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 2 今後の目標を決めますわ  悠太様の人格を受け入れる決断を下したわたくしは、次に、今後の生活について改めて考えました。具体的には、これからの目標です。  悠太様の記憶から、わたくしは欲していた『霊素』と『精霊術』の知識を、今のこの世界ではありえない水準で手に入れました。もう、精霊教の教義や研究から学ぶものは、何一つないと言っても過言ではありません。改めて研究をする必要もありません。……この世界の精霊術のレベルが低すぎて、研究したくともできない、と言ったほうが正確ではありますが。  であるのなら、今後、伝道師として活動するうえで、何に力点を置くべきでしょうか。無為に人生を送らないためにも、考える必要がありました。 「各地の霊素持ちの方への教育が、わたくしの使命になるのでしょうか」  精霊教の勢力が及んでいない地域は、まだまだ多いと聞いています。そういった地では、『霊素』持ちも、その才能をただ埋もれさせているだけでしょう。  ……埋もれさせているだけであれば、まだいいのかもしれません。知らずに暴発させて、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性も、ないとは言えないのですから。 「霊素を持たない人にも、正しい知識を持っていただかなければいけないですわ。霊素持ちへの無用な偏見が生じないように、普及活動も頑張らないといけませんわね」  おぼろげながら、見えてきました。自分が何をなすべきなのか。何を使命にこの世に生を受けたのか。 (ヴァーツラフの奴も言っていたよ。オレが、この世界の住人に、霊素と精霊術の効率的な使い方を教えなけばいけないってね)  やはり、教師――ここでは、伝道師としてですが――こそが天職だったのだと、わたくしは改めて思いました。 (っと、そういえば、今のオレ自身の能力ってどうなっているんだろう? アリツェ、ステータスを確認してくれないか?) 「すてーたす……? とは何ですの」  唐突に話題を変えた悠太様に、わたくしは戸惑いました。聞きなれない言葉に首をかしげます。 (おいおい、オレの記憶にあっただろう? 今の自分の能力について、客観的な数値で確認できるんだ。『ステータス表示』っていう技能才能を持っていないと見られないらしいから、あまり知られていないんだろう) 『ステータス表示』では、他者の技能才能まで覗き見ることはできません。そこまで深く他者の才能を探る能力は、存在しないそうです。ですので、自己申告がない限りは、誰が『ステータス表示』の能力を持っているかわからないみたいです。巷で『ステータス』があまり知られていない件についても、能力持ちの多くが、その力を隠したがるためでしょう。  人間同士を客観的な尺度で測れる能力です。悪用される可能性もありますし、秘密にしたがるのもよく理解できます。わたくしも、人にむやみに教える気は起こりません。 「そういえばそうでしたわね。ええっと、操作は確か……」  具体的な身体の動きは不要でした。ただ、見たい相手を凝視し『ステータス表示』と念じれば発動しました。自身のステータスを見たいときは、目をつぶり、念じれば可能です。 【アリツェ・プリンツォヴァ(カレル・プリンツ)】 12歳 女 人間 HP  250 霊素  450 筋力   35 体力   35 知力   40 精神   45 器用   10 敏捷   35 幸運   80 クラス:精霊使い  15(最大1体の使い魔使役可能) クラス特殊技能:表示できません 使い魔:ペス(子犬) 出自レベル:表示できません 技能才能:表示できません (なるほどねぇ。やはり、器用さの成長がひどいことになっているな……)  悠太様の言葉に、わたくしは記憶をたどりなおしました。 「たしか、器用さだけが、成長速度最低でしたわよね」  他の能力はすべて成長速度Aなのに対し、器用さだけはC。それにしても、10は低すぎではないでしょうか。 「わたくし、そんなに不器用でしたかしら?」  自覚はありませんでした。ですのでなおさら、今知った事実にショックを受けました。 (それほど細かい動きが要求されるような作業を、してきたことがなかったんじゃないのか?)  言われて過去を思い出します。確かに、細かい手作業をした記憶はありませんでした。  お屋敷では侍女がいました。孤児院では、割り当てられていた作業は、子供たちのお守り役でした。だから、繊細な作業を求められるような場面には、これまで遭遇した経験がなかったのです。 (今後は、繊細な動きを要する作業を、何かしら日課にしたほうがいいかもしれないな。裁縫なり、料理なり……)  悠太様はブツブツと呟きながら、いくつか案を提示してきました。 「裁縫に料理、ですか……。でしたら、料理を覚えたほうが良いでしょうか? 自分で何も作れないと、旅先で困った事態になりかねませんわ……」  わたくしは腕を組み、悠太様の出された案について思案しました。これから伝道師として、各地を旅することになります。野営をする機会も多いでしょう。  わたくし一人ならともかく、当面は先輩伝道師と一緒です。先輩に料理を作らせておいて、わたくしはただ見ているだけだなんて、とても通用しない話ではないでしょうか。 (その辺が無難かねぇ。味付け自体はそれほど器用さは関係しないだろうし、失敗しても、野菜や肉の切り方で見栄えが悪くなる程度、かな?)  失敗の影響がそれほどないのであれば、実利を考えても、料理の練習をしたほうがいいと思いました。 (それに、アリツェには『健啖』もある。このスキルのおかげで、毒さえなければ大抵のものはおいしく食べられるから、たとえ味付けに大失敗しても、問題ないと言えば問題ないかな? 一緒に食べることになる先輩伝道師には、同情するけれど……)  なるべく失敗しないように努力しようと、わたくしはしかと心に誓いました。先輩伝道師が料理の不味さで苦しんでいるところに、わたくしだけ『健啖』でおいしくいただいている……、心苦しいことこの上ないでしょう。 「他の能力は、順調に育っているのでしょうか?」  器用さについては、あきらめてコツコツ上げていくしかありません。では、それ以外の能力はどうでしょうか。わたくしの見立てでは、それほど悪くはないと思うのですが。 (身体的な部分は、年齢と性別を考えれば普通かやや良い程度、学力や精神面は結構優秀なんじゃないかな。せっかく貴族家に生まれたのに、微妙な環境になってしまったのが、ちょっと惜しいね。『神童』をあまり生かせなかった)  十二歳までの成長速度上昇補正――神童の技能才能を持ってはいましたが、貴族としての最低限の教育しか受けられず、また、最後二年間は孤児院生活でしたので、お世辞にもその才を活用できていたとは言えませんでした。  これが、子爵家の一人娘として大事に育てられていたならば、もっと成長の余地があったはずでしょう。ダンスなり教養なり、もっと高度な教育を受けられたに違いありません。非常にもったいなかったと、言わざるを得ません。 (学力や精神面が割とよく伸びたのは、『読解』の技能才能と、ペスと繋がったことによる精神リンクの構築によるのかな)  悠太様の『精神リンク』の言葉に、わたくしはハタと動きを止めました。 「そういえばわたくし、いつの間に、ペスを使い魔にし、精神リンクを交わしていたのでしょうか」  ステータス上は、使い魔にペスが登録されています。ですが、わたくしはペスを使い魔にした記憶がないのです。ただ単に、名前を付けて、ペットとして一緒に連れまわしているだけ、という認識でした。 (いつの間に、というよりもおそらくは、生まれた時から、が正解だと思う) 「どういう意味ですの?」  わけが分からず、わたくしは首をかしげました。 (ペスを見てオレは気づいた。転生前のオレが従えていた子犬のペスと、まったくの同一個体だ、と)  悠太様は確信を持っているのか、断言しました。 「では、ペスはもともと悠太様のいらっしゃった世界の住人ですと?」  ありえないと思い、わたくしは少し語調を強めました。 (オレのいた世界というか、プレイしていたゲームの世界かな。オレの記憶が転生すると同時に、オレのプレイしていたゲームの世界から、今のこのゲームの世界に『転移』してきたのかもしれない。ベースシステムは同じって言っていたから、まぁ無くはないか)  言葉どおりに捉えるのならば、ペスは『転生』した悠太様とは違った形でこの世界へとやって来たと、そう悠太様はおっしゃりたいのでしょうか。  つまり、この世界に生まれ落ちた子犬に、前世のペスの記憶が乗っかっているわけではなく、かつて悠太様が従えていた使い魔のペスそれ自身が、何らかの力でこの世界に飛ばされてきた、と。 (そして、アリツェの身体は、生まれた時から精霊使いの素養を持っていた。最初から一匹の使い魔を従えられるだけの能力が、備わっていたんだよ)  この世界に精霊術を普及させる使命を帯びて生まれた、アリツェと名付けられた少女……。記憶で見たヴァーツラフ様の思惑を考えるなら、わたくしがそれだけの能力を生まれながらに持っていたとしても、不思議ではないのかもしれません。 (精神リンクが重要な使い魔だ。『転移』したペスが、そのままの足で自らあんたにつながりに行ったのではないかと、オレは睨んでいる)  悠太様はそう結論付けました。  精神リンクの大切さを、使い魔との絆の尊さを、他の誰よりも知る悠太様です。実際に、そのとおりなのでしょう。 『その通りだワンッ、ご主人。この世界で目を覚ました瞬間に、ご主人の強い霊素を感じたワンッ。すぐに、リンクを結ばせてもらったのだワンッ』  十二歳の誕生日を目前に控えた頃に、たった一度だけ聞いた不思議な声。今、脳裏に響き渡った何者かの声は、そのかつて聞いた不思議な声と同一のものでした。  そして、悠太様の記憶の中にあるペスの声とも、ぴたりと一致します。 「え? え? もしかして、ペスですの?」  わたくしは戸惑いながら、傍らに座るペスの顔を見つめ、問いました。 『そうだワンッ! 前のご主人の記憶が戻り、精神リンクのつながりが適切な形に変化したから、こうして以前のように言葉を交わせるようになったワンッ』  ペスはうれしそうにしっぽを振っています。  精霊言語――悠太様の記憶によれば、クラス『精霊使い』の固有能力だそうです。  クラス特有の技能なので、本来はわたくし自身、生まれ落ちたその時から有しているはずでした。実際に、持っていました。  ですが、霊素の使い方をまだ理解できていなかったわたくしは、この能力をうまく使えていなかったようです。  今は悠太様の記憶が戻ったため、きちんと使えるようになっています。 (久しぶり、ペス。元気そうで何よりだ) 『前のご主人も、元気そうで良かったワンッ!』  久しぶりに心を通じ合わせ、悠太様もペスもうれしそうでした。二人の強い絆を感じます。少しだけ、嫉妬をしてしまいます。 「わたくしも、早く悠太様の域までリンクを深めてみせますわ!」  わたくしは掌を固く握りしめ、声を張り上げました。悠太様に負けてはいられません。ペスの今の主人は、このわたくしなのですから。 『そういえばご主人、ご主人は、二人いたりしないですかワンッ?』  ペスが唐突に、おかしなことを聞いてきました。 (二人? オレの人格と、アリツェの人格ってことか?)  悠太様の言うとおり、確かに今、わたくしの中には二人の人格が共存しています。二人いると言えば、そう言えるでしょう。 『違うワンッ! ご主人の中の二人のことではないワンッ』  ではいったい、誰のことを話しているのでしょうか。 『この世界に転移した時に感じたワンッ。強く精神リンクがつながっている相手を、もう一人』  ペスと繋がる、もう一人の人間の存在。わたくしは目をつぶり、考え込みました。  わたくし自身の記憶にも、悠太様の記憶にも、心当たりがまったくありません。 「わたくしは兄弟もいない、親にすら捨てられた哀れな娘。該当するような人物は思い浮かびませんわ」 (うーん、わからないなぁ。もしかして、もう一人のテストプレイヤーのことか?)  ぽつりとこぼれた悠太様の言葉に、わたくしはふと思った。 「あの、もしかして、なのですが……」  自信はありませんでしたが、それなりに根拠はありそうだと思えます。わたくしは自身の考えを披露しました。 「そのもう一人のテストプレイヤー様? どなたかは存じ上げませんが、もしかしてこの世界への転生体として、父に悠太様のキャラクター、カレル・プリンツを選択しているのではないでしょうか。それならば、わたくしと同じような能力、才能構成になっていても、何ら不思議ではありませんもの」 (なるほど、その可能性があったか!)  悠太様は興奮しだしました。 (ってことは、だ。そのテストプレイヤー、オレの知り合いの可能性が限りなく高いな!)  まったく謎だったテストプレイヤーの手がかりを得たためでしょうか、悠太様はだいぶ高揚しています。 (よーし、アリツェ! オレたちの今後の目標に、一つ追加だ。もう一人のテストプレイヤーの転生体を、探し出す!!) 「構いませんけれど……。でも、あなたのお知り合いだったとして、お会いしてどうなさるおつもりですの?」  悠太様の願いは、わたくしの願いでもあります。わたくしは悠太様の申し出を受けることに、吝かではありませんでした。  ですが、探し出す理由も知りたいのが本音です。現状で、件のテストプレイヤーの転生体に関する情報は、まったくありません。当てもなく、やみくもに探さねばならないのです。であるならば、その苦労に見合うだけの根拠が、わたくしはどうしても欲しかったのです。  悠太様の願いを聞き入れれば、精霊術普及に全力を注ぐべきところで、その意識を探し人捜索に分散させることになります。果たして、そこまでの価値があるのでしょうか。時間は有限です。わたくしは諾の意思を示す前に、悠太様の意図をしかと確認する必要がありました。 (オレのかつてのパーティーメンバーなら、信用できるし、心強い味方になる。オレたちは、そういった相手を一人でも多く探すべきだ) 「なぜですの?」  理由としては弱いと、わたくしは思いました。 (わからないのかい? オレたちは貴族に、プリンツ子爵家に、追われる身なんだぞ。今は安全に見えても、いつ何時、どんな危険が襲い来るかわからない。保険は、いくらでもあったほうがいい)  最近穏やかだったので忘れがちでしたが、子爵家がわたくしの命を、最低でも自由を、奪いたがっています。悠太様の言うとおりなのでしょう。 (それに、今は関係が悪化しているようだけれど、子爵家が辺境伯家とのつながりを復活させたとき、その辺境伯家もオレたちに害をなそうとする可能性は、無きにしも非ずじゃないか? 子爵家はともかくとして、王家に大きな影響力を持つ辺境伯家を敵に回す事態になれば、とても危険だ)  想像以上に将来を深く考えていた悠太様に、わたくしは感心しました。と同時に、そこまで考えていなかったわたくし自身を糾弾したくなりました。こんなことでは、わたくしが主人格だなどと、声高に主張できなくなります。 「わかりましたわ。悠太様のおっしゃるとおりだと、わたくしも思います」  悠太様の提案を受け入れ、わたくしは決心しました。わたくし自身も、同じ父を持つ兄弟に会えるかもしれないと想像すると、少し楽しみな気持ちもありました。 「では今後の目標は大きく二つ、精霊術の普及活動と、もう一人のテストプレイヤー転生者の捜索。これで、よいですわね?」  悠太様もペスも同意しました。  今後は、この二つの方針を前提として、動いていくことになります――。
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