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 4 夜の顔のわたくしは一味違いますわ  翌朝、わたくしは院長先生を伴い、精霊教の教会へと足を運びました。  教会の中へ入ると、そこは戦場でした。  多くの神官様方があわただしく走り回り、あちらこちらから怒声も聞こえてきます。不安げな信者の方々が多数駆け込んでいましたが、対応できる神官様がいらっしゃらないため、礼拝堂の片隅で身を寄せ合っています。 「これは……。相当混乱していますね」  周囲を見渡しながら、院長先生が困惑した声を上げました。  現状を見る限りでは、わたくしたちが司祭様に面会を持ち掛けても、会ってもらえる時間はなさそうです。  普段なら日を改めて出直すべきところではありましたが、タイムリミットがあります。孤児院を護るためにも、早急に教会上層部との話し合いを持つ必要がありました。 「どうにかして、司祭様に話をとおせないでしょうか」  目の前をひっきりなしに横切っていく神官様方の姿を目に遣りながら、わたくしはため息をつきました。 (この様子じゃ、下っ端と話すことすら困難じゃないか? 孤児院が心配な気持ちもわかるけれど、今ここで、無駄に時間を浪費しても具合が悪いぞ。お触れの施行まで期限がそれほどない。他にやるべきことがあれば、そっちを先に済ませてしまったほうがいいんじゃないか?)  悠太様の意見はもっともでした。  この場で粘ったところで、上層部と会える可能性は低そうです。そもそも、その上層部がまだ方針を決定できないからこその、今のこの教会の大混乱だとも言えます。たとえ会えたとしても、果たして建設的な意見交換ができるでしょうか。  で、あるならば――。 「本日は買い出しに回りましょうか。教会の方針がどのようなものになるにせよ、食料などは確保しておくに越したことはありませんわ」  今後、子爵領内も混乱する可能性があります。そうなると、物流が滞り、食料品の値上がりを覚悟しなければならないでしょう。  ただでさえ力の弱い孤児院です。子供たちを飢えさせないためにも、まだ物価が安定している今のうちに、当面の食料品、生活必需品を買い込んでおく必要があるのではないでしょうか。  それに、わたくし自身の旅装も整えておかなければいけません。日を追うほどに、領政による精霊教信者への締め付け、監視が強まる恐れがあります。いつまでも、自由に街中を動き回れるとも限らない状況です。  済ませられる準備は、済ませておいたほうがいいでしょう。 (そうだな。昨日、教会から預かった見習い伝道師の旅装準備の一時金、さっそく、ありがたく使わせてもらおうぜ)  わたくしは頷くと、院長先生に今日の予定を話しました。 「そう、ですね。では、エマとともに買い出しをお願いできますか? 私はもう少しここに残って、上層部の意向を探ってみます。話し合いの場を、少しでも早く持てるように……」  院長先生はうなずいて、わたくしの頭を軽く撫でました。 「わかりましたわ! こちらはわたくしとエマ様に、しかと任せてくださいませ!」  わたくしは胸を張り、声高に諾の意を表明しました。  ★ ☆ ★ ☆ ★  わたくしは途中で孤児院にいたエマ様を拾い、中央通りまで来ました。  露天商たちの売り込みの声が響きわたっています。いつもと変わらない活気が、昨日のお触書の影響をあまり感じさせません。露天商には他国、他領の人間も多いので、子爵領内への精霊教禁教の処置が、まだそれほど大きな影響を及ぼしてはいないのでしょう。  ですが、今まで精霊教関係者との取引をメインにしていた商人などには、徐々に差し響いていくと予想されます。これから、このグリューンの街の経済は、いったいどうなってしまうのでしょうか……。 「アリツェ、あんたは先に自分の旅装を整えてきな。孤児院関係は私が見繕っておくよ」  エマ様はニッと笑い、わたくしの背を押しました。  せっかくの申し出です。わたくしは素直に受け入れることにしました。 「では、そのようにさせていただきますわ。お昼にいったん孤児院に戻りますので、そこで進捗を確認いたしましょう」  エマ様は同意の頷きを返すと、そのまま人ごみの中へ入っていきました。 「さて、わたくしも自分の用事を済ませませんと」  わたくしは一つ気合を入れ、まずは露店の集中する中央噴水広場を目指しました。  ★ ☆ ★ ☆ ★ 「では、日用品はかなり確保できたのですね」  昼下がり、孤児院に戻ったわたくしは、エマ様からの報告を聞いて、うなずきました。 「ああ、いつものなじみの店のおっちゃんが、昨日のお触れを気にしていてくれてね。これから何かあると大変だろうって、在庫のほとんどを回してくれたんだ」  エマ様はほくほく顔で、テーブルの上に所狭しと日用品を広げています。 「ありがたいことですわ。これも、日ごろからエマ様が、精霊王様の御心に恥じない、素晴らしいお心掛けで過ごされてきた結果なのでしょう」  日用品なら日持ちもするし、多めに確保できるに越したことはありません。エマ様の話では、向こう半年は困らない程度の量が確保できたようです。僥倖と言えるでしょう。 「アリツェ、随分と聖職者っぽい言動になってきたね。びっくりしたよ、あたしゃ」  心底驚いた、とエマ様は目を丸くしています。 「うふふ、そう言っていただけますとわたくし、うれしくなってしまいますわ」  勉強の成果が出ていることに、わたくしも思わずほおを緩めます。  知識を定着させるためにも、機会があれば覚えた内容を使うように心がけています。使い慣らせば使い慣らすほど、その知識はわたくし自身の血となり肉となります。上っ面だけにはとどまらない、真の理解にまでたどり着くようになるのです。 「で、アリツェはどうだったんだい。良いものは手に入ったかい」  エマ様の目は、わたくしの足元の包みに向きました。 「首尾は上々、ですわ。長期間の旅にも耐えられる装備が手に入りましたし、もう、いつでも領都を出られますわ」  わたくしは包みを開き、エマ様に戦利品を見せました。  動きやすい水色の丈夫なフード付きローブ、防水加工が施されたマント、柔らかいが、しかし、丈夫な皮で仕上げられたブーツ、などなど。  道中で目立ちたくはないので、色合いやデザインはごくごくシンプルなものにしました。  伝道師として活動するなら、住人の記憶に残るような目立つ装いがよいと神官様に言われましたが、あまり目立って子爵家に目を付けられるのも不安でした。結果、控えめな旅装を整えることにしました。 「私とすりゃ、美少女のアリツェだ。もっとかわいらしい格好をしてもらいたいところだけれど、聖職者としての旅だしなぁ」  エマ様は不満げに口をとがらせました。 「そういうことですわ。おしゃれは、仕事とは関係のないところで楽しませていただきますわ」  子爵邸にいたころも、余所行き以外は地味な服が多かったし、孤児院生活では、仕立てのそれほどよくない服の着た切り雀でした。たまのお小遣いでちょっとした装飾品を買うのが、せいぜいのおしゃれでした。  なので、わたくしはあまり、自身を華美に飾ることには慣れていません。着飾るよりは、実用性重視です。 「午後は、わたくしも孤児院用の買い付けに出ますわ。食料品は、保存食を中心に確保すればよろしいのですか?」 「そうだねぇ。生ものを買いあさったところであまり意味はないし。乾物や、干し肉などを中心に集めよう」  わたくしが首をかしげると、エマ様はうなずきながら答えました。  エマ様との作戦会議を済ませ、軽く昼食をとると、再び戦場――露店街へと向かいました。  ★ ☆ ★ ☆ ★  その夜、孤児院の一室――。 「では、明日、司祭様がお会いくださると?」  わたくしは、院長先生の顔をじっと見つめながら尋ねました。 「ええ、孤児院には霊素持ちの子もいるからね。多少無理をしてでも、会ってくださるそうだよ」  院長先生はうなずきました。ほっと安堵したような表情を浮かべています。  霊素持ちの保護は、教会の最優先事項でもあります。その理由で、教会上層部は孤児院を、特別待遇してくれているのでしょう。  今この状況では助かります。いつまでも宙ぶらりんのまま放置されていては、たまらないのですから。 「なので、アリツェ。明日、私と一緒にもう一度、教会へ行ってもらうことになるよ」  わたくしの瞳を凝視しながら、院長先生は口にしました。 「オーッホッホッホ! もちろんですわ、院長先生。わたくしにすべて、お任せいただいてよろしくてよ」  わたくしは同意しました。  院長先生は目を丸くして、わたくしの顔を覗き込みます。 「ア、アリツェ……。何か悪いものでも食べましたか? いつもと雰囲気が違うような……」  あぁ、わたくし、もう我慢がなりません。白状させてください。  ここまでの一連の行動は、すべて悠太様の人格で行われたものです。決してわたくしの意図した行動、言動ではありません。  今は夜、悠太様の人格が活動する時間でした。そうです、これは悠太様いわく、悪役令嬢モードなどという、あの得体のしれない代物です。 (あの、悠太様? その、『あくやくれいじょう』、おやめいただくことはできませんか?)  院長先生だけでなく、わたくしも正直困惑していました。 (いいじゃないかー。っていうか、この『悪役令嬢』モードに切り替えないと、あんたの口調を真似できない)  悠太様はきっぱりと言い切りました。 (ちょ、ちょっとお待ちくださいませ。わたくし、こんな話し方ではありませんわ!)  わたくしは心外でした。悠太様はいったい、わたくしをどんな目で見てきたのでしょうか。 (えぇー? 大差ないじゃん。夜はこれで行こうぜー。夜のアリツェは一味違うっていう感じで、どんどん売り出していこうよ)  うれしそうに声を弾ませる悠太様。  一方、わたくしは、 (あぁ……。頭が痛いですわ……。もう勝手になさってくださいませ) とつぶやき、深く深くため息をつきました。  すっかり舞い上がっている悠太様に、これ以上何かを言ったところで無駄だろうと、わたくしはあきらめました。 (よーし、ご本人の許可をいただきましたー。じゃ、オレの思うアリツェを、しっかり演じてやるよ)  言質は得たとばかりに、悠太様は喜びました。 「院長先生! 今まで黙っていましたが、わたくし、夜の顔は少しばかり違うのですわ!」  わたくし――人格は悠太様ですが……。わかりにくいので以後、悠太様の人格での行動は、悠太様と呼ぶことにします――は院長先生を見据え、胸元から扇子を取り出しました。バサッと大きな音を立てて広げると、口元をその開いた扇子で隠します。 「オホホホホッ、わたくしは、気弱な昼のアリツェではありませんの。強気の交渉事が必要なら、夜のわたくしがおすすめですわ」  悠太様は言いたい放題でした。  院長先生はあんぐりと口を開き、ただ黙って悠太様の言葉を聞いていました。  微妙な雰囲気のまま、明日のための打ち合わせが終わりました――。
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