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 私はどうやらおかしいのだと気付いたのは、だいぶ後のことだった。その原因は恐らく、私直属の教育係のせいなのだろうけど、三つ子の魂百までと言うように、もう手遅れだった。もちろんそう思っていたのは周りの大人だけで、私自身何とも思っていなかった。  悪魔は人間と敵対する存在だ。しかし、人に優しくして何が悪い。お人好しで何が悪い。人間達は面白い種族だ。ただ痛めつけたり魂を食らうだけなんてもったいないし、何より可哀想だ。可哀想で私には到底出来ない。出来れば共生して仲良く暮らしたい。  しかし、何度も注意をされるたびに嫌になっていったというか、面倒くさくなっていったというか……。その結果、私は聞いたことを右から左へ流すというスキルを身につけた。 「ルキノナ様! どうしてですか!」 「今なら攻め込めますよ!」  城内は私への疑問や不満が飛び交っていた。あまりにもうるさい時には外へと逃げていた。外まで追いかけてきた時には、人間界へと逃げた。私は人間界が大好きだった。特に平和な世界が良くて、悪魔などではなく人間に生まれたかったなあなんて本気で思う時もあった。  公園のベンチに座り、暖かな日差しの下、楽しそうに遊ぶ子供達を眺めていた。真っ黒なローブなんて羽織っているから、お母さん方には異様な目で見られる。そそくさと子供を連れて公園から飛び出していくこともしばしばあった。 「また逃げられちゃった」  はあ、とため息がこぼれる。別に何かするわけじゃないのに。魔王という億劫な仕事に疲れた心を癒そうとしていただけなのに。  もしかして、本能的に悪魔だと分かるのだろうか。それだったら随分と悪いことをしてしまっていた。早く帰った方が、子供達の為になるかもしれない。 「うあ」  ドン、と何かが足に当たった。視線を落とすと、小さな男の子が私の足にしがみついていた。大きな紫色の目で、私を不思議そうに見上げている。 「え………えっと……?」  急なことで言葉が出なかった。少年も何も言わない。しばらく私達は見つめ合ったまま動かなかった。 「こら! こんなところにいた!」  突然少年が持ち上げられた。女性は黒い髪を揺らし、大事そうに少年を抱き抱えている。少年の頭をコツンと叩くと、頬を膨らませてみせた。 「勝手に一人で行っちゃだめでしょ?」 「ううー」 「お兄さんもびっくりしたって。ほら、ごめんなさいは?」 「ごめー」 「あ、いやいや。いいんだよ」  少年が小さな手を伸ばしてくる。女性は私を見て、おそるおそる口を開いた。 「あのう………もしかして、何かお菓子持っていますか?」 「え? ああ……チョコレートが……」  ローブのポケットからひと口サイズのチョコレートを取り出すと、少年は目を輝かせて暴れ出した。 「ああー! あうー!」 「こら! だめ! これはお兄さんのよ! どうしてあなたはそんなに鼻がいいの!?」  たしかに恐るべき嗅覚だ。食べてない、取り出してもいないのに分かるなんて……いや、本当に分かっていたかは定かではないけれど。  私はチョコレートを少年に差し出した。 「いいよ、あげる。たくさん持っているからね」 「いいんですか……? ありがとうございます。ほら、ありがとうは?」 「あいあおー」 「ふふ。どういたしまして」  少年はチョコレートを慌てて受け取り、包装を取ろうと必死になる。なかなか取れないから、私が取ってあげると、少年はチョコレートを嬉しそうに頬張った。 「ありがとうございます。ああ……急いで食べないの」 「おいしいかい?」 「んんんー!」  満面の笑みで両手を上げる少年。それだけで溜まっていた疲れなんて吹っ飛んだ。ずっとこの少年を眺めていたい。天使かな、この子は。 「よかったわね、みーくん」 「みーくん?」 「ええ。ミヤっていうんです、この子」  少年は大きな瞳で私を見つめた。ごくりとチョコレートを飲み込んだ彼は、みるみるうちに目を細めていき―――。 「騙しやがってッ! 悪魔あッ!」  はっと目が覚めた。がばりと起き上がると、大量の汗をかいていたようだった。拍動も速くなっている。落ち着かせるようにしばらく胸に手を当て、ベッドから降りた。寝間着から服を着替え、身なりを整えて部屋を出る。食堂で二人分の食事をもらうと、その盆を持って地下へと足を運んだ。重たい扉を背で押して開ける。牢屋で挟まれた薄暗い道を進むと、ある一つの檻の前で止まった。 「おはよう」  暗い牢屋の奥で、少年が壁にもたれて座っていた。足を無造作に放り、シャツは半分はだけている。ボサボサの黒髪から覗く紫色の目は、憔悴しきっていた。牢に入り、彼に持ってきた食事を渡す。 「ほら、朝ごはんだよ」  服から覗ける白い肌は、傷やあざだらけだった。それから目を逸らすように、お盆に乗ったパンをちぎり、彼の口元に運ぶ。 「食べないと死んじゃうよ」  パシン、と手が払われる。パンは床に落ち、少年は私を睨んだ。息を吐き、私は落ちたパンのかけらを拾う。それをお盆に乗せ、スープの入った器を持ち上げた。 「スープなら飲んでくれる?」  振られた手を慌ててよけた。スープは波を立てたがこぼれることはなかった。私はひと口それを飲み、お盆に戻す。 「頼むから何か食べてくれよ。無理矢理食べさせるのも一苦労なんだからさ」 「……………しなせろ」  小さく呟かれた声に、私は少年に振り向いた。彼は虚空を眺めながら、ほんの少しだけ唇を動かしながら呟いていた。 「………こんなめにあうなら………しんだほうが……まし………」  少年は絶望の涙を流した。私はしばらく、ぶつぶつと呟き続ける少年を見続けた後、逃げるように牢屋から出た。地下から地上へ上がっていく。  彼を檻に閉じ込めたのは、紛れもなく私だ。柊未来という鎖で繋いだのも私。そんなつもりじゃなかったとは言うものの、こうなることはもちろん予測出来た。この未来が訪れる方が、確率が高いということも。 「ははっ……」  思わず笑みがこぼれる。いつからこんなひどい性格になったのだろう。見殺しと何ら変わりない………いや、もはや殺人か。彼を騙して殺した。  ――――――これじゃあまるで、悪魔じゃないか。 「……そういえば、私は悪魔だったか」  嫌すぎて忘れていた。私は魔王の血を引く、最上位の悪魔じゃないか。今更そんなことを確認するなんて、どうにかなってしまったのか? 「久しぶりだもんなあ………城で寝泊まりするのは」  廊下を歩いていると、多くの悪魔兵とすれ違う。私に敬意を払う者はいない。その方がいいなどと呟きながら、私はひたすら進んでいた。  ミクに魔力を埋め込んでいた時も、ずっと人間界にいた。眠り続ける彼女と一日中にらめっこをし、休憩がてらにふらっと外出する。それが一日のサイクルだった。人間界の方が居心地もよかったし、処遇に対して不満は無かった。  誰が行くか。あんたの家になんか。  ふと、少年が不審がりながら吐き捨てた。あれはたしか………そう、満月の夜だった。よく覚えている。満月が輝いていたから、私は外へ出たんだ。そしてフラフラと、あてもなく歩いていたら彼を見付けたんだ。身なりは汚いし何も持っていなかったし、明らかにワケアリの子供だというのは一目で分かった。  放っておけない―――純粋にその時はそう思った。そして話しているうちに、恐らく閉じ込められていたのだろうというのが分かった。尚更放っておけなくなった。何度も説得し家に来るように言って別れた夜、桂新奈が忠告しにやって来た。 「来ても追い出せって。ナトリキ様からの伝言よ」  どうやら目撃されていたらしく、しかもナキにチクられていた。よくよく考えると、あの時柴犬にかけられていた魔法は闇のもの。ナキに仕えるニイナが使えてもおかしくなかったし、あの場にいたということは、つまりそういうことなんだろう。尋ねると彼女は「魔法の練習をしていたの」と、悪びれる様子もなく言った。危険極まりない。 「追い出せって言われても、来ていいよって言っちゃったし……」 「適当に理由を付けて断ればいいじゃない。ていうか、本当に来ると思っているの? 来ないと思うけど」 「いや、必ず来るよ」  彼には行くアテがないだろうから―――そう付け足すとニイナは、「その子みたいね」と言って出ていった。私は後ろのベッドで横たわる少女を見た。  彼女は今、何者でもない。柊未来という名前はあるにしても、それ以外何も持っていなかった。 「そういえば、どんな記憶を植え付けるか決めていなかったな」  私は少し考え、思い付いたものを紙に書き出した。ざっと全部出したところで、私は多くの案を眺める。いくつかを丸で囲み、ペンを置いた。 「よし! これでいこう」  必ず入れなければならない記憶は、自分が魔導士であるということだけだ。だから私は以下の記憶を付け足すとこにした。  ――――――両親は事故で亡くし、いとこの私に引き取られあの家で住んでいる。そして私の学園に通う、辛くもたくましいごく普通の少女。それが柊未来だ。  もともとあの学園は、ナキの実験体を確保するために作ったものだが、年齢的に学校に通っていないと不自然だと判断し、学園の記憶も含めた。両親が死んでいるのは事実だし、「いとこ」というものも不自然さを除外した結果だ。  これで万全だ―――そう思いつつも、やはり後ろめたさはあった。  いつかミクは、本物の記憶と融合する。その時に、このミクが生き残れる確率は………決して良い数値ではない。最終的な実験では、埋め込んだ記憶は維持させるようにするだろうが、ミクはきっとそれまでの犠牲者の一人となってしまうだろう。それを分かっていながら一つの人格を作り上げるなんて、私はなんて残酷な悪魔なのだ。 「私がナキに負けていなければ……」  そこまで考え、思考を断ち切った。あったかもしれない過去に浸るのはやめよう。可能性の話をしても、それが未来ならともかく、過去のイフなど無意味に等しい。それならばまだ、過去を後悔する方がよっぽどマシだ。  そうしてミクが目覚めた日の夜、少年もやって来た。やはり私は追い出すことなど出来ず、快く彼を受け入れた。しかし、彼を計画に巻き込むわけにもいかず、どうすればいいのか苦悩していたが……。  私も辛かったから分かるよ。でも、ルキがこうして撫でてくれたりしたから、だんだん元気が出たんだ。  ドアの向こうから聞こえた声に、私はひどく胸を痛めた。  それは私が植えつけた記憶だ。私は彼女を撫でたことはない。しかし記憶の中の私は、彼女のことをよく撫でていた。その作り上げられた優しさで、彼女は少年を救おうとしていたのだ。  何てことをしてしまったのだろう―――後悔は後からやってくる。当たり前だ。分かっている。しかし水中でもがき続けているように、苦しくて苦しくてたまらなかった。  ミクに幸せを与えたい。このまま悪魔の実験体として生かすなんて辛すぎる。彼女にだって幸せになる権利はあるはずだ。 「本物さえどうにかすれば……?」  アゲハ蝶に変わり果てた未来を思い出した。彼女にミクとそっくりな体を与えれば、誰も悲しむことはなくなるだろう。ナキのことも騙せるかもしれない。  そうだ。そうするしかない。ミクを救うには、これしか思いつかなかった。そうと決まれば、早速体を作る準備をしなければ―――。 「柊未来がいなくなった!?」  それは、誰もが予測しなかった事件だった。ミクが彼と共に姿を消した。当然ナキは怒り、すぐに捜索させた。私も捜しに出たが、どこか安心する自分がいた。  このまま二人が見付からなければ、二人は幸せに生きていける。この広い世界で、ひっそりと幸せを噛みしめて生きていける。  ――――――まあ、結局見つかってしまったのだけれど。 「私が本物の柊未来だから。『あなた』はたぶん、消えちゃうけど」  しかも最悪なことに、本物の柊未来と出会ってしまった。ミクは恐怖で逃げ出した。彼はそんな彼女を追いかけた。 「ミクは救えない」  私はニイナにそう言った。その反面、心の奥底では真逆のことを思っていた。  ――――――もしかしたら、彼ならミクを救えるのではないか、と。  いや…………そう思いたかっただけだ。私にはミクを救えなかった。だから彼に期待した。きっとそうに違いない。  そんな淡い期待さえ打ち消すことを、ナキはしてきたのだけれども。 「侵略を……始める!?」 「ええ。ついでにやっちゃおうと思いまして」  ナキはあっけらかんと言った。彼の背後には、城の兵が大勢ついてきている。  ナキは魔法の研究以外に、人間界の侵略も目標にしていた。それを突然、始めると言い出したのだ。あまりにも無謀だし失敗するに決まっていたが、それよりもこのままじゃ、ミク達はあっという間に捕まってしまう。 「ナキ! あまり人間を舐めるな! 返り討ちに遭うぞ!」 「兄上は俺についてきて下さい。いつもの闇で適当に人間達を侵して下さい」 「ナキ!」 「ナトリキ様! 柊未来が見付かったとの連絡が!」  兵の一人に言われ、ナキはその方へと向かった。呆然と立ち尽くす私の横を兵が通り過ぎていく。私は拳を握った。  ダメだった………結局ミクは救えなかった………私が……私がナキを………殺せれば……! 「ルキ」  聞き覚えのある声に、意識が現実に戻った。振り向くと、二人の少女がいた。一人は桂新奈、そしてもう一人は、銀色の内巻きが特徴的な、スカイブルーの瞳を持つ少女。 「ミク……?」  柊未来だった。ミクの両腕には手錠がつけられ、腹の前で拘束されていた。廊下の両端で、殺意を向けてくる悪魔達―――そんな状況でも、ミクはにっこりと笑っていた。 「ルキ、王様に会わせてくれない?」 「ナキに……?」 「うん。王様に話があるの」  ミクの瞳には強い意志があった。  ナキと何を話すつもりなのだろうか。止めるべきか? いや、そんなことしたって……今の彼女が何を考えているのか分からない。  もやもやとしたまま、私はミクを玉座の間に通した。赤い絨毯の先に鎮座する玉座、そこに足を組んで座っているナキ。ナキは横にいる兵に怒鳴っていた。 「負けただとお!? 貴様らは今まで何をしてきたんだ!」 「申し訳ありません! 人間達が想像を上回る強さでして……」  ナキは大きな舌打ちをした。無理もない。侵略はあまりに軽率で、圧倒的にこちらが圧されていたのだ。人間を舐めないでもらいたいものだ。 「ナトリキ様。少々よろしいですか」 「あ? ………ああ、兄上か」  ナキは私の隣のミクに気付くと、驚いたように目を丸くさせた。 「それは………柊未来? やっと捕まえたのか」 「王様。私、わざと捕まったの」  ピリリと空気が張り詰めた。ミクは至って真面目に話している。ナキは彼女を鋭く睨み、しかしすぐにこりと笑った。 「で? わざと捕まってくれたってことは、取引でもしに来たの?」 「そう」  ざわりとどよめきが生まれる。ミクにやめるよう言っても、彼女は聞きやしなかった。深呼吸をし、ミクはナキを捉える。 「宮くんを………解放して」  ああ―――どこまで彼女はお人好しなのだろう。性格を埋め込むことはしていない。彼女の元からの性格なのだろうか。それとも、「何も無い」からこその純粋さなのだろうか。 「宮くんは何の関係も無いでしょ。宮くんを解放してくれるなら私、実験体に戻るよ」 「くくっ……その為に捕まったのか? 馬鹿だなあ。自分だけ逃げていれば良かったのに」 「宮くんを放っておけないから」  ナキは腹を抱えて笑った。悪魔の笑い声が部屋を満たす。しばらく笑い続けた後、ナキは涙を拭いながら言った。 「いいぞ。君の自己犠牲に免じて、彼は解放してあげよう」 「本当?」 「ああ。俺は嘘を吐かない」  思わず叫びたくなった衝動を抑えた。悪魔は嘘を吐く生き物だ。ナキは絶対にミヤを解放する気はない。むしろ今まで以上にひどいことをしてミクを絶望させる気だ。  そこまで分かっているのに、私には二人を救えない。見殺しにするのを、指をくわえて見ているしか出来なかった。 「せっかくなら、向かいの牢に入れてやろう。最後の会話を楽しむんだな」  ナキの命で、ミクが二人の兵に連れていかれる。一瞬合ったスカイブルーの瞳は、大丈夫だと言っているような気がした。私はそれに何かを返すことは出来なかった。バタンと閉まる扉の音は、彼女の終焉を告げているようだった。 「彼女を作った兄上に感謝しますよ。ああ、ミヤには何をしてあげようかなあ」 「…………」 「彼の研究は失敗ばかりだし、ただボコるのも飽きてきたし………そうだ! 人間の性器に興味があるって言っていた変態がいたなあ! あいつらに与えてみるか!」 「ッ……!? ミヤは男だぞ!?」 「別に男でも女でも変わりないでしょう。嫌だっていうなら女にすればいいし。ああ、ミクはどんな顔するかなあ? 自分じゃなくてよかったって安心する? それとも、次は自分かもって怯えるかなあ?」  声高らかに笑うナキ。私はすぐさま部屋から飛び出した。地下牢への扉に手をかけ、ピタリと立ち止まった。  ――――――私に何が出来る? 二人を逃がしたところで、私は魔王軍に勝てるわけでもない。捕まらない自信があるわけでもない。  ――――――何より、「彼女」を見捨てるのか? 「だからって………」  私はしばらく立ち尽くした。そして、踵を返してその場から去っていった。
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