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 私の会社は…私が就職した会社は、IT企業だ。とある大企業の子会社になる。  社長は関連会社と言っているがどう見ても子会社だ。資本関係がないので、子会社で無いのはわかっているが、役員などはとある大企業の元部長だとかが就任している。ちなみに、肩書だけなのか、会社でその姿を見た事がない。  別にそれを不満に思う事はない。仕事内容も別段大きな問題はない。ただ、システム会議に出ると、自分たちの立場を再認識させられるだけだ。私たちは、邪魔な存在だと現場では認識させられている。  なので、親会社の業績がダイレクトに自分たちに影響される。  私たちは、業績が良かった翌年採用組だ。その数、150名にものぼる。私たちの前年が50名の採用という事なので、その数からも異常な事はわかってもらえるのだろう。女子が60名。男子が90名の大所帯だ。  最初の一週間は、合宿という名前の研修会が6泊7日で行われた。大企業の保養所を借りて行われている。健康診断から始まって、仕事のやり方や考え方を詰め込み式で教えられる。  仲間同士の連携を強めるというなんだかよくわからないカリキュラムも組まれていた。  一年上の先輩や二年上の先輩たちも参加して、いろいろ教えてくれる。昼間の業務に関しての講義よりも、夕食後に行われるオリエンテーションで教えられた、会社内の人間関係の方が、これからの社会人生活で必要な知識だと思えた。  セクハラをナチュラルに働いてくる部長や、44歳童貞で目線が合えば自分に惚れていると勘違いする課長。言葉使いは乱暴だけど面倒見がいいリーダ。近づいてはダメな部署とフロア…そこの部長やリーダに見初められて引っ張られるとタイムカードがなくなる代わりに月の残業時間が150時間越えがデフォルトになる部署。  バカな副社長の話。見たこともない取締役の存在。  優しいけど狂気を感じる人達…。そんな会社内の事をいろいろ教えてくれた。  その後は、部署と仕事内容を教えてくれた。  表で説明された事とは違う内容が語られるのだった。  先輩たちが、笑いながら話している内容も衝撃的だった。  先輩たちの同期は50名と教えられていた。実際には、70名近く居たのだと教えてくれた。  それでは、居なくなった20名はどこに行ったのか…辞めていった人たちはまだましな方だと言っている。  正直、意味がわからない。  ”飛ぶ”という言葉を教えられた。仕事を飛ばしたとか、あいつは飛んだとか、来週までにできなければ飛ぶとか、使い方はいろいろあるが、一番多いのが、”あいつ飛んだぞ”だと言っていた。伝わりにくい感じだったが、意味的には”あいつ失踪したぞ”が一番近いのではないだろうか?  失踪できるのならまだ幸せな方だとも教えられた。  ”心が飛んだ”人も沢山見てきた、”心が逝ってしまった”人も沢山見てきた。居なくなった20名のうち半数は、会社を自主的に辞めていった者たちだが、残りの半数は”飛んでしまった”人たちのようだ。  そんな中、先輩たちが忘れられない人が1人居るのだと言っていた。  毎日、決められた時間に、決められた場所に出社して、”青い鳥”をひたすら待っているのだ。  ”心が壊れて”しまった人なのだ。  その人は、寒い地方出身の人で、大学卒業後に親会社に入社した。  親会社の人事異動の噂を聞いて、自分の首が切られると思いこんでしまった。優秀な人だったようだ。大企業に入られるくらいなのだが優秀だったのだろう。学校の成績も良かったと言っている。  人事異動の噂を聞いて、リストラの恐怖に怯え…そして、心を壊してしまった。  親会社には”置いておけなくなって”関連会社に出向の形で、私が入った会社に押し付けられた人。給与面を始め、会社にもメリットがある。  毎朝出勤してきて、窓際の部長席に座って、窓の外を見て”青い鳥”が自分の所に来てくれるのをひたすら待っている。  肩書は、部長。  部下は、飛んでしまったがすぐに首にできない者たち。部長以外出社してこない部署。社内コード”BB”と呼ばれている。  BB部長は時間には正確だ。  9時10分前に出社してくる。遅れるのは、電車が遅れたりしたときだけ…。何がそうさせているのかわからない。わからないが、毎日窓の外を飛んでいく鳥を眺めている。そして、青い鳥をが来てくれると信じて…待っている。  私たちの研修が終わって各部署に配属されていく、150名居た同期が、130名に減っている。  あれだけ辛かった就職活動を乗り越えたのに、たった3ヶ月の研修期間の途中で心が折れてしまっているのだ。  3ヶ月の研修期間は、ひたすら出される課題をこなしていくだけの日々だ。  最初の一ヶ月はプログラムの基礎を叩き込まれる。プログラムに関しての初心者も居るために、二つ別れての講習だ。私は、初心者コースを選択した、学校でプログラムを習っていたが、合宿中に聞いた話しで、学校でのプログラムと実践のプログラムは別物と教わった。自信が無いわけではなかったが、私は初心者コースを選択した。この選択が間違っていなかった事を実感した。  学校で習っていた/できている気になっていたプログラムでは役に立たない。  根本的に違うのだ。ブラックボックスを作っても、動かさなければならない。学生のときには、動いた時点で作業の8割か9割が終了していた。仕事とする場合には、動いて当たり前、そこからが勝負だと教えられた。動かなければ無価値。動いて当たり前。だから、まず動かす事が目的になってくる。  その上で、付加価値を付けていく。メンテナンス性を高めたり、ソースコードの流用性を考えたり、ドキュメントを入れる事も当然なことだが、単純に読みやすいソースコードではなく、難読性を持ったソースコードにしなければならない。自分だけのソースコードにしろと言われた、独自性が大事だと言われた。  動かすだけなら自信が有ったが、その後のことなど考えても居なかった。  初心者コースでこれなのだから、実践コースはさぞすごいだろうと同期に話を聞いた。  私の予想とは違っていた。実践コースでは、先輩が客になり、同期たちはチームを組んで仕事を受ける事から始めているようだ。プログラムの”プ”の字も出てきていないと言っていた。  2ヶ月が過ぎた時に、私たちは実践コースに合流した。  私たち初心者コースがプログラムを作成する事になる。ここで、逆転現象が発生する。実践コースに居た同期は、少なからずプログラムに自信があったメンバーなのは間違いはない。だが、彼らの作るプログラムが使い物にならないのだ。二ヶ月間ひたすら作り続けてきた私たち初心者コースのプログラムの方が仕事として依頼されている事をカバーできているのだ。  万全ではないのはわかっているが、それでも実践コースの者たちよりも”まし”なのだ。先輩方もそれは認めてくれている。認めないのは、実践コースに居たプログラムに自信があった人たちだ。  そして、彼らの中から有名大学を出て、プログラムに自信があると言っていた自慢していた同期が壊れた。  出社時間になっても出社してこない。  私たちは慌てるが、先輩方は、”またか”程度の反応しか示していない。そして翌日先輩から”自殺未遂をした”事を教えられた。発見が早くて命に別状は無いらしいが、まともに会話ができない状況だという事だ。しばらくBB部署に席を移して、タイミングを見て本人に確認するということだ。首宣言にほかならない。  その事実を聞いて、翌日から来なくなった人たちが出た。  辞表を提出してきた者はまだましだと言っている。メールで”辞めます”と言ってきたり、母親や父親が怒鳴り込んできた場合もあった。  翌週、私たちは研修を終えて、部署に配属された。  先輩たちもこの状況になるのがわかっていたのか、対応が早い。  心が壊れてしまった人たちは、BB部署に移動となった。彼らの中にも出社してくる者も居る。  仕事をしていないわけではない。モンキーテストと呼んでいたが、同じことをひたすらやったりするテストを担当していたりする。人手は欲しいのだ。部署によっては、重宝している場合も多い。私が所属した部署でも、BB部署に仕事を依頼する事がある。  BB部長は相変わらず、青い鳥を待っている。私たちが頼んだのは、今担当している仕事が、毎週の様に会議があり、会議の資料を大量に印刷して紐で閉じる作業を行うのだ。BB部署に手伝ってもらっている。全面的に任せるなと言われていて、私が彼らとの橋渡しをしている。  BB部長は、本当に正確だ。  時計を見ないでも、決まった時間に出社して、決まった時間にトイレに行き、決まった時間に昼ごはんを食べて、決まった時間に帰っていく。  私は、そんな部長を出社してくるのを待つ事から始まる。  挨拶にも返事を返してくれる。ただひたすら”青い鳥を待っている”以外は普通なのだ…。BB部長に何が有ったのかは聞いている。BB部署に配属された同期がどうなっかも聞いている。  私は、”青い鳥を待つ”ことはできないだろう。きっと探しに行く方を選ぶだろう。  ”待つ人”を見ながら、待つことができない仕事を行う。  そんな、”待つ人”が居るBB部署が、閉じられる事が決まった。  親会社が、BB部長に出していた仕事を打ち切る事を決めたのだ。  それにあわせて、私の会社でも、BB部署を解体する事が決まった。部署に居た人たちは、自宅待機が言い渡されて、3ヶ月後に自主退社に追い込まれる事になる。  待つ状態になっている人たちは、親兄弟に連絡をして事情を説明する。  BB部署はこの時点で13名。全員が、親御さんに引き取られるように、会社を辞めていった。  BB部署が解体されていから、初めての春。新人たちも入ってくる。  私は研修を担当する事になった。その時の新入社員は約30名。私たちのときとは規模が違っていた。  それでもやることは変わらない。  私たちの”部下を持つ事への試験”でもあるのだ。  合宿を終えて、研修が始まった。  ”待つ”ことの難しさを知った。  自分たちなら1日あればできる事が3日経ってもできてこない。二日間遊んでいるわけではない。真剣にやっているのだ。  たった1~2年の違いでここまで差が出る事なのか?  それが信じられなくて、他の部署の先輩方に話を聞きに行った。答えは同じだ。そんな物だと…。  自分たちではできていたと思っていたが、同じ様な感じに見えていたのだろう。  研修も私たちの仕事は、待つ事だ。もちろん、自分が実際に担当している仕事もある。それをやりつつの研修なのだ。  先輩たちはもっと上手くやっていたのでは無いだろうか?  新人だった私たちに笑いかけてくれていたのではないか?  日々の仕事をこなしつつ研修を行う。  追い込まれていく、既に教官だった同期が3名辞めた。  新人も、6人が辞めていった。それでも私たちは仕事をして研修を行う。  来週で研修が終わる。  週明けには、新人たちの配属先が決定する。私たちも、配属会議には出席している。  新人の中に不穏な噂が流れている。BB部署の話だ。  部署は解体されているし、はじめからその部署に配属される事はない。そう言っても、噂のほうが声が大きいようだ。今年誰かが、最初からBB部署に配属されるという話だ…配属会議でもそんな話にはなっていない。  教官が、配属部署を決めているとさえ噂が流れている。  週明けになれば、そんな噂が嘘だった事が証明される。  私たちはそう考えていた。  月曜日の朝。  私は、営業の篠原さんからの電話で起こされた。  時計を確認するが、朝の6時。間違いない。何度も確認した。10時までに出社すればいいので、私は朝は7時30分に目覚ましをかけている。 「はい」 「寝ていたか?」 「はい。いえ、大丈夫です」 「寝起きの女性にこんな事を頼むのは悪いのだけど、10分で支度して会社に来てくれ」 「え?あっわかりました」 「理由は、メールしておく、9時前には必ず来てくれ」 「わかりました」  篠原部長の無茶振りは有名だ。  一番の被害者である真辺部長が嘆いていた。無茶振りはするが、無駄な事はしないと言われている。何らかの問題が発生したのだろう。篠原部長からの連絡だと考えると、新人絡みなのだろう。仕事なら、部長から連絡が入るはずだ。  言われた通りにしようと思ったが、準備に15分かかってしまった。  丁度、お父さんが起きていたので、駅までの10分を車で送ってもらう事で短縮する事にした。8時40分には会社につけるだろう。  篠原部長からメールが入った。  内容は簡潔に書かれていた。 ”新人の田中が、教官をしていた佐藤を刺して、その場で自殺した”  という内容だ。  田中と言われてピンと来なかった。佐藤はわかる。同期だ。正直苦手なタイプだ。BB部署の事を負け犬などと平然と言っていた。鼻持ちならない言い方をするやつだ。でも、刺されるような事はない…と思う。  会社前には、数名の知らない人と社長と副社長と数名の部長だ居た。  新人は1人も居ない。教官役をしていた同期が数名居るだけだ。  知らない人たちは、警察だった。  私たちの話を聞くために待っていたのだ。会社の一室を使って、警察が教官一人ひとりに話を聞いている。私はここで暫く待って欲しいと言われた。刺された同期は命に別状はないらしいが、自殺した新人は手遅れだったようだ。  遺書も無ければ、今日も普通に出社するといって家を出たのだという事だ。  彼は、何を見て、何を考えて、自殺などという行為を選んだのか?  警察の問いかけに、私は知っている事を答えるだけで精一杯だった。  そして、警察が使っていた部屋が、BB部署の、BB部長の机だ。  今での、BB部長は”青い鳥を待っている”のだろうか?それとも、待つことを辞めて探しに行ったのだろうか?  同期を刺した新人は、待つのではなく、探しに出かけたのかも知れない。  この事件をきっかけに、150名居た同期で残ったのは、17名。新人は3名だけになっていた。  親が怒鳴り込んできたパターンもあった、泣きながら辞表を提出した同期も居た。次は自分が刺されるのではないかと、恐怖におびえている同期もいた。  私は、それでもこの仕事を続けていこうと思った。  まだ自分なりの答えが見つかっていない。答えが見つかるまでは、この場所で青い鳥を待つのもいいかも知れない。 --- 「おい。ナベ。お前の所で預かってほしい奴が居るけど大丈夫か?」 「旦那。わかっていますか?俺の所は、火消し部隊ですよ?」 「少し問題が有るからな」 「問題?」 「この前の話は聞いたか?」 「えぇ聞きましたよ。あれは、教官が悪いですね」 「そういうお前だから頼みたい」 「って言うからには、教官の1人ですか?」 「あぁ正確には、1人だけ残った教官だな」 「そりゃぁ確かに、他の部署じゃ扱えないですね。爆弾を中に抱え込むような物ですからね」 「あぁそうだ」 「わかりました。最終的には、会って話を聞いてからですがいいですよね?」 「あぁもちろんだ。今、彼女はBBで待たせている」 「BBで?待たせている?どのくらい?」 「あぁ彼女が自ら望んだことだ。BBで、待ちたいとな。青い鳥でも来てくれるのを待っているのかも知れないな」 「笑えない冗談はやめてくださいよ。でも、わかりました。それで心が残っているようなら、俺が鍛えますよ」 「頼む」 「そうだ…名前は?」 「石川だ。今年3年目だ」 ---  私は待っている。  青い鳥を?  違う。違う。違う。  私は、青い鳥なんて待っていない。  私が待っているのは、火消し部隊の真辺真一部長だ。  変わり者だと噂されている。  私が次に配属される部署の部長を待っている。篠原部長が言うには、前の部署には戻れないと言われた。理由はわかるだろうとも言われた、正直わからなかったが、わかりますと答えた。篠原部長から提案されたのが、真辺部長の部署に移動する事だ。  それでも必ず移動できるわけではないと言われた。厳しいことを言うようだけど、あの部署は特殊な部署で即戦力しかいらない部署だとも教えられた。真辺部長自らがスカウトしたり、他の会社から引き抜いた人たちで構成されている特殊な部署だという事だ。  篠原部長から”火消し部隊”の説明と、真辺部長の説明を受けた。  考える時間をあげると言われた。会社内のどこで待っていてもいい。2時間後に真辺部長と面談する事になる。  私の心は決まっている。  火消し部隊だろうと何であろうと逃げないと決めた。その決意表明の意味も込めて、篠原部長には ”元BB部署で待っています”  と告げた。  私にとっての青い鳥が真辺部長かわからないが、今、私は真辺部長が来るのを待っている。
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