フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
東京の夜も深くなった頃、俺、水原陽斗(みずはら はると)二十一歳は自宅に帰るためにスクランブル交差点の前で車が次々と通過していくのを見て、信号が青に変わるのを苛立ちながら待っていた。    今日も残業という名目の上で先ほど夜10時まで働かされいた。明日も朝7時までには出勤しなければいけない。    俺の職先は精密機械を扱っている工場なのだが、いわゆるブラック企業で、俺たち社員は社長にいいようにこき使われている。休業日も滅多になく、来週に控えているお盆休みすらもどうやら取れそうにない。    おかげで心身ともにボロボロ。俺に許された安らぎの時間といえば工場の終業する夜10時から明日の出勤時間、朝8時までの約10時間。寝る時間にほとんどをとられるため、自由な時間と言えば本当にわずかなものだ。そんなわずかな時間を信号に奪われていることが今の俺には気に食わなく、苛立っている。    そしてようやく信号が青になった。人々が一斉に歩みを進める。ただ、夜も深いためか、人の数は昼の時と比べると少ない。    俺もその人の波にあやかって、交差点を渡り始める。    ー俺の人生はいったい何なのだろう。何の意味があるのだろう。  この交差点を通るたびに俺が最近思うことである。    明日になればこの道を今度は反対に歩く。その先は職場(地獄)だ。きっと俺は明日憂鬱な気持ちでこの交差点を歩くことになるのだろう。    そう考えると、自分の人生とはいったい何のためにあるのか、自分がどうして生きているのかが分からなくなる。    事が起こったのは、交差点のちょうど真ん中くらいだ。 「あの、水原陽斗ですか?」  突然後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。    幼さが残る可愛らしい声。その声は俺にとって懐かしいもので脳裏には、俺の知る声の主の姿がふと浮かび上がる。    しかし、きっと振り返ればそこにいる人物はまったくの別人なのだろう。なぜなら彼女はもうこの世にはいないのだから。    俺は声に反応して、その声が聞こえてきた背後を振り返る。   「嘘……だろ?」  俺が目にした姿に驚愕した。そこに立っていたのは、まさに今俺が思い浮かべた少女そのものだった。    背は身長170センチくらいの俺よりもはるかに小さく胸ぐらいまでしかない。幼さが残る顔立ち。髪は肩にかかるかかからないかぐらいのショートヘア。夏の季節にふさわしい涼しくかわいらしい服装をしていて、半袖の服に丈の短いスカートを身に着けている。    驚愕気味の俺に、少女はもう一度聞き直してきた。   「あなたは水原陽斗ですか?」  なぜ自分の名前を知っているのか、もっと言えばこの少女はいったい何者なのか、目の前に立っている少女の容姿はまさしく俺の知る今は亡き少女そのものなのだが、彼女と同一人物であるとは、俄かには信じがたい。疑問に疑問が積もるが、まずは話をしてみないとなにも始まらないと思い返事をしてみる。   「確かに、俺は水原陽斗だが、お前はー」 「お兄ちゃん!」  自分の名前を明かすと、少女は何の迷いもなく俺の胸めがけて飛びついてきた。飛びついてくる瞬間、少女の瞳が光に反射した。少女はうっすらとだが、涙を浮かべていたのだ。    それより少女は今、俺のことを「お兄ちゃん」と呼んだか?    ますます俺の知る少女と目の前にいる少女が重なって見えた。疑問に疑問が積もるが、それを解消するには少女と会話するしかない。    俺は一度俺の胸元で顔をうずくめている少女をはがし、聞いてみる。   「きみの名前は?」 「水原 結奈(ゆな)だよ?お兄ちゃん」 「っ」  にこやかにそう明かす結奈に驚きが隠せなかった。    水原結奈とは、俺が数年前に亡くした妹の名前だからだ。さらに情報を引き出すべく、俺は問う。   「なんでだ?お前はあの時死んだはずじゃー」    そこで車のクラクションが俺の言葉を遮るかのように鳴り響いた。    嫌な予感がして、周囲を見渡す。    俺たちがいるのは交差点の上で信号は赤。目の前ではこちらを車のライトが照らし、クラクションを浴びせてきている。    俺は現在の状況を理解し、赤面しながら車に乗っている人に頭を下げ、結奈の手を引っ張りながら俺が元々行こうとしていた向かい側の道へと走った。   「それで、何か言ってたみたいだけどよく聞こえなかった。もう一回言って」  安全なところに移動してひと段落していると、結奈がそう聞いてきた。やはりさっきの言葉は結奈の耳には届いていなかったらしい。    俺はもう一度先ほどと同じことを言おうとしたが、寸のところで言うのを止めた。    冷静に考えてみれば俺の知っている彼女はもうこの世にはいない。きっとこの少女は名前も顔も彼女と同じ別人なのだろう。世界には同じ顔の人が3人いるとどこかで聞いた気がするし、名前まで一緒なのは世界の人口70億人の中で起こった奇跡なのだ。少女が俺のことを兄と呼ぶのだって同じ理屈で、少女の兄と俺が同じような顔をしているから。きっとそうだ。そうに違いない。    俺は自分に言い聞かせ、目の前にいる少女に対し冷静に対処しようと考えた。そう、少女はきっと迷子なのだ。   「君はどこに住んでいるの?」 「決まってるじゃん。お兄ちゃんと一緒に住んでいるお家だよ」  当たり前じゃないかと笑いながら言う結奈。   「う~ん。じゃあ自分の家がどこにあるか分かるか?」 「それは……分からない」  俺の質問に言葉が詰まり、今度は困った顔をする。   「……よし」  俺は結奈の手を引っ張り、あるところに行くことにする。   「?もしかしてお家に案内してくれるの?流石お兄ちゃん!」 「そうだ。お前のお家に案内してやる」 「やった!お家に帰れる」  結奈の喜びに反して、俺が連れてきたところは薄暗い光を発している小さいながらも大きな権限を持っている建物、そう交番である。   「ちょちょちょ、ちょっと待って、なんで交番なんかに連れてきたの?」  慌てた様子の結奈に対して俺は落ち着いた様子で   「え?だからお家に案内してくれるって言っただろ?……警察が」 「違う!私はお兄ちゃんのお家に行きたいの!」 「きみが俺の妹なわけないだろ。たぶん見間違えだ」 「違うもん!どうして信じてくれないの?確かにお兄ちゃん、今朝見たときより背もだいぶ高くなってるし、大人びてるけど……。けど、自分のお兄ちゃんを見間違えたりなんかしない!」 「いや、背が違う時点で別人だろ!」 「じゃあ、なんで私はお兄ちゃんの名前を当てれたの?」 「……たまたまだろ」 「そんなたまたまあるはずがないでしょ!」  そうやって俺たちが激しい口論を繰り広げていると、交番の扉がガチャガチャという音と同時に開いた。    開いた扉から現れたのはあたりまえだが警察だった。   「そこの二人、交番の前なんかで何をやってるんだ」  がっしりとした体格をしたその男は、その体格に見合うような威厳を持った低く、深みのある声でそう聞いてくる。    ーなんかやばそう。   「あーえっと……、すいません兄妹喧嘩です。すぐに帰ります」 「ならさっさと帰れよ。夜も深いんだから」 「はい、すいません」  警察は注意だけすると、身をひるがえし交番の中へと入っていった。   「危ないな。もうちょっとでめんどくさいことになるところだった」  このままいったら迷子の子を交番に差し出すのではなく、けんかしているところを補導されるところだった。    難が去ったことに、俺はほっと肩を下ろす。   「お兄ちゃん、いいの?」  隣の結奈が不安と喜び、対極する2つの感情を同時に持った複雑な表情をして聞いてくる。   「……まあ、とっさに兄弟だって言っちまったし、交番には出せなくなっちまったな。……さすがに野放しって訳にもいかないし、今日だけは家に泊めてやるよ」 「やった!ありがとう、お兄ちゃん」 「うわっ分かったから抱きつくな。ほら、行くぞ」 「はーい」  そうして結奈を連れて俺は自身の自宅に向かうことになってしまったのだった。    俺はこいつが妹だとは認めていなし、まだきっと見間違いなのだろうとは思ってる。しかし容姿が俺の知る妹と同じこと、俺の名前を一発で当てたことから、本当に妹だという可能性も捨てきれない。    こどもし……こいつが本当に俺の妹だったら……妹は死んだという事実がなかったのだったら、いったいどれだけうれしくて素晴らしいことだろうか。      俺は今年に入ってから一人暮らしをしている。一人暮らしを始めたのは憧れを持ったからだ。    間取りは1DKで、家具などは基本白で統一されている。フローリングがしっかりしてある上にほぼ新品に近い状態なので家具ばかりなので清潔感のある印象を持てる。    しかし広さはそれほどではない。玄関から十歩ほどでもう部屋の隅についてしまうくらいだ。    東京という土地のブランドがあるので家賃は高い。就職して3年目になる俺だが、金銭的な余裕はないので、家賃をできるだけ低くしようと考え、金額を削りに削った結果、ここに行きついたのだ。    狭いと言っても、風呂はちゃんと設備されているのでとりあえず先に結奈を風呂に浸からせることにした。俺なりの気遣いというやつだ。    しかし、ここである問題が生じた。    女の子用の服がないのだ。    さっきも言った通り俺は一人暮らしだし、そういう趣味なんかもないので女の子用の服なんて持ち合わせてない。    かといって、着ていた服をもう一度着させるのも気が引けてしたくない。    俺はクローゼットの中からできるだけ小さな服を取り出して着させようと考えた。と言っても、今年一人暮らしを始めたので大きさにはそれほど差がないのだが。      その服を持って浴槽の手前まで向かった。   「着替えの服、俺の服しかないけどそれでもいいか~」  扉ごしに聞いてみる。   「えっ?お兄ちゃんの服!?う、うんいいよ~」  扉ごしでもあいつが動揺しているのが分かった。しかし何はともあれ、結奈からの了承を得ることが出来たので、あとは替えの服を置いておいて、結奈が風呂に上がるのを部屋で待つことにした。      それからしばらくして、結奈がご機嫌に風呂から上がってきた。    とても似合うとは思わなかった灰色をベースとした半袖半ズボンの地味な服だが、思いのほか似合っていて、彼女が着るとそれも彼女自身のかわいさを際立たせる材料となってしまったようだった。   「あ~きもちよかった」 「それはよかった。じゃあこれ食って早く寝ろ」  俺は机の上に置いておいた冷蔵庫の中に入っていたコンビニのおにぎりを指さし、食べるように促す。   「あれ?一人分しかないけど、お兄ちゃんは食べたの?」 「……ああ、仕事場で食ってきた」  嘘である。本当は昼から何も食べてない。ただ、こんな小さなおにぎりを半分にして食べてもお互い食べた気がしないだろう。だから俺は我慢することにした。   「ほんとに?」 「ほんとだ」  何かを察しかけているのか聞き直してきた。遠慮せずに食えばいいのに。   「……実は私もさっき食べてきたんだよね」  ーいや、さすがにそれは嘘だろ。    ついさっきまで帰る当てがなくて迷子になっていたのはどこのどいつだと言いたくなったがこいつなりの気遣いだと気付き、その言葉は喉もとで止まる。   「だから、一緒に食べよ?」 「……分かった」  こいつの善意を無駄にしたくないし、食べれるものなら食べたいと思っていたのでここは俺が折れることにして、有難く半分だけいただくことにした。      そして俺たちは半分に分けたおにぎりをあっという間に食べ終え、予定通り寝ることにした。    時刻はもう12時を回ろうとしている。子供は早く寝ないといけない時間だ。    しかし、またもや問題が発生した。……ベットが1つしかないのだ。こればっかりはどうしようもないことなのでどちらかが床で寝るしかない。   「じゃあ俺が床で寝るから、お前はそのベットを使え」  どちらかがとなれば当然ここで我慢しなくてはならないのは年上の俺である。俺はそうして床で寝ることを切り出すが……   「なんで?一緒に寝ればいいじゃん」 「はぁ!?」  まさかこいつがそんなことを言うとは思わなかったので驚く。   「俺男だぞ?抵抗とかないのか?」 「だって兄妹なんだから別にいいじゃん」 「兄妹なんかじゃねえ!」  平然とした顔で言う結奈に慌てて少し声を荒げてしまう。   「うぅ」 「!?」  声を荒げたのが原因か、兄妹じゃないと否定したのが原因なのか分からないが、結奈は泣き出してしまう。   「うぅ、どうして認めてくれないの?私たちが兄弟だってことを」  泣きじゃくる結奈にどう接すればいいのかと慌てる。 「ぐ、あ~分かった。俺とお前は兄妹だ。だから一緒に寝よう」  何を言うのか迷ったが、結局表面上は兄妹ということにして、一緒に寝ることを了承するしか方法はなかった。   「うん!」  それに満足したのか、泣き止んで笑顔になる結奈。   「じゃあ一緒に寝よ」 「……おう」  そうして結奈はさささっと先にベットにもぐりこみ、手招きをしてくる。他人の女とベットに入るなんて経験、21年間生きてきたなかで一度もなかったので緊張する。落ち着け俺、子供を寝かしつけるのと何も変わらないだろう?    そうして俺は電気を消し、自己暗示を掛けながら恐る恐るベットの中に入った。   「ふふ、あったか~い」  耳元でささやくように結奈が言ってくる。嫌がらせか?   「し、静かにして早く寝ろ」 「は~い」  叱られたのにもかかわらず、上機嫌な声で返事をしてくる。    静かにと言ったのは俺なのでそれ以上は何も言わなかったが、布団の中に入ってしまうと妙に落ち着くことに気付いた。    そして同時に懐かしい。そういえば、昔は妹と一緒に寝てたっけ。こいつと寝ると、そんな懐かしい記憶がよみがえってきた。    ー……まさかこいつは本当に俺の……いや、そんなはずがない。    俺はそんなことを思いながら、次の瞬間には仕事の疲れもあいまってか、ころりと眠りについた。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行