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[*label_img*]  ユーファリア連合王国国王への謁見はスムーズに終わった。フルストが何やら話し込んでいたが、エレインは関係ないため庭園の隅っこでクィンシーとともに花を愛でていた。花はいい、癒される。虫がいなければ。 「アブラナ栽培でもやりたいですねぇ」 「シロツメクサもいいですよ、紹介で買い取ります」 「あー、クローバーいいですね。ちょっとした観光地にできそう」 「観光地……なるほど、その視点はありませんでした」 「《転移魔法|モビリス》さえ使えれば——そのための魔法陣をウィーケーティアから引けば、ありですね」 「なるほどなるほど。参考になります」  クィンシーは懐から取り出した手帳に書き込む。クィンシーとしてもディヴァーン領へ投資しているだけあって、開発には積極的だ。あとは、エレインがその開発を後押しする市長や郷士たちの意見をまとめればいい。  しばらくすると、フルストがエレインのもとに来てこう言った。 「エルよ……晴れ着を着てくれ」 「まだ言っているのですか」 「違う! ユーイン国王と話した結果だ! 国王も見てみたいそうだぞ? それに祖父の《大魔道師|マグナス・マギ》にも見せたいだろう?」 「見せたいわけではありませんが、勅命ならば致し方ありませんね」 「そうだな! そういうわけで、さっそく試着してみてくれ!」 「言っておきますけれど、連合王国国王陛下に見せるためであって、魔王陛下に見せるために着るわけではありませんからね」  フルストは有頂天すぎてエレインの言葉を聞いていない。エレインは「《水よ集え|アクア・コリゴ》!」と叫びたかったが、王城内なので指定された場所以外で魔法を使うのはご法度だ、我慢する。  仕方なく、エレインは部屋を一室借りて、着物の着付けをメイドたちに手伝ってもらいながら行う。やはり手際が違うらしく、メイドたちも戸惑っていた。それでもエレインの指示どおりにメイドたちは動き、すぐに着付けは完了した。  ああ、そう言えば履物を買っていなかった。エレインはしょうがなく、ブーツのまま着物を着る。鏡で全身を確認すると、和洋折衷でいい感じに仕上がった。  エレインはメイドたちに見送られ、中央庭園まで歩く——途中、すれ違う騎士や貴族たちの視線を浴びながら。やはり、ユーファリアでは《明ケ星|あけぼし》の着物が珍しいせいか、好奇の視線に晒されていて死ぬほど恥ずかしい。エレインは着崩さないように注意しながら、最大限速く歩いた。  中央庭園には、エレインの祖父も駆けつけていた。最初にエレインの到着に気づいたのは、フルストだった。 「おお! 見事なものだな!」  その言葉に吊られて、連合王国国王と祖父もエレインのほうを向く。 「おお、美しい! さすがよな、エレインよ!」 「うむ、うむ。母親に似て美しくなったな、エレイン」  そこまで褒められると気恥ずかしい。エレインは一層頬を紅潮させる。 「これならば、あの話を進めてもよいのではないか?」 「そうですな。年明け早々というのが気がかりでしたが、これならよいでしょう」 「何のことだ?」 「ああ、次代の《大魔道師|マグナス・マギ》の婿を探しているのだ、バラジェの魔王」  しばし沈黙の幕が降りる。  婿?  その単語を次に一番早く発したのは、フルストだった。 「婿!? なぜそうなる!?」 「な、なぜとは?」 「俺というものがありながら、花婿を探す必要などあるまいに!」  エレインはすぐにフルストの傍へ行き、腕を掴む。 「おほほほ、少し席を外しますわ、お祖父様」 「う、うむ、早めにな」  そのままエレインは素早くフルストの腕を引きずるようにして、中央庭園から離れる。  人通りのない廊下まで行き、ようやくエレインはフルストの腕を離し、こう言った。 「いきなり何を言っているのですか、陛下!?」 「いきなり訳の分からぬことを言い出したのはユーインだ! 俺以外にお前に見合う男はおるまいに!」 「だからそれは陛下の勝手な思い込みです。第一、家長であるお祖父様には逆らえませんよ、私は」  そうなのだ。もし見合いを命じられたなら、それに従うしかない。だからなるべく直接会わないようにしていたのだが——この魔王が、晴れ着を見たいだとか友好親善大使にするだとか余計なことをしたせいで、最終的に連合王国国王が祖父を呼び出してしまったのだ。つまりエレインの見合い話が持ち上がったのは、フルストのせいだ。 「よし、エルよ。今すぐバラジェに亡命しろ」 「外交問題に発展させる気ですか」 「致し方あるまい。必ずお前を幸せにするぞ、俺は」 「なっ……!?」  プロポーズか、と戸惑わせる言葉だったが、エレインはすぐに冷静になった。 「いえ、けっこうです」 「何と!?」 「よく考えなくても、いつもすごく迷惑なことされていますので、いまいち信用ならないというか」 「ぐはっ!?」  最近、とみにフルストがエレインの言葉に傷ついている気がするが——気のせいだろう、きっと。  エレインは最終通告のつもりで宣告する。 「そういうわけですので、私のことは諦めてください」 「ふ、ふははは、諦めるわけがなかろう! それにだ、バラジェニカで散々お前のことを言いふらした以上、引き下がるわけにはゆかぬ!」 「一体何を言いふらしたのですか」 「秘密だ! よし、《大魔道師|マグナス・マギ》に直訴しよう。それがいい」 「だから、何を言いふらしたのですか」 「知りたいか? うむ、知りたいのだな!?」 「やっぱりいいです。お見合い話、聞いてきますね」 「やめろおおお!?」  まるで駄々をこねる子どものように、フルストはエレインに縋りつく。暑苦しい。  結局、エレインはフルストに「《水よ集え|アクア・コリゴ》!」と叫んで脅した隙を突き、《転移魔法|モビリス》で逃げ出した。バレないよう、中央庭園の片隅に到着する。明確なイメージと近場であれば、《転移魔法|モビリス》と叫ぶだけで転移できるのは便利すぎる。  すると、エレインはクィンシーが連合王国国王と祖父の隣に座り、何やら真剣な話をしている様子を見つけた。  エレインは側へ行き、聞き耳を立てる。 「……ですので、特に恋仲というわけではありません。フルスト魔王陛下はご執心のようですが」 「そうか……それは彼には悪いことを目の前で言ってしまったな」 「少し残酷でしたが、致し方ないことでしょう、陛下。ユーファリアが次代の《大魔道師|マグナス・マギ》を他国へ嫁がせるなどできますまい……もし万一、フルスト魔王陛下が退位して、ユーファリアに来られたならば話は違いますが」 「それは有り得ぬな。人間と魔族が結ばれるなど、滅多にないことであろう」 「その滅多にないことが易々起こりうるのが浮世でございます。その場合、陛下はいかがされますか?」  また、しばしの沈黙が場を支配する。  完全に出ていくタイミングを逃したエレインは、呆然と突っ立っていた。 ☆  やがてフルストが戻ってきて、三人の輪に加わる。今まで何を話していたのか、さっぱり知らないフルストは、愛想笑いさえ浮かべていた。  エレインは憤っていた。勝手なことを言う連合王国国王と祖父、そして情報を漏らすクィンシーに——いや、クィンシーは問われれば答えなくてはならない立場だ、この際外しておく。とにかく、二人に対して、怒りを覚えた。  確かに、次代の《大魔道師|マグナス・マギ》と呼ばれている自覚はある。だが、エレインの本心としては、将来の伴侶まで勝手に決められては堪ったものではないし、政略結婚にと貴族と結婚すればディヴァーン領を乗っ取られる危険性さえある。そんなことを許すわけにはいかなかった。  では、どうすればいいのか? ディヴァーン領を守りつつ、連合王国国王と祖父の話を受け流し、フルストとクィンシーを傷つけない方向で話を終結させるためには、こうするしかなかった。 「《水よ集え|アクア・コリゴ》!」 「ぶふぁあ!?」  水の塊がフルストを襲う。頭から水を被り、濡れ鼠となったフルストは、驚いた様子でこう叫んだ。 「エ、エル!? 俺が何をしたと」 「見つけましたよ、陛下! さっきの失言、取り消してください!」  もちろん、演技だ。失言はいつものことだが、演技だ。繰り返す、演技だ。  そしてその演技に引っかかったのは、祖父だ。 「ええい、何事じゃ!? エレインよ、王城内で魔法を使うとはどうしたことじゃ!?」  エレインは祖父のほうへと振り返り、言った。 「お祖父様、私はまだ未熟者です。特にこの魔王のやることが許せないときもあります」 「俺が何をしたと」  まだ水浸しになり足りないのか、とエレインはきっと睨みつける。蛇に睨まれたカエルのように、フルストは黙る。 「次代の《大魔道師|マグナス・マギ》と呼ばれるからには、そうなってから身を固めなくてはなりません。未熟者が一人前になったとき、将来の伴侶を見繕ってくださいな」  エレインは右手を空に掲げる。 「それまでは、私はディヴァーン領を守ります! この魔法で!」  詠唱なしで、淡く緑に光る魔法陣が頭上に展開される。  そしてフルストには演技だと伝わったのかどうか、迫真の演技で《防御魔法|デーフェンシオ》を展開してくれた。 「エル! くっ、仕方あるまい、《防御魔法|デーフェンシオ》!」  気づけ、魔王。魔法の空打ちだ。  魔法の発動まで、あと数秒に迫ったところで、連合王国国王が動いた。 「エレイン!」  連合王国国王はエレインの名を叫ぶ。 「分かった!」  エレインは、すっと魔法陣を消し去る。魔法の空打ち発動二秒前だった、危ない危ない。フルストもそれに応じて《防御魔法|デーフェンシオ》を消した。 「相分かった。エレインよ、確かにお前の言い分はもっともだ。そして、ディヴァーン領を任せた余が安易に言うてよいことではなかった。すまぬ」  そう言って、連合王国国王は頭を下げた。その場にいる誰もが、その姿を疑った。  そしてもっとも動揺したのは、エレインの祖父だった。 「陛下、どうかお顔を上げてくだされ!」 「いいのだ、《大魔道師|マグナス・マギ》よ。その代わり、と言ってはなんだが、孫娘の見合い話を延期してもかまわぬか?」  そうまで言われては、エレインの祖父も折れないわけにはいかない。一歩下がって、頭も下げる。  「はっ……勅命とあらば、致し方ありますまい」  エレインは祖父のもとへ小走りで駆けていく。 「お祖父様、ありがとうございます。私は、ちゃんと自分の足で立てるまで、一人前になるまでは、お祖父様には見守っていただきたいのです」 「分かった、分かった。そうまで言われては、儂が悪者じゃろう。先方にも話は流れたと言うておく、心配するな」  すでに先方がいたのか。危なかった。  エレインは胸を撫で下ろした。  そして、連合王国国王へ向けて、頭を深く下げた。 「申し訳ございません、陛下」 「何、気にするでない。そなたの意思を尊重したまでのこと」  この国王、気づいているのかもしれない。  エレインはそう思いつつも、「ありがとうございます」と笑みを浮かべた。 ☆  大陸歴一七九七年、一月二十八日、夕方。  《黒曜館|こくようかん》の前に魔法陣が現れ、一瞬でエレインたち三人の姿と荷物が運ばれてくる。  やっとの思いで、《黒曜館|こくようかん》の門をくぐると、使用人の男性たちが駆けつけてきてくれて、荷物をすべて任せることができた。そして三人は屋敷の中へと入る。  三人をメルヴィルとアラステアが出迎えてくれた。 「お帰りなさい!」 「おかえりなさいませ、皆様」  出迎えの挨拶に、三人は笑って応える。 「ただいま」 「ただいまです」 「戻ったぞ! さて、今日の夕食は」 「陛下はちゃんとバラジェニカへ帰ってください」 「なぜだ!?」  フルストはメルヴィルに引っ張られて、バラジェニカ行きの魔法陣のある地下の小部屋へと連れていかれる。その様子を皆は黙って見ていた。  エレインは嘆息する。 「ふう……大変でした」 「あの、エルさん」 「はい?」 「その服は?」  エレインは指摘されてようやく気づく。  晴れ着姿のままの自分の姿に、アラステアは不思議そうな視線を送っていた。  ちょっと恥ずかしい。エレインは俯く。 「忘れていました……後で脱がないと」 「綺麗ですよ、すごく」 「ありがとうございます、アルさん」  アラステアの褒め言葉は語彙が少ない。それでも、まっすぐ伝えてくれていることが分かるため、大変嬉しい。  しばらくするとメルヴィルが戻ってきた。 「無事陛下はバラジェニカへ送り返しましたので、ご安心ください。今日は来ないでしょう」 「本当にありがとうございます、メルヴィルさん」 「いえいえ。さあ、夕食の準備は済んでいますよ。食事しながら、ヤジャイカでのことをお聞きしましょう」  晴れ着を脱ぐ暇もなく、エレインは夕食に臨んだ。  今日の献立はローストビーフだ。エレインの大好物を前に、メルヴィルは微笑む。 「ちゃんとおかわりもありますから、ゆっくり食べてくださいね。特にアルさん」 「えっ、あ、はい!」 「いやあ、久々の故郷の食事ですよ。エルさんの大好物ですね!」  クィンシーにそう言われて、ああ、そうか、とエレインは心の中で納得した。  ヤジャイカは桜子の故郷、日本とそっくりだった。だから日本食——茶粥や猫まんまを食べることができて、エレインとしては大変満足していた。  そうか。今の故郷はユーファリアなんだ。エレインはしみじみ、第二の故郷の味、ローストビーフを噛み締めて食べた。美味しい。  食事を終えると、今度こそエレインは自室で晴れ着を脱いだ。薄紅色の桜をあしらった晴れ着と帯を畳み、そっと桐箱に入れる。  綺麗、か。アラステアの言葉は、本心だろう。皆が皆、一様にエレインの姿と物珍しさと晴れ着の美しさから、そう言ってくれる。嬉しさとともに、気恥ずかしさもあった。  今までの桜子なら、それを素直に受け入れることはできなかっただろう。卑屈になって、晴れ着が綺麗で美しいのであって、桜子自身が綺麗で美しいわけではない、と思い込み、否定したに違いない。だが、エレインとなってからは、素直に褒め言葉も受け取ることができていた。ああ、心に余裕ができたのだな、とエレインは自分の成長を実感する。  卑屈な性格が完璧に治ったわけではない。だが、少なくとも、アラステアやクィンシー、ついでにフルストの言葉は、信用できていた。なぜだか分からない。フルストについては……あれだけ熱心にアプローチされていれば、嫌でも本心だと分かる。  エレインは、執務室に戻り、執務を再開した。時刻は午後八時を回ったところだった。机の上に山積みになった決裁書類と、メルヴィルが書いてくれたのであろうメモの数々、それに新しい羽ペン。いつでも仕事を再開できるよう、メルヴィルが整えておいてくれたのだろう。感謝の念に絶えない。  そのメルヴィルは、一時間後、お茶を持って執務室に現れた。 「エレイン様。あまり根を詰めすぎると、お体に障りますよ。お茶でも飲んで、落ち着きましょう」  メルヴィルの言い分はいちいちもっともだ。エレインは羽ペンを置き、ソファを陣取って、紅茶を嗜む。  一方のメルヴィルはと言うと、嬉しそうにエレインがお茶を飲む姿を見ていた。 「あのー、メルヴィルさん?」 「はい、何でしょう」 「私の顔に何かついていますか?」 「いいえ? ただ、無事帰っていらしたことが嬉しいだけですよ」 「それは……ありがとうございます」 「ははは、見知らぬ異国の地はどうでしたか?」 「ええっと、友人が二人できました。知り合いはたくさん」 「それはよかった」 「あと、その友人の一人に、魔王陛下がかなりお説教を食らっていました。食らうようなことをしたからですけれども」 「……あとで手紙を書いておきますね。申し訳ございません、主君の不始末は私ども指南役の不始末でもあります」 「いえ、私も不用意な発言をしてしまったので、あまり責めないであげてください。十分お説教をされていましたし」 「はあ……そろそろ落ち着いて、将来のことを考えてくださるとありがたいのですがね。しばらくは無理でしょうね」  メルヴィルは頭を抱えていた。まあ、それもそうだろう。  突如女の家に忍び込み、寝顔をニマニマしながら見る趣味を持つ魔王など、歴代魔王がどれほど個性的であっても自重した類の話だろうし。  やがて、時計の針が十二時を指す。もう夜も十分更けた。エレインは作業をそこそこに切り上げ、メルヴィルとともに執務室を後にした。
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