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「はあ………」  ため息がこぼれた。ちらりと視線を落とすと、朱兎が眠っている。いくら叩いても揺すっても起きないからまたすごい。このまま一生起きないんじゃないかと不安にすらなる。  突然皆が消えて家に残ったのは、家主である双子と俺だけだった。 「このメンツが残ったのは……意図的だろうな」  蒼祁はそう言った。皆が消えた原因は、恐らく六支柱が魔法道具を使ったからだと言う。俺達がここへ来たのと同じように、転送出来る魔法道具のせいだと。 「なるほど……これだと俺は探しに行かざるを得ないか」  蒼祁がぶつぶつと何かを呟いている。こいつには、この状況が意図するものが分かっているのだろうか。きっと頭のキレる奴なんだろうけど、何だか取っつきにくいなぁ……。  蒼祁がスタスタと扉の方へと向かっていく。 「じゃ、行ってくる」 「え? どこに?」 「蘭李の回収だよ。幻術使いの奴等は大概性格が悪いからな」  全然意味が分からない。しかし蒼祁は行ってしまった。ポツンと一人残される俺。いや、朱兎も入れれば二人だが……。  そんなわけで、家に残る羽目になった俺は、特にやることもなく、ただぼーっとしていた。  皆を助けに行くべきなんだけど、朱兎を置いていくわけにもいかない。せめてこいつが起きてくれれば、皆を探しに行けるのだけど……。  ――――――――ガチャリ 「ッ⁈」  突然、扉が開かれた。堂々と入ってきたのは、長髪のスーツ男だった。淡黄の髪をなびかせ歩いてくるその男は、背に弓を、腰に刀を携えていた。俺は斧の柄に手をかける。  こいつ……六支柱か……⁈ 「お前が忌亜紫苑か」  鴬色の瞳が俺を見据える。俺は斧を構え、ぎゅっと力強く握った。男は立ち止まって少し視線を落とし、しかしすぐ俺に向き直った。 「大人しく神空朱兎を渡してもらおう」 「それは出来ねぇよ!」 「なら、力ずくで奪うまで」  男は刀を引き抜き駆けてきた。俺は斧を水平に振る。男は跳躍し、刀を振り下ろしながら飛んできた。背後に避けるが、前の服が縦に少し斬られた。斧を振り下ろす。瞬時に避けた男が、右腕に刃を突き刺してきた。 「ぐあッ……!」  肌を抉るようにぐるりと動き、刀が抜かれる。あまりの痛さに手から斧が落ちた。開いた服の穴からは、肌を伝って真っ赤な血が流れているのが見える。  男が刀を数回振り、静かに鞘に戻した。 「そんな傷で音をあげている者に、私は負けない」  男はそう吐き捨て、くるりと踵を返した。眠っている朱兎に歩み寄り、彼に手を伸ばす。  くそっ……! このままじゃ朱兎が……! 「おらあああっ!」  俺は咄嗟に左手で斧を投げた。斧はくるくると回転し、男へと飛んでいく。しかし、男は難なく斧の柄を掴んだ。鶯色の目が俺を睨んでくる。 「自ら丸腰になってどうする気だ? お前、無属性だろ?」 「ッ……!」  そんなことは分かっている。でも、これしか思いつかなかったんだ。痛みで頭も体もろくに動かない今、思いついた方法がこれだった。  自分でも情けなく思えてくる。ただ腕を刺されただけなのに動けないなんて。大会ではもっと動けなかったか? なんで今は動けないんだ……。  ――――――ああ、大会は死ぬ心配が無いからか。本当に、情けないな………。 「ぐあああッ……!」  胸を刃が貫いた。激痛が走った。かろうじて心臓には当たっていない。 「戦いの最中に考え事とは、余裕だな?」  ぐるりと刃を回して、男が刀を引き抜く。俺は床に倒れこんだ。  痛い……痛い……! こんな痛み初めてでッ……気が狂いそうだッ………!  男が再び朱兎に手を伸ばす。助けたい。でも出来なかった。痛みで動けない。体が気持ちに追いついてない。  その時ふと思ってしまった。  俺達は、ここに来ても意味なかったんじゃないのか……? 「ッ―――――――――⁈」  突如、男が吹っ飛んだ。あまりに突然すぎて、俺は硬直してしまった。男は壁を突き破って外へと吹っ飛ぶ。男が通った場所は、一直線上に家具などが破壊されている。  俺は視線を戻した。その光景に、息を止めてしまった。  朱兎が、起きていた。  真っ赤な目を光らせ、口角をつり上げていた。 「――――――ヒャッハハハハハハッ」  朱兎が笑った。不気味な笑い声を部屋中に響かせた。恐ろしくて、目を離すことすら出来なかった。  朱兎に何が起きた? なんで突然こんなに……まるで狂ったようになってるんだ? まさか………戦闘の時には性格が変わるのか? いや、まさかなあ………。 「ッ――――」  突然矢が飛んできた。しかし、朱兎の顔ギリギリ横の壁に突き刺さる。朱兎は目を真っ赤に光らせ、矢が飛んできた方へと駆けた。俺も急いでそっちへ目を向ける。  ――――――――――――ドォオオン  穴の空いた壁から飛び出した朱兎。直後に地響きが鳴り、少し大地が揺れる。  地面でも殴ったのか……⁈ なんつー力だよ……! 本当に人間か……⁈ ていうか、やっぱり性格変わる系のやつなのか⁈ 聞いてないぞ⁈  そのままさらに外へと行ってしまう朱兎。俺も追おうとして立ち上がるが、腕と胸の痛みでよろめいた。血を垂らしながら必死に足を運び、やっと外に出る。 「うッ―――――⁈」  思わず俺は口を押さえた。真っ赤な血の水溜まりに横たわる男。そしてその傍で佇む朱兎。不気味なくらい口角を上げ、笑いながら男を見下ろしていた。  何なんだよこれ………いくら敵だからって……こんな風に殺せるのかよ……! 「アニキ?」  ぐるりと首を回した朱兎と目が合った。頬には返り血がこびりつき、眼球が飛び出るくらい目を見開いて、相変わらず笑っている。その姿は、ホラー映画のように怖かった。 「アニキじゃない………」  朱兎が体もこちらに向けてくる。  おいちょっと待て………これってまずいんじゃないか……⁈ まさかあいつ………! 「なら………殺してやる………! ヒヒッ……!」  一瞬にして目の前に、化け物が飛んできた。 「……………?」  何も起きなくて、ぎゅっとつぶっていた目を開けた。  目の前に、朱兎がいた。しかし、様子が変だった。俺を殴ろうと左手を後ろに引き、右足を前に踏み出したまま、全く動かない。朱兎自身も必死に動かそうとしているが、状況は変わらなかった。 「あっ……?」  よく見ると、朱兎の手足には青い紐のようなものが巻き付いていた。それは地面から伸びており、そのせいで朱兎は動けないでいたらしい。 「少し寝ておけ」  その言葉の直後、ガンッという鈍い音が鳴った。朱兎は瞼を閉じていき、脱力する。同時に紐も消え、朱兎はその場に倒れた。  そして、朱兎の背後には蒼祁が立っていた。 「……何ぼさっと突っ立ってんだよ」  蒼祁が睨んできた。ぼさっとなんかしてないつもりだが、この状況をすぐに受け入れる方が無理がある。  なんでここにいるのかはさておき、今のは全て蒼祁がやったんだろう。しかし、どんな魔法だったのだろうか? あんな紐みたいな魔法見たことがない。拘束魔法なんて聞いたこともないし……。  そんなことを考えていると、突然痛みが消えた。視線を落とすと、胸と腕の傷口の周りを青い光が包んでいる。傷はみるみるうちに癒えていき、完全に治ってしまった。  間違いない……! これは………! 「治癒魔法……!」 「厳密には違うがな」  蒼祁が即反論した。  厳密には違う……? たしかに、治癒魔法の使える奴はそれしか使えない。だから、さっきの紐のような魔法が使えることに矛盾する。  けど………治癒じゃないなら何なんだ? 「あ、ありがとう。ところで、蘭李を探しに行ったんじゃ……」 「どうせ朱兎を狙いに来る奴もいるだろうから、行ったふりをして誘きだした」 「えっ……」 「まあ俺がいなくとも、朱兎だけで倒せるんだけどな。でもこいつは見境なく誰でも殺すから、お前の為に仕方なく待っててやったんだよ。仕方なくな」  つ、つまり……こうなることは想定済みだったってことか……? なら先に言ってほしかったんだけど………本当に殺されるかと思ったんだぜ……マジで寿命縮んだ……。  蒼祁が朱兎を肩に担いだ。 「じゃあ行くぞ」 「えっと……皆のいる場所ってもう……」 「分かってる。俺を誰だと思ってるんだ?」  化け物の兄貴、とは言わなかった。代わりに、先に歩いていく蒼祁の後を追った。蒼祁はビッと指を指す。その先には、山が見えた。 「全員、あの山にいる」
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