に、男はすかさず説明を付け加える。 「誰と話してるのかは分からないけど、連れ去られたんだろう? 助けに行こう」 「えっ!? いや、でも……」 「君の知り合いなんだろう? ならもしかしたら、さっきの悪魔の仕業かもしれない」 「………たしかに」  コノハが男に同意する。ポンと煙を上げ、剣の姿に戻った。男がコノハを鞘に収め、蘭李に差し出す。 「俺は《皇|すめらぎ》健治。人間の味方だ。よろしく」 「……あたしは華城蘭李です」  蘭李は、男からコノハを受け取った。
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