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 雲ひとつない、澄んだ青い空。まるで海を思わせるその空に一つ、島が浮かんでいた。 このような島を、この世界では”《浮遊島|ふゆうじま》”という。 この《浮遊島|ふゆうじま》には、大きな、荘厳な造りの大理石の建物があった。この建物は、”観測所”と呼ばれ、星や、魔力の流れなど、世界のあらゆるものを観測する為の機関である。  しかし、観測所内では、外の平穏さとは裏腹に、叫び声や怒声が飛び交っていた。  ある者は空中に投影された画面に何かを絶え間なく打ち込み。  ある者は通信機に叫び続け。  またある者は魔法陣を展開させ、必死に何かを押さえつけようとしている。  一言で言えば、緊急事態であった。  彼らは”何か”を抑え込もうとしている。だが、彼らの努力虚しくその”何か”はどんどん膨れ上がり、今にも爆発せんとしていた。  誰もが息を呑み、覚悟を決めたその時、一人の女性が彼らの前に立った。彼女はローブを翻し、誰もが見てもわかる程に高度で大きな魔法陣を、瞬きのうちに展開させた。  所長。  と、誰が言ったか。その次の瞬間、”何か”は一気に縮小し、そして――― 爆ぜた。 ----------------------------------------------------------------------   この世界には三つの大国と、その他数多の小国がある。  三つの大国、三大国はそれぞれ陸、海、空を主な支配領域とし、世界の均衡を保っている。  まず、陸を支配するテッラ帝国。 建国から約七百年と、三大国の中では比較的若い国だ。しかし、周辺諸国を武力によって支配し、領域を広げてきたその軍事力は絶大。 建国当初は小さな弱小国であったが、多くの戦争に勝利し、大陸の殆どを手中に収めるまでに至った。 近年は工業が発展し、魔術や魔法の存在が薄まってきている国である。  次に、海を支配するマリテ王国。 首都アスターは建国当時に造られた海上都市であり、領土は海上に浮かぶ島々と大陸の一部の沿岸部で構成される。 元は周辺の群島に住んでいた人々が団結し、王を立ててできた王国である為か団結力は強い。 世界最強を誇る海軍を持ち、世界の海の半分以上を領海とする。  そして最後に、空を支配する王国ウラノス。 一応王政をとってはいるが、実際は王は君臨せど統治せず、民主政の色が強い。 現存している世界最古の国家であり、世界の学問や文化、芸術の中心地でもある。 その領土は数多の空に浮かぶ島、《浮遊島|ふゆうじま》で構成されており、その島々にはそれぞれ役割が与えられている。  この世界では魔術がまるで我々の世界の科学のように扱われており、生活の中心となっている。 そして、そんな魔術でも手が届かない、“奇跡”を扱うのが魔法や、霊術である。 魔術の進化系のようなものが魔法である為、魔術と魔法の違いは使用する魔力の量や質、魔術式や魔法陣の構造が違ったりと些細なものだ。なので魔術師と魔法使いは大きな違いはない。 だが、魔法と霊術は根本的な構造が違う為、結果的に魔法使いと霊術師は大きく違うものとなる。 分かりやすい違いとしては魔法使いは魔力が無くなった際は体力を削り、霊術師は霊力が無くなった際、命を削る。魔力は自分で生成できるが、霊力は出来ない。 よって必然的に魔術師が数の上では圧倒的多数占めていた。  そんな世界は、一度大きな戦争を経験している。 当時大陸を支配していた国が、新たな領土を求めてマリテを攻撃したのだ。 その国では飢饉が起こり、食料の調達が困難であった。よって彼らは安定した食料と国民の不満のはけ口のために戦争という手段を選んだ。 勿論マリテは応戦し、その戦禍は瞬く間に世界中に広がった。 やがて戦争で使われた兵器が中立だったウラノスの《浮遊島|ふゆうじま》のうちの一島を撃ち落としてしまったことによりウラノスが参戦。 戦局は一変し、有利に戦争を進めていた陸の大国はこの戦争で滅び、代わって大陸はこの戦争で最初にマリテ側について善戦したテッラが支配することになったのだ。 この戦争では当初は無関係であった国も巻き込まれ、多数の死者が出た。 強制的に協力させられた国もある。  そんな戦争から三百年余。 一人の霊術師の青年が、今、広い世界に足を踏み出そうとしていた。  その先で、世界の危機に巻き込まれるとも知らずに。 --------------------------------------------------------------  「本当に行っちまうのかい?」  母が、俺と妹に声をかけた。普段は凛々しく上がっている眉尻が、心配そうに下がっている。俺は着替えを広げた風呂敷に置いて、母に向き直った。 「ああ、母さん」 その言葉に母は更に眉を下げた。母にそんな顔をさせるのは息子として忍びないが、生憎と俺は一度決めた事はそうそう曲げない主義だ。俺は大丈夫、と続ける。 「これまではこの和ノ国だった旅の舞台が、世界に変わるだけだよ」  俺の名前はアカリ。和ノ国という国の山と海に囲まれた宿場町の出身だ。年は十七。去年まで三年程家を飛び出して、和ノ国中を武者修行の旅で巡っていた。 いろいろなものや人に出会って、見て、聞いた。尊敬できる師匠に出会うこともできた。……なんかとんでもない人だったけど。多分あんなキャラが濃い人には人生では出会わないだろうけど。というかそう信じたいけど。 ……ともかくだ。刀の腕もそれなりに上がった自信のある俺が、今度は世界に出て、もっと腕を上げたいと思うのも自然の流れというものだ。  しかし、それを家族に話した時、待ったと手を挙げた人物がいた。妹のメイだ。メイは十四歳の魔術師で、魔術の修行がしたいから連れて行けと銀色の髪を振り乱し、空色の瞳を潤ませて訴えた。 三年も家を空け、寂しい思いをさせてしまった負い目もあった俺は、彼女を連れて行くことにしたのだ。  当のメイは俺と母の会話を聞いているのかいないのか、魔術で空間を歪めているらしい鞄に上機嫌で物を詰めている。 妹よ、物理的に入っても重さは変わらないからな、そんなに入れて持てるのか。絶対俺に持てと押し付けてくるだろ。……って重力操作魔術付けてるし。後で俺の鞄にも頼む。 母はそんなメイを見やって、はあ、とため息をついた。 「とにかく、メイのことは頼んだよ。あの子は女の子な上、初めての旅なんだから」 俺はそんな母にわかっていると笑った。母に余計な心配はさせたくない。    旅立ちの朝は、清々しく、爽やかだった。  俺が部屋で愛刀―――“《雪華|せっか》”―――の最終手入れをしていると、どたどたと足音がして、扉がスパンと開かれた。 「兄ちゃん!! まだー!?」 「あと少しってメイ!?」 俺は思わず声を裏返らせてしまった。無理もない。昨日までは腰のあたりで揺れていた妹の髪が、今は顎のラインでさらさらと揺れているからだ。兄としては一大事である。髪は女の命じゃないんですか!? 「どしたの兄ちゃん」 「どしたって髪、どうしたんだ!?」 「切った」 「切ったァ!?」 目を剥く俺にメイは淡々と言う。 「だって旅するのに邪魔だし」 「そ、そりゃそうかもしれないけどさ……」 「てゆーか兄ちゃん早く!! 船長さん待ってる!!」 「うわちょ、引っ張るな……っ」 まだまだ言いたい事は山盛りにあったが、メイに手を引かれて外に出ると、髪を後ろで一本に結った女性がいた。  俺たち兄妹は宿屋を営む両親の友人が船長をしている商船に乗せてもらって、三大国の一つ、海の王国マリテに行くことになっている。 俺よりも少し年上の気のいい彼女は、若いながらもベテラン商人と対等に渡り合うやり手の女商人だ。 幼い頃からこの町に商人の父親に連れられて来ていて、自分の船を持った今でもよく土産を引っ提げて来てくれる。土産は異国のお菓子に始まり時々訳のわからない呪術的な何かなどなど。 訳のわからない何かは丁重にお断りした。結局それは彼女の昔なじみの元に渡ったらしいが、その人は全力で悲鳴を上げたそうだ。合掌。 「しっかし、あんたも落ち着きないなあ。帰ってきてから一年も経っとらんやろ?」 「んー、暫く旅してたからさ、一ヶ所に留まるのが凄いむず痒くて」 俺の返しに彼女はせやなぁ、わかるわぁ、と笑った。彼女も同じところにじっとしていられないところがあるからだろう。  「出航準備、整いました!!」 「おっしゃ!! アカリ、メイ!! はよ乗らんと置いてくで?」 その言葉にメイが反応する。俺もそれはやめてくれと叫んだ。 船長の冗談はいつものことだが、それにキチンと反応しておかないと彼女は気分が目に見えて下がるからだ。 ……メイにはそんな意図は無さそうだが。 「きゃー、置いてかないでー!!」 「あっはっは。どーしよっかなぁー」 メイに飛び付かれた船長はそのまま抱き上げて、くるくると回る。暫くそうやると、地面に降ろしてやった。あんな細腕にどんだけ力あるんだよ……。自分の腕を見やって目視で比べる。……俺の方が筋肉あるよな、うん、よかった!! 「よし、乗ったらすぐ出航やで!!」 「はーい!!」 メイは右手を挙げて元気に返事をすると、両親に挨拶をしてから、船に乗り込む。俺と船長も挨拶をして、後に続いた。  船長は全員が船に乗り込んだことを確認すると、船首に立ち、声を上げた。澄み切って凛とした声が響く。 「錨を上げろ!! 帆を張れ!! 目指すはマリテの首都、アスター!! さあ、出航や!!」  タンッと彼女が足を鳴らす。するとそこを基点にして、船全体に魔術式が広がる。これが”魔術船《まじゅつせん》”の出航の合図なのだ。  ”魔術船”とは、その名の通り、魔術を用いて動かす船である。船に予め魔術式を刻みつけておき、動かす際はそこに魔力を流す。 魔術船を動かすにはそれなりの魔力と技術を要する。 つまりは、”いい船長”とは、”いい魔術師”でもあるのだ。 それは、”科学”のように”魔術”が使われているこの世界において、一種のステータスでもある。  閑話休題。  船長の魔力を受けた彼女の船”《天風丸|あまかぜまる》”は彼女の腕を示すように軽快に海面を滑りだす。  頬を撫でる心地良い潮風。  並走するように飛ぶカモメ。  船員たちの声。  遠ざかる故郷。  俺の二度目、妹にとっては初めての旅は、こうして幕を開けた。 -------------------------------------------------------------  天風丸が出航したのと同じ頃、和ノ国の首都、《東|あずま》の東城。 「…………動いたか」 一人の青年が、眼下に広がる海を見やった。  それから数時間後、和ノ国に向かって疾走する一隻の小型魔術船があった。 それを操るのは、見た目こそ成年していないような子供だが、瞳は歴戦の戦士のような青年。彼は波に当たって船体が跳ねようがお構いなしに船をとばしている。だが、それでも遅いと感じたのか、一緒に乗っている二人の青年のうち、人形のように整った顔の青年が叫んだ。 「アンディー!! もう少し速くできないか!?」 アンディーと呼ばれたその青年は叫び返す。 「すみません王子!! これ以上とばしたら船が保ちません!!」 もうギリギリです、と続けるアンディーに海の王国マリテの第三王子、ベネディクト·マーフィーは歯噛みする。 それなら、ともう一人の青年、レナード·ワーナーは船が波を切る音に負けないように声を張り上げた。 「俺が保護の魔術をかけるんで、アンディーさんはもっととばしてください!!」 もうすでに魔術式を展開させているレナードを見やって、アンディーことアンドレアス·レヴィは船の速度を上げた。  それから一時間後には、東城の門を叩く三人の姿があった。三人とも海水を被ってびしょ濡れだが、それに構っている暇もないらしい。 「マリテから来た!! 話は通っているだろう、ここの次男に会わせろ!!」 ベネディクトが声を上げた。それにわかっていると言うように衛兵が門を開けるよりも先に内側から門が開き、そこから白いものが飛んでくる。キャッチしたベネディクトは、それがタオルだと気付くと同時に、親友の声を聞いた。  「焦らずとも我は逃げん。それよりも早く拭け。我が家の畳や床が痛むだろう、たわけが」 王子を相手にたわけと言い放ったこの青年は、和ノ国の将軍の次男、ミザクラ ハルイチだ。ベネディクトとは幼い頃からの幼馴染で、親友である。彼は三人が慌てて身体を拭くのを見やりながら続ける。 「とうに例のあれは動いているぞ」 「っはぁ!? 動くっておま」 驚いて手が止まったベネディクトに手を動かせとぴしゃりとしたハルイチは詳しいことは中で話すと門の内側へ入っていく。慌てて拭き終えた三人も後を追いかけた。  ハルイチの部屋についた四人は床に座って、彼の出した地図を囲む。ハルイチは地図を指しながら説明する。 「昨日までこの山の辺りで動いていなかったのだがな……。今日の朝、急に気配が動いて、察知できなくなってしまった」 「察知できなくなったって、和ノ国の外に出たって事か?」 「ああ」  ハルイチは霊術師である。それも、察知特化型の。彼は自然の気の流れを利用して、和ノ国中の事象を察知することができる。  そんな彼が気をつけて察知していたのは、とある山の付近でずっと動いていなかった魔力の塊であった。察知出来なくなったということは、ベネディクトの言葉通り、彼の領域、つまり和ノ国を出た事を意味している。  「動いたっつーことは、誰かが持ち出しでもしたんですかねェ」 レナードの言葉にいや、とハルイチは首を振る。眉を顰めて、自分の考えを確かめるようにゆっくりと言った。 「恐らく、これは意思を持っている。……生き物なのかもしれない」 「それはまた……。どうして、そうお考えに?」 彼はそう訊いたアンドレアスにいい質問だ、と言う。 「昨夜からこいつの様子がおかしくてな。今朝、いなくなって確信した。こいつは 喜んでいる」 「「「喜ぶゥ?」」」 三人の声が重なった。ハルイチは続ける。 「魔力の動きがな、精霊や、それに準ずる者が喜んだ時の霊力のそれと同じなんだ」 それなら、とベネディクトが答えを言う。 「こいつは喜んで自分から動いた、もしくは動かされた、ということか」 頷くハルイチ。ベネディクトは更に言う。 「こいつが何処に行ったかわかるか? ハルイチ」 「…………なんとなく、推量の範囲を出ないがな」 とん、とハルイチは地図に指を乗せ、すう、と動かす。かさりと地図が音を立てた。 「今朝、この山の麓の町からマリテに船が出ていてな。多分、これに乗ったんだろう」 「俺らの国、か」 「……よし、引き返すぞ」 立ち上がった三人は、待て、という声に止まった。ハルイチだ。 「我も連れて行け」 はあ?と眉を顰めた親友に構うことなく、ハルイチは鞄を取り出し、徐に浴衣から動きやすい洋服に着替え始める。 「準備ならもうできている。なに、伊達に何年も察知し続けてはいないさ。少しは探す役に立つだろうよ。…………どうせ、将軍は兄上が継ぐんだ、そろそろ 好きに生きさせろ」 それを聞いたベネディクトは仕方ない、という風に、でも少し嬉しそうに頷いた。跡継ぎ云々の問題でこれまでずっと自分の家に引き篭もらざるを得なかった親友の行動的な言葉が彼をそうさせたのだ。 それを見たハルイチはジャケットを羽織ると、口角を上げる。 「さあ、世界を救う宝探しと洒落込もうじゃないか」
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