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[*label_img*]  大陸歴一七九七年、一月二十二日、朝。  エレインが目を覚ましたら、ベッドの横にフルストがいた。 「……魔王陛下、なぜそこに?」 「ふっ、お前の寝顔が見たくなってな! 《転移魔法|モビリス》を使って」 「乙女の部屋に侵入するとは何事ですか《水よ集え|アクア・コリゴ》!」 「ぶふぉお!?」  フルストの顔に勢いよく水がかかる。鼻に集中的に入るように操作してやった。フルストはゴホゴホ言いながら床に這いつくばる。 「ま、待て……ちゃんと用件があって来たのだぞ、ゲホッ」  鼻から水を出しながら言われても説得力がない。  エレインは布団から起き出し、いつも通りサイドテーブルの水で顔を洗って、化粧水をつける。お肌の手入れは大事だ、それは前世の桜子のころから変わらない。  やっと水を吐き出し終えたフルストは、椅子に座りなおしてこう言った。 「今日は、お前の生命力を回復させるために来たのだ」 「その件でしたら、しばらく香水とブレスレットをつけて今後星元素魔法を使わないことで」 「いや、それでは時間がかかりすぎる。そこでだ、俺の生命力をアイテールスバルを通じて分け与えてやる」  フルストはとんでもないことを言い出した。  生命力を分け与える?  エレインは疑問をそのまま口にする。 「そんなことができるのですか? というか、それはやっていいことなのですか?」 「星元素魔法だからな、禁忌といえば禁忌だ。だが、お前は生命力も弱く、今でも魔法痛に苦しんでいるだろう? 未来の花嫁が苦しむ姿を見るくらいならば、俺の命を削ってでも助けてやる」  これまたフルストはとんでもないことを言い出した。いや、いつものことだった。  命を削るとは穏当ではない。そこまでして助けてもらわなくともけっこうだ。エレインはそう思い、断ろうとした。  だが、フルストに右手を掴まれる。星型の痣は血の色をしており、未だに痛みが疼く。触れられるとさらに痛い。 「陛下、痛いです。離してください」 「そうだろう? 安心しろ、すぐに治してやる」  フルストはエレインの右手を掴んだまま、左手にアイテールスバルを持ち、魔法の詠唱を始めた。 「《星々よ|アトクェ・アストラ》、《我らが天上に|アトクェ・アイテールス》《瞬く惑星よ|・ステルラ・エランス》」  星型の魔法陣がエレインの右手の上に現れる。それはアイテールスバルと同じく紫色の光を発していた。 「《魔王が|レクス・》《アイテールスバル|アイテールスバル・》《に命じる|インペリトー》。《勝利者|ウィクトーリクス》《エレインを|・エレイネー》、《星々のごとく輝き癒せ|ステルランティス・サノーレ》!」  魔法陣は急速に回転し、エレインの星の痣へと吸い込まれていく。すると、星の痣の色が血の色から、普通の肌より少し暗い程度の色へとあっという間に変化した。  同時に、魔法痛も消えうせた。あれだけ朝悩まされていた頭痛も消えている。  エレインはフルストを見た。得意げな表情でエレインを見つめ、そして右手の痣に口づけをした。  エレインは固まる。フルストはまるで愛おしげに、星型の痣に唇をつけた。 「どうだ? 気分は」  エレインはジト目でフルストを睨みつけた。 「最悪です」 「何と!?」 「キスは要らなかったでしょう!?」 「何を言うか! お前は俺のものだ! 俺のものにキスをして何が悪い!」 「いつの間にそうなったのですか! というかその理論はおかしいです!」 「ええい、ならば直接」  直接何をしようというのか。  エレインは素早く魔法を詠唱する。 「《水よ集え|アクア・コリゴ》!」 「ぶふぁあ!?」  またしても鼻へ水を大量に送り込まれたフルストは床を転げ回る。  ちょうどそのときだった。  騒ぎを聞きつけた若い女性のメイドと、メルヴィルがエレインの部屋に入ってきた。 「エレイン様、いかがなさい、ました……か?」  メルヴィルは床に転がる魔王を見て、顔色が凄まじく変化していた。  エレインはその顔を見て、急いで目を逸らした。まさしく鬼の形相だった。 「陛下。何をなさっておられるのですか?」  メルヴィルの声は極めて冷徹で、冷酷だった。  さすがのフルストも、鼻からだばーっと水を流しながら、言い訳をする。 「いや、これはだな、エレインのためを思って来てだな、その」 「淑女の寝室に忍び込むことが魔王のやることですか」 「エレインの寝顔が見たかっただけだ! 決して疚しいことは考えておらぬぞ! まだ結婚に至っていないわけだからな!」 「寝顔を見たいと思う時点で疚しいのですが」  まったくそのとおりだ。エレインは頷く。  そしてフルストは首を傾げていた。 「……そうか?」  この魔王、もうダメだ。生理的に無理かもしれない。 「とぼけるのも大概にしてください。帰りますよ」  結局、フルストはメルヴィルに通用するような言い訳を考えられず、服のカラーを掴まれてエレインの部屋から引きずり出されていった。  エレインにとっては、かなり最悪の目覚めだった気がする。  エレインはメイドに水の処理を頼み、着替えることにした。 ☆  食堂では、アラステアとクィンシーがすでに食卓に着いていた。  エレインの姿を見ると、二人は挨拶をしてくる。 「おはようございます、エルさん」 「おはようございます。おや、何かありましたか?」  さすがクィンシーは鋭い。エレインは先ほどの事の顛末を語る。  朝起きたら魔王がベッドの脇にいて、エレインは水元素魔法で追い払おうとして、そして魔王はメルヴィルに見つかってバラジェニカへ連れ帰ってもらったという、何とも訳の分からない話を掻い摘んで説明すると、二人は呆れた顔をしていた。 「……まず、他人の部屋に無断で侵入した時点で、ダメだと思います」 「そうですね、ええ。ましてや、寝顔が見たかったとか……いや、それで済めばいいんですけどね」 「プライバシーの侵害です。言いたいことは山ほどありましたが、メルヴィルさんがお説教をしてくれているので、私はこれ以上何もしませんけれど」  地下のワイナリーの隣の小部屋にある魔法陣は、今は黒曜館《こくようかん》からバラジェニカへの一方通行となっているため、おそらくメルヴィルは魔王を魔法陣にぽいーっとしてくれているだろう。ただ、魔王は、魔法陣がなくとも《転移魔法|モビリス》で平気で飛んでくる。大変に迷惑だ。  まるで魔王の別荘地のような扱いになってきた《黒曜館|こくようかん》だが、そろそろ真面目に魔法に対する防御を固めなければならないかもしれない。  エレインが頭の中で魔法に対する防御策を練っていると、朝食が運ばれてきた。  ソーセージやプディング、ベイクドビーンズなどが大量に盛り付けられた皿が並ぶ。紅茶を飲みながら、それらを食していく。エレインが一皿食べ終えるまでに、アラステアは二皿目を完食していた。  食事が終わると、それぞれが仕事に戻る。最近のアラステアは領内の視察を積極的に買って出てくれているため、エレインは書類仕事に集中できていた。クィンシーは相変わらずグラッドストン商会支部に出向き、領内での商いに精を出している。  そうこうしていると、メルヴィルが戻ってきた。朝食を摂って、エレインと一緒に書類仕事に励む。今朝の鬼の形相は何処へやら、お説教でストレスが解消されたのかスッキリした顔をしていた。  それでも一応聞いておこう。 「メルヴィルさん、あの魔王はどうなりましたか?」  メルヴィルはにっこり笑って答えた。 「ご心配なく、徹底的にこってりと説教をしましたので、しばらくは来ないと思いますよ。ただ、それとは別に、この館の魔法に対する防御を固める必要性はあるかと思います」 「やはりですか。そうですね、そのあたりは私が考えておきます。《防御魔法|デーフェンシオ》を応用すればあるいは」 「もしくは、《妨害魔法|オブスタンティア》を幾重にも重ねがけするか、ですね。午後は見回りがてら、魔法をかけておきます」 「お願いします。私は午後から郷士たちの会合に出向かなくてはならないので」  そうなのだ。月に数回行われる地元有力者たちの会合というものがあり、領主としてたまには顔を出さなくてはならない。予算の配分や擬似魔法の書物の配分、地区別の必要な支援策など、考え交渉することはいくらでもある。  ああ、面倒臭い。でもやらなければ、結果は出ない。  書類仕事を終えると、昼食の時間だ。アラステアには昼食を持たせているし、クィンシーは外で食べてくるので、メルヴィルと二人での食事となる。  今日の昼食はローストポークだ。肉類が好きなエレインにはたまらない。笑顔で黙々と食べるエレインを見て、メルヴィルが生暖かい視線を送ってきていたのは気のせいだろう。  昼食を食べ終えると、エレインはよそ行きの服に着替え、クルナの街に出向く。市庁舎へと行き、まずは市長と面会する。市長はクルナの街の名士であり、エレインが来るまでは領主不在だったディヴァーン領をヘドウィグとともに支えていた人物だ。清廉潔白とまでは行かないが、人当たりのいい中年男性だった。  市長への挨拶を終えると、エレインは市長とともに市庁舎内のホールへと向かう。郷士——地元名士たちが集まって、すでにワインボトルが開けられていた。  未成年のエレインはアルコールの類が飲めないので——前世の記憶もあって、アルコール類は忌避しているため、口をつけることはない。その代わり、アップルサイダーを飲む。これが喉に染みて心地いい。  細かな折衝を終えると、エレインは持ってきたメモ帳に必要事項を書き込んでいく。慣れない作業のため、市長の口添えも必要だった。記憶する分にはまったく問題ないのだが、問題は実務にそれをどう活かすか、という点だ。  そうして出来上がった資料を持って、エレインは市庁舎を後にする。大体午後三時過ぎだろうか。《黒曜館|こくようかん》に戻り、息抜きがてらメルヴィルとともにアフタヌーン・ティーを楽しむ。メルヴィルが作ったクッキーを食べながら、だ。これがまたシナモンをふんだんに使っていて美味しい。 「そう言えば、先ほど一応謝罪文が届きましたので、机の上に置いておきましたよ」 「謝罪文?」 「陛下からです」 「……受け取りたくないですね」 「まあまあ、そう言わずに。悪意がないだけにたちが悪いですが、礼儀としてとりあえず形だけでも取り繕っているのですから、受け取らなければエレイン様が狭量であるということになってしまいます」 「なってしまいます、という以前に、陛下が何をやったかが重要だと思います」 「ごもっともです。まあ、あれでもエレイン様のことを自分のことのように心配しているのですよ」 「大きなお世話です。さっさと身を固めればいいのに」 「いやぁ、それは無理ではないでしょうか」 「どうしてですか?」 「それはバラジェの国内事情が絡んでおりまして」  メルヴィルの説明だと、バラジェ魔王国には高位魔族という貴族階級がいて、ほとんどの魔王はそこの出身だったのだそうだ。だが、フルストは高位魔族出身ではなく、かつ高位魔族の中にも適齢期の女性がいないため、縁談はなかなかないらしい。高位魔族は血縁を重視しないため、その気になれば養子を取ってフルストに嫁がせるという手もなくはないものの、当のフルストがその気ではないため、高位魔族たちも積極的に行動を起こさない、というわけだ。  あとは、フルストが成人していないという点もある。これは魔族にとってはけっこう重要な点らしく、特に魔王は成人してから娶るもの、と認識されているそうだ。成人していない=魔法を十分に使いこなせない半人前、という考え方らしい。そこはフルストは問題ないように思えるが——あくまで、人間視点からだ。魔族の視点からすると、やはり半人前なのだろう。 「はあ、何だか複雑ですね」 「ええ、複雑なのです。陛下もそのことを分かってらっしゃるので、エレイン様に無理矢理婚約を迫ったりはしないでしょう?」 「すでに未来の花嫁呼ばわりをされていますけれども」 「そのくらいなら可愛らしいものですよ。子供が将来誰々のお嫁さんになるー、だとか言うのと同じです」  なるほど、そういう考えなのか。やはり人間と魔族の溝は深い。  アフタヌーン・ティーを終えると、二人はもう一仕事と張り切る。エレインが聴取してきた資料をもとに、現状の金庫の中身と照らし合わせて支援策を決定し、擬似魔法の書物の配布予定表を作る。これがまた大変で、前年度に配った資料は、臨時に何冊も出していたり、何度か間違えて使用していたためあてにならないので、今年度こそはきちんといた配布予定表を作らなくてはならない。支援策のほうはそれまでの資料がきちんとあるため、メルヴィルに任せた。  午後六時。さすがに疲れてきたので、今日の仕事は終了だ。  エレインとメルヴィルが食堂へ向かうと、ちょうどアラステアとクィンシーも戻ってきたところだった。  夕食はシェパーズ・パイとパンだった。ラム肉もエレインは大好物だ。やはりアラステアは三杯ほどおかわりをしていた。  午後七時。暖炉のある広間に集まり、飲み物片手に四人は談笑する。今日あったことなどを報告し合い、次の日の行動に繋げていくのだ。  こうして、夜は更けていく。 ☆  深夜。  エレインはまだ執務を続けていた。  来週の会合で配る資料の草案を作っているのだが、ディヴァーン領には意外と多くの郷士がいて、その下に徴税人がやはり多くいる。その人々すべてに行き渡らせるためには、文言の一つ一つまでも慎重に書き進めていかなければならないので、静かな夜の時間に集中して行うのだ。前世の桜子のころも、夜中に起き出して勉強していたのを思い出す。  法律書片手に逐一用語を確認しながら、エレインは羽ペンを走らせる。  コンコンコン、と扉を叩く音がした。 「はい、どうぞ」  エレインは書類から目を離さず、声をかける。  入ってきた気配は——メルヴィルだ。紅茶の香りを漂わせて、誘惑する。 「夜遅くまでお疲れ様です。お茶にしましょう」  ここいらで一休みとしようか。エレインは誘惑に負け、頷く。 「そうですね。ありがとうございます」  エレインは席を立ち、ソファへ向かう。 「砂糖は二杯でよろしいですか?」 「はい、ミルクもたっぷりで」 「ははは、かしこまりました」  メルヴィルは笑った。何がおかしいのだろうか。  ミルクで適温になった紅茶は、すうっと喉を通る。鼻腔いっぱいに広がる紅茶の香りが、心地よい。メルヴィルの淹れるお茶はどうしてこうも美味しいのか。ずっといてほしいと思うくらいだ。 「メルヴィルさん、お茶を淹れるコツでもあるのですか?」 「コツですか。そうですねぇ、お茶の種類によってお湯の温度を変えるくらいですね。ハーブティーは煮立たせるほど高温ではダメですし、逆に紅茶は沸騰したお湯を使います。蒸らし時間も重要ですね」 「魔法でやるのですか?」 「いいえ? 普通に暖炉の火を使いますよ」  少し意外だった。魔族といえば、何でも魔法を使いたがるイメージがあったエレインは、ふむふむ、と感心する。  それともう一つ、聞きたいことがあった。 「メルヴィルさん」 「はい」 「魔族の方は、角がなくても美的感覚的には大丈夫なのですか?」 「質問の意図が不明確ですが、とりあえず角に美的感覚は必要ないかと思いますね」 「そうですか……何か大事なものなのかと」 「大事といえば大事ですよ。魔族の女性はクリームを塗って乾燥を防ぎますし」 「クリーム!?」 「肌の手入れと同じですね。私はしたことはありませんが」 「ですよね……皆さん一人一人、巻き方や色や形が違いますから、何か魔法的や習慣的な意味があるのかと」 「人間も同じですよ。一人一人顔も背も髪型も違いますでしょう? 魔族は角がついただけですよ。むしろ重要なのは、紋様のほうですね。紋様が多いほど使える魔法も増えますから、魔族としては異性を惹きつける要素となりますね」 「そこなんですね、重要なのは。魔王陛下も……遠目で見たら、ただの肌かと思うくらい、紋様がびっしりとありますし」 「ええ、あれはすべて生まれつきのものです。私などは紋様が少ないほうですから、あまり使える魔法も多くはありません」 「そうなのですか? いつも魔法を使ってらっしゃるような気が」 「あれはすべて日常使いの魔法ばかりですね。いわゆる攻撃用の魔法は一切使えませんよ」  エレインにとって、かなり意外だった。魔族といえば魔法、魔法といえば攻撃用、と言えるくらい代名詞的なものなのに、それが使えないとなると……モテないのか? 「メルヴィルさんってモテます?」 「結婚は一度しましたよ。すぐに別れましたが」 「既婚者だったのですか!?」 「ははは、驚くほどのことではないでしょう。私だって千年以上生きていますから、結婚くらいしますよ」 「どうして別れたのですか?」 「えらく食いついてきますね、エレイン様。単に仕事ばかりしていたためですよ。家庭を顧みませんでしたし、子供もいなかったので、それからは独り身で気楽に生きています」  そうだったのか。かなり意外だ。魔王の侍従長を務めるくらいだから、仕事人間でもおかしくはないのか? それにしても、メルヴィルに離婚歴まであったとは。 「何というか、その辺りの感覚は、人間と変わらない……ですね」 「ええ、変わりませんね。アルファンやイシュトラ、バタヴィアなどの魔族はまた違うのかもしれませんが、少なくともバラジェから西の魔族は人間とそう変わらない文化を持っていますよ」  そうだった。エレインたちの住むパラディス大陸には、現状ユーファリア連合王国、バラジェ魔王国、北のイシュトラ連邦、東のアルファン連合、南のバタヴィア王国、そして極東のヤジャイカ聖皇国がある。ユーファリアは地理的にバラジェとしか国交がないようなものだが、バラジェはヤジャイカ以外すべての国と国境を接している。とはいえ、バラジェの中央を分断するバラジェ大山脈を越えていくイシュトラ連邦やアルファン連合とはそれほど交流がないらしく、バタヴィアとはバラジェはしょっちゅう戦争をしている。  つくづく、バラジェにあの魔王がいてよかった、と政治的な意味では思う。エレイン個人としては憎たらしい上にうざったいのが本音だが。  突如、メルヴィルが立ち上がる。フルストへの罵詈雑言が読まれたのだろうか、とエレインはビクッとしたが、どうやら違うらしい。 「侵入者ありです」 「え!? 《警戒魔法|ウィギランティア》は発動していませんよ!?」 「ご心配なく、私が張った《妨害魔法|オブスタンティア》が解除されました。《通報魔法|デヌンティアティオ》と連動させておいたので分かったのです。相手は陛下ですので、また新しい魔法を作り出して侵入してきたのでしょう」  あの魔王、本当に懲りない。 「どうしますか?」 「どうせ放っておいてもここまで来ますから、放っておきましょう。それに、新しい魔法を開発したのなら、自慢げに話すでしょうから、こちらも対策を取れます」 「なるほど。さすがエレイン様。ではお茶の用意でもしますか」  嗚呼、あの魔王とはこうしていたちごっこをするしかないのか。  エレインは頭を抱えた。 ☆  バーンと執務室の扉が開けられ、フルストが現れた。 「ふははは! エルよ、こんな夜更けまで起きていていいのか!?」  当然ながら、メルヴィルのおかげでフルストが来ることは知っていたので、エレインは冷静に対処した。 「陛下、夜中なので静かに入ってきてください」  ついでにメルヴィルも冷静に対処した。 「陛下、お茶ならそこにありますよ」  魔王特有のハイテンションな気分も消沈したのか、フルストは一つ咳払いをし、こう言った。 「う、うむ。有り難くいただこう」  さすがの魔王も、二人に冷静に対処されてはハイテンションを貫き通すこともできなかったのだろう。さっとエレインの隣に座ろうとしたフルストを制し、メルヴィルはさらに追い討ちをかける。 「ちなみに《妨害魔法|オブスタンティア》を解除したところまでは分かっていますので、次はないですよ」 「なあ!? うぅむ、さすが罠師のメルヴィル……!」 「罠師?」 「あだ名のようなものですよ。私は攻撃用魔法が使えませんから、こうして罠を張って相手を足止めするくらいしかできないのです」 「それはすごいですね!」  純粋にすごい。エレインはそれに比べて、という顔でフルストを見た。  するとフルストはなぜか張り切って、こう答えた。 「エル! 俺も《解除魔法|アブソルーティオ》を編み出したぞ! 教えてやるからな、今後役立てるがいい!」 「わー、すごいですねー、ぜひ教えてください」  棒読みで答えるエレインに対し、フルストはそうだろうそうだろう、と一人で納得していた。ちょっとこの魔王、変なところで単純すぎる。  メルヴィルはフルストのお茶を自分の席の隣に置き、こちらに座れと暗に示す。渋々、といった感じでフルストはメルヴィルの隣に座る。 「ところで、陛下は何のご用件でこちらへ?」  メルヴィルは厳しい目つきでフルストを見る。いつも何の用もないのに黒曜館《こくようかん》まで来る魔王に対し、無益な質問ではないか、とエレインは思ったが——どうやら、今夜は違うらしい。  フルストは真面目な表情をして、エレインのほうに向き直る。 「エルよ」 「はあ」 「ヤジャイカ聖皇国は知っているな?」 「どこまで人を馬鹿にしているのですか」 「聞いただけだ! とにかく、ヤジャイカ聖皇国にこれから行くのだが、一緒に来ないか?」  しばしの沈黙が流れた。  少しエレインは考え、さらに考えてもやはり理由が見つからなかった。というより、なぜフルストと、ヤジャイカ聖皇国などという遥か極東の土地に行かなければならないのか。  エレインはストレートに聞いてみた。 「なぜ私が?」 「新婚旅行だ!」 「ふざけるのも大概にしてください。ちゃんと目的があって言っているのですよね?」  フルストは胸を張って答えた。 「もちろんだ! あの国は今、アルファン連合とだけ貿易をしている。だが、今度、ようやく我がバラジェと友好条約を結び、直接海運ルートを通じて様々な品を輸出入するようにことを運びはじめた。特にユーファリア製の時計や絵画などは需要があってな、もちろんバラジェの宝飾品も需要がある。ゆえに、俺が直接ヤジャイカへ赴き、正式な条約締結を」 「それは分かるのですが、バラジェが条約を結ぶのに私が同行する理由が分かりません」  もっともな疑問だろう。もしメルヴィルを連れ戻しに来た、というのならまだ分からなくもないが、エレインがバラジェの政治外交に関わる意味も必要性もまったくない。たとえフルストと結婚したとしてもだ。いや、想像するだけで嫌になった、今の仮定はなしだ。  フルストは腕と足を組み、説明する。 「ヤジャイカには魔族がおらぬ。人間だけだ。ゆえに、あちら側の不信感を少しでも払拭するため、人間の同行者が必要なのだ。その旨をユーファリア連合王国国王に話したら、こんなものをくれてな」  フルストは「《出現魔法|ディウルゴール》」と唱え、指を鳴らす。すると、エレインの手元に羊皮紙が一巻落ちてきた。  エレインはペーパーナイフを取りに行き、封蝋を開ける。そして中に書かれている文面を読み上げた。 「『次代の《大魔道師|マグナス・マギ》エレイン・ディクスンを友好親善大使とし、ヤジャイカ聖皇国へ派遣することを認める。我がユーファリア連合王国もまたヤジャイカ聖皇国との友好条約締結を希望するものであり、今回はヤジャイカ聖皇国側への打診を行うよう命じる』……本物ですか、これは」 「もちろんだ。何なら《知悉魔法|レヌンティオ》をかけてみると」 「《大知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》!」  エレインは躊躇なく知り尽くせる《大知悉魔法|レヌンティオ・グランディス》を唱えた。フルストは唖然としていた。  エレインの目の前に、情報の光の文字が浮かび上がる。 『筆記者:西ユーファリア王国国王ならびにユーファリア連合王国国王ユーイン七世 筆記日時:大陸歴一七年一月二十二日午後一時十分十七秒 宛先:バラジェ魔王国魔王フルスト・オーバーズ 記載内容の真贋:真 筆記者の住所:西ユーファリア王国聖ウィーケーティア現王城 筆記者の血族:イレーヌ(母)、エヴァン(長男)、ルーク(次男)、オリーヴ(長男の長女)、シェリア(長男の次女)、イアン(次男の長男) 筆記者の年齢:五十七歳 筆記者の人種:人間 筆記者の性別:男性』  それを見たエレインとメルヴィルは、思わず呟いた。 「本物ですね」 「本物ですねぇ」  そして勝ち誇った顔のフルストがとてもムカつく顔をしていた。しかし、羊皮紙は本物の友好親善大使就任を示唆する公文書であり、つまりは勅命だ。逆らうことはできない。 「仕方ありませんね……国王陛下の勅命とあらば、行かないわけにもいきませんし」 「そうか! 行ってくれるか! ふははは! エルよ、やはりお前は俺の」 「あ、そうだ。ついでですから、クィンさんも誘いましょう。ヤジャイカ聖皇国と取引をしているらしいですし、現地の案内ができるかもしれません」  フルストの言に重ねるように、早口でエレインは言ってのける。フルストは思いっきり苦々しい顔をしていた。お前は今日何回表情を変えたのだ、と言いたくなるくらい百面相をしている。 「というわけで、出発は明日です。今日のところはお帰りください」  エレインはにっこり笑って——内心穏やかではないが、一つしてやったりの顔で、扉のほうを指し示した。
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