フォントをダウンロード中
ページの左右でマウスを左クリックします。
または、 キーボードの左右の矢印キーを入力します。
ページ上で指先を左右になぞると、 前/次ページへ移動します。
メニューはページをタッチすると現れます。
× ヘルプを閉じる
 小町に行く道中、桃華は一生懸命大樹に状況を説明した。  まず、拓真に告白されたこと。同じ大学に受かることを前提とした話であることも忘れずに。  そして、純に告白されたこと。こちらは期限を三学期までと区切られていること。  さらに一週間前の桃華撃沈事件——結婚を前提としたお付き合いでないとダメ、という条件をあっさり否定されたことも付け加えた。  最初は神妙に聞いていた大樹も、だんだん面倒くささが顔に出はじめていた。桃華もその気持ちはよく分かる。だが、問題は桃華だけの話ではないのだし、可愛い後輩のために尽力してくれるべきではないだろうか。いやそうに違いにない。切々とそう桃華が大樹に説くころ、二人はようやく小町に到着した。  暖簾をくぐりながら、大樹はこう言った。 「話はラーメン食べてからでいいだろ。ちょっと俺も状況を整理したい」 「はい、分かりました」 「しっかし、面倒なことになってんなぁ」 「面倒です! すっごく!」  心底、桃華もそう思った。当事者でありながら、この面倒くささはなんなのだろうか。  小町の店主は、新聞を読みながら「らっしゃい」といつもどおり声をかけてきた。店内に二人以外の客はいない。二人は一番奥の席に陣取り、桃華は塩ラーメンを、大樹は味噌ラーメン大盛りを頼んだ。  ラーメンはいい。心の傷を癒してくれる。暖かさは手料理以上だし、麺のコシは食べているという実感を与えてくれる、と桃華が勝手に想像していたころ、大樹が別の話題を切り出した。 「そういや、こないだ選んでくれた参考書、役に立ったぞ。ありがとな」 「え? 試験にでも出ました?」 「ばっちり出たよ。やっぱ予習は大事だな」 「お役に立てて何よりなので、私の話を」  桃華が話題を元に戻そうとしていると、小町の店主から「へい、お待ち」とカウンター越しに二人分のラーメンが来た。桃華と大樹はラーメンの器を受け取り、割り箸を割ってさっそく麺を啜りはじめる。  ——あったかい。美味い。表情豊かだ。  桃華が天にも昇る心地で脳内ラーメン評論をしていると、隣で凄まじい勢いで味噌ラーメンを啜る音に邪魔をされた。  何せ、大樹は一口が大きい。そして一気食いが早い。もう麺の半分がなくなっている。  桃華は負けるかとばかりにラーメンを口に放りこむ。咽せた。大樹の真似はできそうにない、そう判断した桃華は、大人しく、ちょっとずつズルズルとラーメンを啜った。  店内にはラーメンを啜る音だけがこだまする。時折、店主が新聞をめくる音もする。  やっと桃華が塩ラーメンの汁を飲みおえると、大樹が重々しく口を開いた。 「考えてみたんだが」 「はい」  桃華はカウンターの上の台に、空のラーメンの器を置く。 「そもそも、お前は広瀬も佐屋も好きなのか? いや、あいつらは告白してきてるんだからお前のことが好きなんだろうけどよ、肝心のお前はどうなんだ?」 「えっ、拓ちゃんは友達としては好きですよ。純はともかく」 「じゃあ、彼氏にしたいか?」 「うーん……それは」  ——そう、そこなのだ。友達と彼氏は違うし、結婚相手もまた違う。  確かに拓真はいい子の部類に入る。成績も悪くない。桃華をヒーロー視しているところも含めて、桃華にとっては弟分のようなものだ。  しかし拓真を彼氏にしたいか、と問われると、桃華は唸ってしまう。純は言わずもがなだ。 「そういうレベルで迷ってるんなら、やめとけやめとけ。広瀬も佐屋も真剣なんだろ? そりゃあ、いきなり結婚を前提にした付き合いだなんて言われりゃ、普通は否定するけどよ」  大樹のセリフはちょっと桃華の胸にぐさっと来た。だが、桃華なりの真剣さが、結婚を前提にした付き合いなのだ。 「んー……例えばの話なんだが」 「はい」 「もし、来年、いや今年でもいい、お前に何かあって、怪我でもして、一生障害が残るようなことになったとするぞ」 「ええっ!?」 「例えばだよ! で、二人は、それでも付き合いたいって言ってきたら、どうする?」 「断ります」 「理由は?」 「相手に負担をかけたくないからです」 「そういうところが、お前はダメなんだよ」 「ダメってどういうことですか!」 「人間、支え合って生きてくもんだ。なのにお前の言い分は、支えてもらうか支えるかのどっちかしかねぇんだ。両極端なんだよ」  ずがーん。  桃華は頭に金だらいが落ちてきたような衝撃を受けた。何がダメなのだ。支え合うなんて高校生にできるわけがない。それこそ、生涯を共にする相手くらいなものだ。  桃華がそう反論しようとしたところに、大樹はため息を吐いた。 「お前、高校生の交際なんて手ぇ握って歩くだけで十分だろ。大学生だってそれに毛が生えたくらいなもんだよ、普通は。それをすっ飛ばして、いきなり結婚だなんて言い出すから、広瀬が呆れたんだろ」  ぷぷっ、と小町の店主が新聞紙の陰で吹き出した。桃華はジロリと睨む。小町の店主は何事もなかったかのように、カウンターに背を向けて新聞紙を読んでいた。  なんて幼稚な恋愛観なのだ、と思うと同時に、一般的に健全な恋愛とはそういうものなのか、と桃華は驚く。いや、キスくらいするよ、幼稚園児でもするよ、と心の中で桃華は大樹にツッコむ。 「とにかくだ、広瀬がお前を散々否定した理由は分かったか?」 「えー……純は手を繋ぎたいだけなんですか? 拓ちゃんも?」 「今の段階ではそうだよ。お前はちょっと、いや大分先走りすぎだ。その結果すっ転んだってだけだから、まあ、いつものことだな」 「はあ」  ——それはそれであんまりな結論ではなかろうか。 「あ、そうだ。先輩、何で純は私のこと好きなんだと思います?」 「本人に聞けよ」 「本人に聞いてもはぐらかされるのがオチですよ。大体、好きな女子泣かせるって」 「ああ、そりゃ男子によくある失敗例だな。大丈夫だ、広瀬がお前のこと好きな証拠だよ」  大樹はあっさり言ってのけた。  桃華はあんぐりと口を開けていた。  世の中、事は単純なようで、複雑なようだ。
1
15
シリーズ一覧
感想を送る
作品を紹介
ブックマーク
しおりを挟む
作品情報
使い方
登録が完了しました!
確認事項
戻る
実行