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 街中が色めき立つ行事。  バレンタイン、ハロウィン、そしてクリスマス。  流れるクリスマスソングは、雑貨店やおもちゃ屋さんならまだしも、どこでも遠慮なしにかかっている。  青春真っ盛りの中学三年生の私は、イブに独りで街をうろついていた。クリスマスだからといえども、特に予定はない。あるとしても、家族とケーキを食べ、フライドチキンを貪るくらいであった。  昼前からウロウロしていたが、気づけば辺りは真っ暗。肌寒さを感じ、お腹もすいてきた頃。帰路につこうとしたら、人混みとイルミネーションが目に入った。どこぞやの企業が独自に行っているものらしく、ビルの前の街路樹にカラフルな光がある。  私は輝きを写真に収めると、幼馴染に「イルミネーション、綺麗だよー」のコメントと一緒に画像を送ってみた。すぐに返事は来ず、時間帯が時間帯だったせいか段々とカップルが増えて来た。私はカップルに押され、やがて見事に弾き出された。なんだか悔しいと思いながら、仕方なく駅に向かう。  電車に乗ろうとしたらスマホが鳴った。 『いま、誰かといるの?』  ひとりです、と私は返事を打つ。 『なるほど』  なんともいえない返しに、私は首を傾げた。  ところでクリスマスといえば、サンタクロースである。  真っ赤なお鼻のトナカイさんを連れた、ひげもじゃの赤い服を着たおじいちゃん。私もかつては心から信じていた。「サンタさんのお手伝いをするんだ!」とまで豪語していたくらい信じていた。  しかし、私がまだ小さかったあるときの話。両親がクリスマスの数日前におもちゃ屋さんに連れて行ってくれた。当然、私は喜んだ。欲しかったおもちゃを抱きしめて「これ!」と言ったときに、両親は「じゃあ、それがクリスマスプレゼントね」とぽろっと零してしまった。  そのときに私は思った。  クリスマスプレゼントって、サンタさんが持って来てくれるんじゃないの?   両親は明らかに「しまった……」という顔をしていた。そんなことがあり、私はサンタさんの存在に少々の不信感を抱くようになってしまう。しかし、それはあくまで不信感止まりである。そこに最後の一押しを加えた、別の人間がいた。幼馴染の上野《健|たける》という男だ。  結果として、いまでは単なるキャラクターとしか思えなくなってしまった。  だが、たまに思う。信じなくなってしまったから、私の元にサンタさんは現れなくなったのではないだろうか……と。私にとってサンタさんは、ピーターパンや妖精の類と同じ、信じる者には存在するのだと思う。  もうすぐ高校生になるのにまだサンタさんを信じているなんて、周囲を見ていたら到底言えない。しかし、私は心のどこかできっとまだサンタさんを信じていた。ただ、その思いが弱い。だから、私の前に現れてくれない。サンタさんを信じる子たちは沢山いる。彼らに比べると、私の思いはきっと小さいのだろう。  不思議な夢を見た。  私はパジャマのまま、どこでもない場所に突っ立っていた。鈴の音が遠くから聞こえる。そしてあのリズムが流れてきた。夢にまでクリスマスソングが流れるとは、相当毒されている。確かに今日は楽しいクリスマスだろうけども。 「Merry Christmas!」  ひょっこりと、私の目の前に男性が現れた。  背が高く、顔はそこそこイケメンさん。きっちりと着こなしたスーツ。ポケットはハンカチのような、光沢がある薄いものが入っている。男性の全体的なシルエットは、見ていて嘆息が出てしまうほどに素晴らしい。まるでスーツ売り場に立っていマネキンのようだ。  ただひとこと言えば、スーツの色が変。全体が真っ赤でポケットは真っ白。これは何処に売っているのかと本気で疑う。 「どちらさまでしょうか……?」 「これは申し遅れました。私はサンタ協会日本支部関西圏大阪支部の第三区担当です」  早口言葉のように肩書きを言った男性は「ちなみに事務担当です」と付け加える。 「はぁ、なるほど。……サンタ協会? いま、そう言いました?」 「ええ。『いつも元気に明るく!』がモットー。子どもに夢と希望を届けて早数百年。正確に言えば、もっと長いのですが。詳しくはこちらの『図説 サンタクロースの歴史 六十三版』をご参照ください。お子様から大人まで、楽しくサンタの歴史を学ぶことが出来ます」  差し出された本は、学校の教科書よりも厚い。表紙にはデフォルトされたサンタさんのイラストがある。数ページめくって見たけど、サンタさんの元になったニコラオスという人の名前は初めて知った。そこで生まれた彼の伝説が、後の私たちが知るサンタさんに繋がったってことかな。  それにしてもサンタさんの歴史ってこんなにも長いんだ、知らなかった。 「それでそのサンタ協会の担当者さんが、どうして私のところに?」 「実はサンタクロース業界は危機に瀕しておりまして……。子どもたちの願い事が、年々分からなくなってきているのです」  男性は困った顔をした。 「もしかしてそれは、サンタさんを信じる子が少なくなくなってしまったから?」 「哀しいことにそれもありますが、近年はプライバシーや個人情報保護法といったものがあるじゃないですか。昔のように、我々に手紙を書いて下さる子が減ってしまったのです」  そういえば私もサンタさんに手紙を書いていたな。 「こちらはこちらで周辺聞き取りや調査を行ってます。なるべくその子が願うものを送ろうとは努力をするのですが、こちらの人手もそう多いわけではないですし……ましてや守りが固い子に対しては全く歯が立ちません」  守りが固い子。  つまり、現実的な子のことを指すのだろう。最近は確かに多いと思う。それに比べると私はいまこの男性と遭遇をしたことを、不思議なことにあまり驚いていない。むしろ楽しく感じている。きっとサンタさんを信じているから、本能的にすんなりと受け入れているのかもしれない。 「ここには、私が担当している地区の全ての子どものことが書かれています」  男性は分厚いファイルを取り出した。 「あなたは藤田《紗季|さ き》さんですね。龍野中学校三年一組。小学校二年生のときに、おもちゃ屋さんにてサンタクロースの存在に不信感を抱く出来事があった。そんな折、友人に『サンタさんなんていないよ。プレゼントは、みーんな、お父さんやお母さんが用意しているんだよ? クリスマスが近づいたときに親に、サンタさん宛に手紙書くように言われたでしょ?』と言われた」  男性はファイルから顔を上げる。 「大抵の子はあなたと同じようにして、サンタクロースを信じなくなります。これは我々にとって、大変嘆かわしいことです。しかしあなたはそれでも、いまサンタクロースを信じてくれています。我々一同、感謝の意でいっぱいです。ありがとうございます」  とても悲しそうな表情から、ぱあっと輝くような、眩しい笑顔。ひげもじゃでもなければ恰幅も良くない。だが、私にはまるで彼自身が本物のサンタさんのように見えた。 「それで、ですね」  男性はファイルから、一枚の紙を取り出し始めた。 「あなた、サンタクロースになってみたいとは思いませんか?」  え? いま何て? 「あなたのその信じる心。サンタクロースの素質があります。私の目に狂いはありません」 「……ちょっと、興味あるかも」  私は控えめに返した。 「ありがとうございます! ではあなたには、この方にプレゼントを届けて頂きたいのですが」 「分かりました! えっと、どこの子どもかな」  渡された紙を見て、私は固まった。そこにはどうしてか、健の名があった。私も含めて、たしかに彼も「子ども」のカテゴリには属するだろうけど。 「私が届けるのですか? どうして?」 「紙の裏面を見て下さい。『希望欄』というところが白紙でしょ?」  表には名前から住所、何時に寝るかといった情報まで、ぎっしりと書かれている。だが、裏面は真っ白だ。 「彼について、我々は調査しました。どうしても、本当の願い事が見つからなかったのです。しかし彼のことをよく知っているあなたならば、きっと見つけることができるはずです。お願いできますでしょうか? 勿論あなたにもお礼は致しますので!」  男性は私の手を掴み、切実な顔で頼み込んだ。  私は健とは長い知り合いだ。しかしながら、この男性たちが超越的な力で調べたであろうが見つけられなかったことが、普通の人間である私に見つけることができるのか。  率直に、真正面から「クリスマスに欲しいものってある?」と聞いて見つけることが出来るものではないだろう。 「私はどうすれば?」  男性はポケットから小さな虫眼鏡を取り出す。 「相手が眠っているときに、これを使って顔を覗いて下さい。相手の夢の中に入ることが出来ます」 「……ひょっとして、いま私と会っているのもその効果ですか?」 「そういうことです。相手の願い事が分かると、自然と現実に帰ることが出来ます。その間に夢の中で相手が見聞きしたこと、つまりあなたとのやりとりは相手は夢から醒めても覚えていません。ご安心を。現実に戻ったら、こちらの白い袋に手を入れて下さい。相応しいプレゼントが自動的に出てきます。それを枕元に置いてお仕事は完了です。楽しそうなお仕事だと思いませんか?」  渡されて手にしてみるが、白い袋には何も入っておらず軽い。 「楽しそうといえば、そうですが……相手のところにまではどうやって行けば良いのですか?」 「先ほど渡した紙に数秒間手を当てると、勝手に移動します。戻るときは袋に手を当てて下さい。ここに帰ってきます」  サンタ業界の事実に感心しつつも、私は何か大切なことを忘れている気がした。 「でもこれって、女子が男子の部屋に忍び込むことになるんですよね?」  その相手がよりにもよって健。それってどうなのよ。見つかったら大惨事ではないだろうか。 「引き受けてくださって、私……感激です! ありがとうございます! では早速、用意を致しましょう! 善は急げと言いますし、クリスマスまで時間はあまりありません」  男性はせっせと用意を始めた。 「格好もお願いできますか? クリスマスなので、それらしい格好にして頂きたいのですが」 「ええ、構いませんが。サンタクロースの格好ですよね」  私は男性のスーツを見た。色合いは構わないけど、そのスーツは嫌だなと心の中で少し思う。このスーツで現れたならば、おそらく笑われてしまう。いや、この男性には不思議とよく似合っているけど。 「さぁ、どうぞ」  男性は綺麗に畳まれた服を私に渡した。赤がベースで襟元に白いふわふわとしたものがついている。この時期によく街角で見かける女子用のサンタ服。一目見て、可愛いなと思った。きっとこういう機会でなければ、着ることができない。 「……でも、ちょっと短くありませんか?」  立ち上がり、サンタ服を合わせてみる。半袖なのはまだ良いが、膝上なのが気になる。男性は「そうですか?」と言うと、別のファイルを取り出して見始める。 「そういう形のものが喜ばれると、確かアンケート調査の結果に出ていたのですが。ここの地区では、受けが悪いのでしょうか。それは弱りましたね」 「どういうアンケートですか、それ……。これ以外に服はないのですか?」 「他のは出払っていまして……ま、気になるようでしたら下に何かを穿いてくださっても結構ですので。では、プレゼント配りを宜しくお願いします」  深々と男性は頭を下げた。  言われたように紙に手を当て、私は健の部屋に降り立った。  彼の部屋を訪れたことはあるが、小学校以来だ。そのときとおそらく部屋自体は同じ。変化したところといえば、模様替えをした程度だと思う。  暗がりでよく見えないが、枕元のランプを頼りにする。ブラウンを基調とした家具やベッド。落ち着いた雰囲気の、健らしい部屋だ。私は白い袋を背負い、渡されたサンタ服を着たまま静かに歩く。忍び足で、まるで泥棒のように私は枕元に近づく。  ランプにうっすらと照らされて、健が眠っていた。布団を深くかぶり、横向きになって眠っている。  私は紙を見直した。健の「希望欄」には、やはり何も書かれていない。しかしきっと彼のことだから好きなサッカー関係のものだろう。特に靴が欲しいと以前に言っていたのを聞いた。なので私は「靴、サッカーの」と念じながら、袋に手を入れて探った。  何かが指先に当たることを期待したが、袋の中をかき回せども何も出てこない。袋を逆さにして振っても変化はなかった。  眠る健の顔が真下に来た。その寝顔すらも隙がないように思えた。あたらめて彼の非の打ちどころのなさを痛感する。キャプテンという、皆をまとめる立場にあるのだから、きっと彼も普段は何か思うこともあるはずだ。  しかし、健はそういった愚痴を人にしない。 「……ごめんね、ちょっとだけ入るだけだから」  私は虫眼鏡を健の寝顔に向ける。夢の世界は本人だけの自由な世界だ。唯一の解放の場所。願い事を見つける為といえども、そこに他人が邪魔するのはやはり気が引けた。私はもう一度「ごめん」と言うと、大きく映し出された健の伏せられた睫毛を覗き込んだ。  目を開けると、暗闇のなかにドアがあった。錆のある、所々塗装の剥げた鉄のドアだ。恐る恐るドアノブを掴むと、独特の冷えた感覚がした。私はこの場所を知っている気がした。だからドアを開けるのが怖かった。きっと健はこの先にいる。ベンチに座っている。白いパジャマの姿で。  日が沈んだなかに健はいた。パジャマ姿でベンチに座り、ただひとりで病院の屋上から眼下を広がるものを見ていた。 「健、隣に座ってもいい?」  健は私の姿を見る。「いいよ」と言うと、真ん中から少し端にずれてくれた。私は制服のスカートを正しながら隣に座った。 「紗季はまだ帰っていなかったの? 他の皆はもう帰ったみたいだけど」 「うん。なんとなくね」 「日が暮れるのがすっかり早くなったから、あまり遅くまでいない方がいいよ。女の子の夜道の一人歩きは好ましくないから」  健は私に注意をすると笑った。私もつられて少しだけ笑うと、健が見ていたと思しきあたりに目を向けた。光が重なり合い、ぼんやりとだが輝きが見える。イルミネーションという類のものではないだろう。おそらくビルや外灯の白い明かりたち。そういったものがいくつもあり、遠くから見れば一種のイルミネーションにも思えた。 「紗季、今日って何の日か知ってる? クリスマスなんだよ」  健は私に顔を向けていた。私は頷く。  カレンダーを見て今朝になってようやく初めて気付いた、と健は言った。  夢の中でも今日はクリスマス。クリスマスなのに、不思議と寒さは一切感じなかった。十二月の寒空の下であろうに、寒さも温かさも何もかもを私たちは感じていなかった。それに、この夢は十二月は十二月でも、健のなかでは入院中の十二月だ。  昨年、健は足に大きな怪我をした。治療とリハビリの甲斐あって、いまはサッカーに復帰している。しかしながら「サッカーを続けられなくなるかもしれない」と当時、彼の口から聞いたときの衝撃はいまも忘れられない。 「それで親がね、クリスマスだからってプレゼントをくれたんだよ」 「何を貰ったの?」 「ゲーム機。高かっただろうな」 「よかったじゃん」 「まぁね、ベッドで遊んでいるよ」  そう言うが、健はあまり嬉しそうではなかった。浮かべる笑みは無理をして作ったようなもので、目元だけ切り取って見れば、むしろ切なげですらある。私は視線を外すと、光たちが灯っているところに目を向けた。光の色が白だけでなく緑や赤が、はっきりと足されていた。私が光に意識が奪われかけたとき「あのさ」と健が小さく言った。 「俺、昔に……紗季に悪いこと言っちゃったよな。サンタなんていない、って」  どうして急にそのようなことを言い出したのか。私には分からなかった。 「……覚えていたの? でも私はもう気にしてないよ。昔のことだし」  私は言葉の通り、気にしていなかった。確かに幼心には衝撃的なことであったが、だからといって健に怒っているわけでもなく、ましてや憎んでいる気持ちは全く持っていない。幼かったからこその、小さな喧嘩だといまでは思っている。  健は頷きもせず、静かに立ち上がった。ドアに向って歩き、振り返った。 「紗季のところにはちゃんとサンタさんが来るよ。俺が保証する」  彼は軽く微笑むとドアの向こうに消えた。ドアが閉まる鈍い音が聞こえ終わる前に、私は駆け出す。健が消えたドアを急いで開いた。そこにあったのは、誰もいない病室だった。カーテンは閉められ、布団も整えられている。健の姿はない。私は恐怖に近い感情を抱えたまま病室に入る。  唯一の明かりは枕元にあるものだ。私は何かに誘われるように足が動き、光の元にまで進んだ。誰もいない枕元で封筒を見つけた。表面には「サンタさんへ」とだけ書かれていた。  サンタさん、ごめんなさい。  さきちゃんはサンタさんのことがだいすきで、クリスマスがちかずくと、サンタさんのことばっかりいいます。  おれはそんなさきちゃんにいじわるをしました。  サンタさんなんていない。みんなうそなんだ。  これでさきちゃんは、もっとたくさんあそんでくれるとおもいました。  でもさきちゃんはなきました。たけるくんなんてきらいといいました。  おれもなきそうになって、いまのはぜんぶうそ、だからきらいにならないでといおうとしました。でもいえませんでした。  さきちゃんは、いまでもおれとなかよくしてくれます。  でもきっとほんとうは、おれのことをきらっているとおもいます。  おれはさきちゃんをひとりじめしているサンタさんがきらいでした。  ほんとうにごめんなさい。  おれにはクリスマスにプレゼントいりません。  そのかわり、さきちゃんにサンタさんからプレゼントをあげてください。  ひらがなばっかりの手紙は、健の部屋に戻った時には手から消えていた。私は目元を拭い、しゃがみ込むと眠る健を眺めた。 「ありがとう。でもね、健のところにもちゃんとサンタさんは来ているよ」  白い袋から出てきたのは縦長の封筒だった。しっかりと封がされていて、何が入っているのかは分からない。私はそれを枕元に置くと、少し乱れていた布団を整えてあげた。  健が素敵なクリスマスを迎えますように。  クリスマス当日、私はスマホが鳴る音で目を覚ました。 「もしもしー」と寝起きのしゃがれ声を出すと「何、その声」と返って来た。健だった。 「何って、何よ。こんなに朝早くにどうしたの?」 『時計を見て』  電話の向こうから指示され、時計を見ると一時をまわっていた。勿論、昼の一時である。カーテンの向こうから、暖かな日が差し込んでいる。私はスマホを持ったまま、もそもそと布団をかぶった。 「それでどうしたの?」 『今日、暇? 暇だよね。これから向かえに行くから』 「ちょっと待って。私の予定は無視ですか?」 『じゃあ、尋ねるけど何か予定があるの?』  ロンリークリスマスを送るつもり満々であったので、予定は真っ白だ。しかし素直に「無い」と言うのは癪に感じる。 『ともかく、いますぐ相応な服装に着替えること。それじゃ』  ぷつりと電話は切れた。  相応な服って一体何だろうと思いながら、布団から出てクローゼットの中を見た。足元に見たこともない箱が置かれていた。そこそこ大きめの箱で、赤い包みに白のリボン。メモが置かれていた。「プレゼント配達、ありがとうございます」と書かれていた。  健が来たのは、まさに私が用意を終えたときであった。私は頂いたものを羽織りながら、階段を駆け下りる。頂いたものは自分では到底買えないであろう、高級そうなコートだった。手首や首元にファーが贅沢なまでに付いた、暖かく真っ白な素材のコート。クリスマスの時期にピッタリなものだ。  健は黒いジャケットのポケットに手を入れて玄関に立っていた。手持ちぶさたな顔をしている。私は急いで靴を履いた。 「健、これから何処に行くの?」  靴を履き終えて立ち上がった私が尋ねると、健はぽけっとした顔をしていた。私は、健のこんな姿は初めて見た。気が抜けているというレベルではなく、例えるならば気を奪われている。 「……大丈夫? なんだか上の空みたいだけど」  私の言葉に健は何度も首を横に振った。 「あ、あぁ。気のせいじゃない? いまから映画に行くから」 「それはまた急なお話で。構わないけど……それって私と一緒でいいの?」  健は「もうっ!」と隠しきれない憤りを感じさせる声を上げ、私の頭を後ろからはたいた。結構、痛かった。 「暇なんだろ、今日? 家でごろごろしているよりかは有意義な一日を送らせてあげる。そう言っているんだって」 「それって――」  私の言葉は自然と途切れた。 「紗季の今日を俺に頂戴ってこと。恥ずかしいから二度も言わせないで。ほら、行くよ」  私の手を掴むと、健は玄関のドアを開けた。冷たい空気が心地よく体に入り込んだ。コートのせいか、私は体が温かく、なによりもドキドキしていていた。 「似合ってるよ、その服。悔しいけど可愛い」  健は向こうを向いたまま言った。ふわっとした白い息に隠れるように、ほんのりと染まった赤い頬が見えた。
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