Before
 わたしに関わらないでください―――導かれるままにゲームをプレイすることになった『渚』。ゲームのクリア条件として、彼の守らなければならないキャラ―――『次代勇者』の少女と、彼は何とか出会うことができた。しかし、彼は困惑した。何故ならその少女は、自らの死を望む、死にたがりの勇者だったのだ―――。
かいり
(ID r9hykKTBRCOCE)
5.とある妖精の過去
死にたがりの勇者と守り人
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 私は、今会社の屋上に登っている。
 あの人が最後に見た空は、私が今見ている空とは違うのだろう。こんなに、滲んで居なかっただろう。
 
 私は、あの人が最後に見た空を見たかった。
 光化学スモッグで汚れた空だが、あの人にはどんな風に映っていたのだろう。
 空を見上げていた、口元は笑って居た。ただ、もう二度と、話をする事も笑顔を見ることもできない。
 
 溢れ出る涙を拭って、部署に戻る。
 もう一度空を見上げる。見上げた空は、何も変わっていなかった。
 
 
 
 ここは、川崎駅から、南武線に乗って何駅か行った場所にある会社だ。小さいながらも自社ビルを持つIT企業が、私が務める会社なのだ。今、私は自宅謹慎になっている。私だけではない、私の部署全員が同じ境遇になっている。



 自宅謹慎といっても、別に自宅に居なくてはならないわけではなく、連絡が付く場所にいれば良いと言われている。
 
 私と同じ様に、自宅謹慎になっている人たちが、ちらほら会社に来ていた。私の部署は、会社の中では中規模な部署だ。人数は、20名ほどだが全員がプログラという珍しい部署だ。たいてい部署の中に専任の営業が居たり、ネットワーク屋が居たり、何かしらの専門家が居るのだが、私の部署は"プログラマ"だけの集まりになっていた。
 
 こんな部隊を率いていたのが、倉橋さんだ。
 
 私が、倉橋さんの部署に配属されたのは、社会人になってから2年ほど経ってからだ。
 最初は戸惑う事が多かったが、鎮火作業に繰り出される事が多い部署だと話を聞いていた通り、作業はほぼ""が点いている現場だけだった。
 そんな場所で、2年過ごせば、大抵の事はできるようになってくる。倉橋さんの部署に、専門家が居ない理由がよく分かる。専門家を置く必要が無いのだ。全員が、ある程度の事ができてしまうのだ。そうなるように、配置されていくのだ。現場に出てしまえ
ば、"知りません""できません"は言えない場合が多い。そのために、専門家には敵わないのは当然だけど、ジェネラリストな対応が求められる。
 
 私も、経験と同時に扱える言語の数が増えていった。DBも触れるようになり、サーバ周りの設定やサービスの設定も行えるようになっていた。
 
 倉橋さんには、笑いながら
 
「業務履歴書にたくさん書き込めるぞ!
 
 と言われた。事実、私たちの業務履歴書はすごい事になっていた。
 ただ、専門家ではないので、職種は"プログラマ"のままにしているのだ。
 
 倉橋さんは、よく笑う人だ。理由を聞いたら、"笑わないで居ると心が潰れてしまうから"と、笑いながら教えてくれた。
 
 39歳の誕生日を職場で迎えたと笑った笑顔を忘れない。



 
 あれは、ある巨大システムの鎮火作業に携わった時だった。
 そこは、今までの火付け現場とは違っていた。
 
 今まで、私たちも巨大システムの火消しに携わった事があったが、それは根本が違っていた。
 
 とある、大手SIerが、来春からオープンする病院のシステムを受注して、開発を行っていた。最初の火は小さな小さな物だったようだ。ハードウェアと連結する部分を担当していた、会社が飛んだのだ。
 
 この業界、仕事をしながら会社が飛ぶという現実はよく発生している。
 大きなシステムになればなるほど、間に入る会社が多ければ多いほど、支払いサイトが発生する。後で知った話だが、飛んだ会社は、翌末締めの翌々々末払いになっていた。支払いまで、120日かかる計算になる。しかし、そこで働かせている従業員には、末締め翌25日払いにしないと生活ができなくなってしまう。その間の約100日程度を会社が持ち出すのだ。
 それだけなら銀行融資とかで繋ぐ方法も考えられる。しかし、火が付いてしまうと、受注会社は支払いを渋る傾向にある。1週間遅らせるだけで、小規模の会社は飛んでしまう。
 
 こうして、1つの会社が仕事をしながら、飛んでしまって、火が具現化する。
 要因はいろいろ有るだろう。中間会社の支払いが少し遅れただけで、下は大きな反動を喰らう事になる。
 
 ここで、受注している会社が出てきてジャッジをすればほとんどの場合は鎮火する。しかし、中間会社が出てきて、こねくり回すと、間違いなく火が大きくなる。
 
 この時にも、飛んでしまった事を隠した中間会社は、内部の人間で作業を継続する事を考えて実行する。
 
 これで、火が少しだけ大きくなる。
 大きくなった火を消すために、他のうまく行っている部署から人を集めて来て火消しを行う。



 
 これを繰り返す。火がシステム全体に行き渡るのに、それほどの時間はかからない。
 特に、病院の様なシステムでは、人を投入すれば火が消えるような場所ではない。"お上"から出される難解な点数表を読み解く力や、意味不明な業界用語や業界の常識を知らなければならない。
 
 それがわかっていない"優秀なシステムエンジニア"たちが大量に投入され始める。
 中間会社が集めてくる人材は優秀な人たちだが、一点だけ"業務知識"が足りなかったのだ。それも、バラバラの対応方法で、目先の鎮火作業を行っている。
 その場所の火は小さくなって鎮火する。しかし、すぐ横に新たな火種が産まれる。
 
 受注会社が対応に乗り出すが…時すでに遅く、火はシステム全体を覆うようになってしまっていた。
 
 倉橋さんの部署にこの話が来た時の状況だ。倉橋さんに、まとめ役のになってほしいという事だ。私たちの部署は、このシステム案件に関わる事になる。部署の全員であたるのを、倉橋さんは渋ったようだが、会社の意向もあり、全員で現場に向かう事に
なった。
 
 現場を見た私たちの感想は、皆同じだった…。
 それほど長くこの現場は持たないだろう…と思った、いろいろな現場で鎮火作業をしてきたから解るが、悪い方に転がっている現場は、雰囲気が同じなのだ。
 作業をしている会社同士が固まって、お互いに監視し合っている。
 そして、話し声が聞こえないのだ。笑い声はもちろん誰も声を出さないで、モクモクと"自分が言われている"事だけをやっているのだ。指示を出す者も、自分たちの事しか考えていない。
 
 そして、顧客との打ち合わせでは、淡々とスケジュール消化状況だけが報告されていく。
 
 倉橋さんが、客との打ち合わせに呼ばれました。
 この時に、悟りました。私たちが貧乏くじを引いたのだと…。
 嫌な予感が的中しました。中間会社がスケープゴートにされて、リスケが発表されました。そして、私たちが鎮火部隊となり、作業を行う事になったのです。もちろん、受


注会社は、顧客には火が付いているとは説明しません。
 
 作業が遅れている言い訳を探していたのです。倉橋さんが来た事で、体制を作り変える事。施設の設備を使って、実際に動かしながらテストをする事を告げて、作業が遅れている事を隠したのです。
 当初の計画では、施設の設備を使ってのテストは、運用を行う部署が担当するのですが、その時間を開発に使うのです。無茶苦茶な理論ですが、すんなりと承諾されてしまいます。不思議な事ですが、受注会社のごまかしなのでしょう。
 
 しかし、伸びたと言っても、数ヶ月です。
 ここまで消費してしまった日数に比べれば微々たるものです。
 
 ここで、1番の問題が発覚したのです。
 私たち以上に、受注会社の担当者が内情を把握していなかったのです。把握しないで、客と話ができるのは不思議ですが、困った事にこれができてしまうのです。"詳しい事はお手元の資料を御覧ください"の魔法の言葉を乱発したのです。
 資料には、小難しい言葉でごちゃごちゃと書かれています。遅れている事を、言葉を
変えて説明しているのです。火付け現場でよくある事ですが、客に提出する資料を作って、作業が遅れていく、その遅れた時間を取り戻すために、現場が無茶をする。そして、現場から人が減って、営業が新しい"経験がない"者を投入して、現場が混乱して更に遅れる。
 
 この現場でも、同じ事が発生していました。
 しかし受注会社は顧客に遅れていると言えないために、この作業は継続させる必要があります。現場がまた更に圧迫されます。
 
 そして、現場が、実際の施設を使いながら作業を行う事についての"論理的"な説明がされます。
 そう…"できている物"を施設で動かして、確認しながら、実際に使う人に説明する。
 
 これが新たな火種になります。
 
 これまで、仕様を決めていたのは、"現場を知らない"事務方の人や経営者の人たち


です。実際に現場の人の意見も入っているとは思いますが、現場の"直接"の意見ではありません。
 現場からの意見。
 実際に使う人の意見。
 これが、どんな結果をもたらすのか、やる前からわかっていますが、やらないわけには行きません。それが、数ヶ月を手に入れた時の約束なのです。
 
 これらの作業を、受注会社は私たちの作業としてくれたのです。ありがたくて涙が出てきます。
 
 倉橋さんは、笑いながら、
 
「なんとかしよう。受注会社や中間会社や会社のためではなく、実際にシステムを必要として、実際にシステムを使う人のために、頑張ろう」
 
 そう言って、私たちを鼓舞します。
 私たちの現場は、顧客の施設の中に作ってもらった部屋です。将来的には、システム
屋が常駐する部屋になります。そのための作業も平行して行っています。
 
 私たちは、最前線に居ます。
 顧客と膝を突き合わせて作業をしていますし、一人ひとりの顔がよく見えます。相手も同じです。毎日、挨拶して毎日会話をして、毎日対応している人たちには、優しくもなれます。
 私たちは、現場に受け入れられたのです。しかし、それが受注会社には面白くないのです。本来なら、自分たちがやらなければならない事を、私たちにやらせておきながら、私たちがうまく回りだすと、営業を通して文句を言ってきます。
 
 曰く
 ・作業時間が短いが本当に作業をしているのか?
 女性陣は、9:00-23:00ですが何か?男性陣に関しては、9:00-5:00(始発)ですが何か?
 ・笑い声が聞こえると、苦情が入っているが?
 顧客が来て笑っていますけど…誰からの苦情ですか?
 ・勝手にシャワーや仮眠室を使わないように



 顧客に聞いたら使って問題ないと言われましたがなにか?
 ・車やバイクでの通勤は認めていない
 最初にいい出したのは、受注会社の部長です。それも、私たちに確認と許可を取りに行かせていますけど?
 
 現場と私たちの距離が近くなればなるほど、受注会社がひた隠しにしてきた事が捲れます。
 
 開発が遅れている事がバレてしまったのです。
 慌てたのは、受注会社です。私たちの責任にはできない状況です。私たちも必死で調整を行いますが、無理に近い状況で作業をしていて、これ以上に何ができる状況ではありません。
 
 現場は、状況を薄々感じていたので、驚きはしませんが、上層部は違います。
 受注会社を呼び出して、大激怒です。
 
 受注会社は、ここで素直に謝罪しておけば良かったのでしょう。システムの稼働が遅
れれば、困るのは顧客です。現状でも、だましだましなら使えるです。手作業が増えて困るのは現場です。でも、現場でもシステムがないと困るのは認識しています。ですので、手作業の部分を受注会社が肩代わりする事で、時間をもらう事はできたのです。事実、倉橋さんは、その様な提案を現場/上層部に投げて居ますし、感触は悪い物ではありませんでした。
 
 しかし、受注会社は禁じ手に近い言いを使ったのです。
 
 パッケージの導入です。
 
 大抵の業種で、パッケージ商品があります。
 マイナーな業種でも探せば誰かが作って売っていたりします。それを購入して可動させるという物です。
 
 正直、私たちも最初はこれを検討して、いろいろなパッケージを出している会社に打診しました。しかし、結果はパッケージを導入しても、連結作業に時間が掛かってしまって、ハードウェアの選定からやり直す必要が出てくる可能性もあるので、意味がない


という結論に達しています。受注会社にもその旨は伝えてあります。
 しかし、受注会社はその手札を切ったのです。
 
 そして、新たな火が燃える事になるのです。
 パッケージですから、1つ1つは問題なく使えます。使えてしまうのです。顧客が巨大な病院です。部署も多ければ関連するパッケージも多くなります。それらを連結させなければなりません。それが新たな火種です。
 部署単位で動いているので、それでは業務として流して見ましょうとなる。この段階で問題が多々見つかります。
 
 もう時間との勝負になってきます。
 受注会社の関係者が泊まり込みで作業を始めます。
 
 倉橋さんは、私たちを交代で休ませたり、帰られそうにない時には、近くのホテルで休ませたりしてくれます。
 
 大本の火には私たちは手出しできません。
 受注会社が責任持って作業しますと言っています。そのために、私たちは主に顧客対応やパッケージ会社とのやり取りに終始し、テストを行ったりしています。
 
 火付け現場では、食事に行く時間を削って作業をしているようです。
 こんな状態が長続きするわけがありません。戦線離脱者が徐々に出てきています。悪循環が止まりません。
 
 そんなタイミングで火災の中心部に、自分は安全な所にいながら、ガソリンの入ったタンクを置いていった者が居たのです。優秀な営業が顧客に対して、リップサービスのつもりだったのでしょう…だと思わないとやっていられませんが、これだけ巨大なシステムですからパッケージ化して販売を検討してみてはどうかと…。
 まだ完全に動いていない状況で、こんな事をいい出した理由がわかりません。顧客が、他にも病院や施設を持っている事から、ここで発生した赤字を回収したいのかもしれません。
 
 しかし、今のチグハグはシステムではそんな事は、夢のまた夢です。それに、パッケージを導入してしまっている事から、会社間の調整も必要になります。繋げたのは確か


に受注会社ですが、それだけです。それに、仕様を決めなければならない部分がまだ多数残っています。専門性があるアプリケーションを作るのはそれほど難しくなりません。顧客との間で信頼性が確保されているのならです。しかし、汎用性がある物を作るには、業界の事を知らなければならない上に仕様的にも矛盾が出てきてしまう事が多々あります。
 
 その優秀な営業が口走った言葉をきっかけに、受注会社は迷走し始めたのです。
 赤字を回収する。確かに、必要な事でしょう。
 
 
 結果…・二ヶ月間に続いた現場作業の"中断"が告げられた。
 
 それだけではなく、全員に"帰宅命令"が下されたのです。顧客が、現場作業員の現状を憂いたのです。
 作業員全員に、1~2日の休みが与えられたのです。私たちは、2日の休養が与えられました。
 
 確かに、身体は疲れています。
 久しぶりの休暇です。夕方の街を歩くのも久しぶりです。
 
 そんな中で、倉橋さんが
 
「久しぶりに歩いたら疲れた。ちょっと休みたい」
 
 近くに公園があるので、そこで休む事にしたのです。
 すぐに帰って寝たい人も居るので、公園に行く組とすぐに帰る組に分かれます。私は、公園で少しだけやすんで帰る事にしました。実際問題として、夕方になっているので、帰宅時間と重なってしまって、満員電車で帰るのが少しじゃなく億劫に思えていたのです。
 公園に残る人は最初はそれほど多くなかったのですが、帰宅ラッシュの事を思い出したのか、最終的には、18名が公園で時間を潰す事にしたのです。
 
 倉橋さんが、
 



「悪いんだけど、そこのコンビニで、人数分の何か飲み物と軽く食べられる物を買ってきてくれ」
 
 そういって、私を含めた若手数名に自分の財布を渡して、公園のブランコに座ったのです。
 
 倉橋さんは確かに…財布を受け取った私に対して、
 
「流石にちょっと疲れたな」
 
 そういったのです。
 
 若手たちで、手分けして人数分の飲み物とスナック菓子やコンビニのお惣菜を買って帰って来て、残っている従業員に分けます。倉橋さんの右腕と称される真辺さんが、座るためのレジャーシートを数枚買ってきてくれました。
 私たちは、そこに買ってきた物を広げて、各々座って時間を潰します。
 
「倉橋さん。いつものコーヒーでいいですか?ホットとアイスありますけど?
「おっ悪いな。アイスをくれ…あっ余分にあるなら、ホットも置いておいてくれ」
「わかりました。あっお財布」
「あぁ足りたか?
「大丈夫でした」
「そうか…それならいい」
 
 ブランコに座りながら、アイスコーヒーを飲みんで居る。
 倉橋さんを私は見つめるしかできない。この人がどんな大変な事をしているのか、私は片鱗しかわからない。でも、この人が私たちが大変だけど、しんどいけど、充実した日々になるように踏ん張ってくれているのは知っている。
 私は、女として、倉橋さんの事が好きだ。年齢は離れている。告白なんてするつもりはない。今感じている気持ちも、よくわからない。憧れなのかもしれない。ただただ、この人の側に居たいと思う気持ちは、私の中で確固たる物だ。
 
「倉橋さん」
「ん?あぁこれから…そうだな。俺たちは…ほら、見てみろよ」



 
 疲れているのだろう。
 でも、笑顔がいつもの倉橋さんだ。
 
 見てみろと言われたのは、夕焼けに染まった空だ。
 
「綺麗ですね」
「そうだな。空は、いつも同じだよ。俺たちが見ているのも…そうだよな。まだできる事はあるよな」
 
 誰に言っているのでしょう?
 私では無いのは解ります。倉橋さんは、ブランコに揺られながら、空を見上げて居ます。
 
「…くら」
「少し疲れたな。1時間くらい寝る。まだ大丈夫だよな?
「え?あっはい。わかりました」
 
 私もレジャーシートに座る若手の所に戻ります。
 私が、倉橋さんの事を好きな事は誰にも言っていません。
 
 1時間が過ぎちょっと肌寒くなって来たので、倉橋さんを起こして帰ろうかという話になりました。
 真辺さんが、倉橋さんを起こしに行くようです。私たちは、レジャーシートを片づけて、周辺のゴミをまとめて、コンビニのゴミ箱に捨てに行ったのです。
 
 その時に、真辺さんの怒鳴り声が聞こえます。
「おい!救急車!いや、病院まで誰か走って、医者呼んで来い。医者…たのむ、誰か医者を…救急車…」
 
 真辺さんの声が、夕暮れも終わり、夜に入りかけている空に響いたのです。
 
 倉橋さんが、見上げた綺麗だと認めてくれた空に虚しく声が吸い込まれて行くのです。



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